激照れすると逃げちゃうケビちゃんの話の続き。ルガ坊×ケビ王です。ルガ坊は10代後半くらい。ケビちゃんはル坊かわいいかわいいなんだけど、若い雄に必死に求愛される優越感みたいなのを感じちゃってるといいなと思いつつ盛り込めなかった。
死ぬほど良い思いをさせてもらった翌朝、目を覚ましたら当然あの人はもう隣にいなかった。そこまでは予想していたからもういい。性懲りもなく恥ずかしかったのなんのとぶつぶつ言いやがるだろうが、それでもどういうつもりだと問い質してやらないと気が済まなくて、朝っぱらからケヴィンの姿を探したら拍子抜けするほどすぐ見つかった。ただし、徹底的に王として振る舞い、ルガーを寄せ付けようとしなかったが。二人だけにならないのはもとより、視線すら合わせない。有象無象の兵たちを見渡す視線はこちらにも向くが、ルガーだけを取り出して映すことはなかった。これはさすがに、まあまあ堪えた。こういう避け方でくるとは思っていなかったが、考えてみればこれが一番手っ取り早いやり方だ。
とにかく足を動かせ。自分に何度も言い聞かせて、今にも燃え上がりそうな怒りをなだめる。今日の務めを終えた途端、ケヴィンはあっという間に姿をくらませた。城の中でアイツのいそうな場所は粗方探したが、やはりどこにも見当たらず、数少ない目撃証言もあやふやだ。ケヴィンの方から歩み寄ってくれなければその居所さえわからない、この立場の差を理解してはいるが、もどかしさに悔しくなる。視界の隅を行き過ぎる窓から見える空は、もう日が沈みかけていた。歩幅がどんどん大きくなる。
多分、ケヴィンは考えもしないんだろう。何をどうしたって好きで仕方がない人と初めての夜を過ごした次の朝、ひとりぼっちにされたらどう思うかなんて。しかもこっちは、誰かとこういう関係になること自体が初めてで、この人とできないんだったら一生しなくていいと悲壮な決意を固めてまでいたのに。男として認められなかったような気になるし、頭からぺしゃんこに押しつぶされたみたいな感じだった。こういうのを下手に抱え込んで放っておくと、時間が経つほどに怒りに変わっていくというのが、ここ最近で一番身に染みたことかもしれない。
あの人が徐々に心を許してくれていたのはわかっていた。でも、全部を受け入れる覚悟はまだなかったんだろうか。今のルガーの姿かたち、感触、声、温度。大体の感情があの人に向けて集約されることは今までもこれからもきっと変わらないけれど、その中身はまるで変わってしまったうえに、ともすれば自分でも手がつけられないほど荒れ狂う。
このまま距離をとって、ほとぼりが冷めるのを待つつもりか。そんなの許さない。
階段をほとんど跳ぶように駆け降りる。偶然居合わせた奴がいたらしい、咎める声が追ってきたが、構わず走った。城の中にはきっともういない、森だ。早く、あの人を探し出さないと。
好きだと伝えて、同じ気持ちを返してもらえないまでもとりあえず受け入れてもらえた日から、ぶくぶくと膨らみ続けていた欲求。そいつをギリギリで繋ぎ止めていた鎖が断ち切れたきっかけは、ほんの些細なことだった。昨夜、何日かぶりにケヴィンの部屋に押しかけたら、珍しく渋い顔をせず迎え入れてくれた。何だか機嫌が良くて、よく笑ってくれる気がした。抱き寄せても体が逃げていかなかった。些細なことでもこう積み重なると、全部ひと繋ぎにして自分に都合が良いように受け取ってしまう。調子に乗るなというのが無理な話だ。
抱き上げてベッドに運んで、無防備に横たわる体にのしかかった。ベッドに突き立てた腕の間で、居心地悪そうに小さくなる体。それでもやっぱり逃げようとはせず、戸惑ったように目線が揺らぐだけ。興奮やら緊張やらでガチガチになりながら唇を重ねたら、はっとしたように肩を掴まれた。けれど押し返してくるでもなく、触れ合った彼の唇が薄く開いた。こうなるともう引っ込みがつかない。我慢できない。そう思ったら、今まで抑え込んでいたのと比にならない衝動が、大波になって襲いかかってきた。そのあとはただ、無我夢中で。
ルガーはぶるりと頭を振った。勝手に溢れ出す記憶をその度追い払おうとしても、効果は薄い。だって、たった昨夜のことなのに。辛うじて止まらずにいた足を早める。落ち葉を蹴り上げる音が耳障りだった。
森の中を走り回って、目ぼしい行き先はもう無い。薄闇が垂れ込める木々の合間に目を走らせる。次に行く当てを考えているうちに、森を見下ろす塔に向かっていた。その足元に近づくにつれ、枝葉の密度が薄くなる。獣道も途切れるその先、塔と向き合うようにぽつんと佇む人影が見えた。半分だけの月が投げかける光で、後ろ姿が浮かび上がる。今日一日じりじりしながら見つめ続けた背中。
ケヴィン。咄嗟に駆け出そうとした足を、すんでのところで止めた。気配を殺すわけでもなくここまで来たんだから、あの人は多分とっくに気付いているはずだ。それでも動かないということは。ルガーは精一杯落ち着き払って、ぼうっと突っ立つケヴィンに歩み寄った。腕を伸ばせば届く距離まで近づいても、彼は振り向かない。
「……逃げなくていいのか」
「こんな近くまで来られちゃったら、逃げられない」
それに、ここだから。ケヴィンは塔を振り仰いだ。どこか淋しげにも聞こえる声に苛立つ。この場所で何があったか知っている。彼がここに浅からぬ思い入れがあることも。
「こっち向け」
ケヴィンの肩がぎくりと跳ねた。こっちを向けと言ってる。そう重ねると、彼は小さく首を振る。
「……やだ」
「は?」
「やだ、向けない。ムリ」
「……何言ってんだお前」
「ムリ、だから、……このままじゃ、ダメ?」
話にならない。ルガーはぐんと足を踏み出し、ケヴィンの上腕を掴んだ。頑なに背を向けようとするのが気に食わない。両方の腕を握って、強引にこっちを向かせた。彼は片手を顔の前にかざして俯く。
「おい、隠すな」
「隠してるんじゃ、なくて、……ごめん、見せたくない」
「同じことだろ」
「ごめん、」
指の隙間から覗く片目が、潤んでいるように見えた。彼の首にかかる髪をそっと掻き分けて、指先で頬に触れた。熱い。
「照れてるだけなのはわかってる」
「っ、だ、って……思い出す、から、……」
何を思い出すかなんて聞くまでもない。ケヴィンは口元を手のひらで覆って、ほとんど真下を向いてしまった。こっちがどれだけ思い出さないようにしてきたか、無駄な努力が本当に無駄になった。しかもお前が、蓋を開けるのか。体中の血がいっぺんに上がってきたみたいに、顔が熱くなる。
流れっぱなしの涙が、この人の目も唇も蕩かしていったみたいだった。泣き顔なのに苦しそうでも痛そうでもなくて、吐き出す息すら熱くて甘い。この人の中も、締め付けてくるのに柔らかくて温かくて、どこまでも入り込んでしまいそうで躊躇したら、彼の両脚がぎこちなく腰に絡まった。
──そこで、止まらないで、……きて。
焦れた声、弾んだ呼吸。鍛えられ、引き締まった腰がうねる。尻が浮いて、ルガーの腹を擦る。根元まで収まった性器をさらに奥へと捩じ込むように。
──ごめん、きもちいから、動いちゃう……
何もかも曝け出して体を繋げているのに、なお恥じらうように目を伏せた。そういうのにいちいち脳みそをぐらぐら揺らされて、盛りのついた狼のように腰を振った。突き上げられた腹から漏れた息が声帯を鳴らす。喘ぐ声はだんだんと切羽詰まって、限界を訴える。
──も、だめ、ヘン、だめ、でる、ぜんぶでる、いく、
なんと言い返したか、馬鹿になった頭はまるで覚えていない。汗と体液の生臭さに混じったこの人のにおいが、鼻の奥によみがえった。
「……ルガーも、照れてる」
拗ねたようなケヴィンの声で、現実に舞い戻る。頬に集まった熱が全然冷めない。頭の中だけで反芻していたのと、こうして当人が目の前にいるのとでは全然違う。確かにこれは、凄まじく恥ずかしい。ケヴィンの腕を掴んで動かせない手に、じわりと汗がわく。
「照れてない」
「顔、赤い」
「……暗くて見えないだろう」
「バレた」
乾いた笑い声の後に、不自然な沈黙。とても顔なんか見られず下を向いていた。微かな呟きが鼓膜を震わせる。
「…………ごめん、ね」
「何に、謝ってる」
「オイラが、……やめようって言わないと、いけなかったのに」
「言われたところでやめたと思うか?」
「思わない、けど……でも、……お前は、大事な子なのに」
ルナが助けてくれた、大事な子なのに。これを言われると、いつも腹が立つ。反射的にぶつけようとした悪態を、歯を噛みしめて飲み込んだ。自分の知らない話をするな。結局はこれにつきる、子供じみた感情だ。当たり散らすなんて格好悪すぎるじゃないか。かつての自分をこの人が生かそうとしてくれたから、今こうしてここにいるんだから。
わかっていたって、納得はいかない。どうして覚えていないんだろう。ここでケヴィンと死力を尽くして戦い、命を落としかけたその男と、同じ魂を持っているはずなのに。考えたって意味のないことだというのも、重々わかっている。ルガーは、ケヴィンの腕から手を離した。
「……次は逃げるなよ」
「つぎっ、……て、」
ケヴィンがひっくり返った声をあげ、こっちを凝視した。こういうときに言う〝次〟の意味がきちんと伝わったようで、少しだけ胸がすっとした。ルガーはずいと身を乗り出し、背を屈めてケヴィンと目を合わせた。
「オレは今夜でもいい」
「今日、は、もうムリ、……まだこのへんが、変な感じ、する」
もごもごと言いながら、ケヴィンは自身の臍の下あたりを指で撫でた。コイツ、これで本当にその気が無いってのか。体を引いて、これまでとは別種の苛立ちで黙り込んだ。機嫌を損ねたと思ったのか、ケヴィンが上目に覗き込んでくる。
「今日は、ダメだけど……明後日とか」
「……なんで一日あけた」
「う、じゃあ……明日」
「明日だったらいいんだな」
「う、うん」
「わかった」
言質をとって、少なからず浮かれた。顔に出てしまったらしく、ケヴィンがほっとしたように頬を緩める。何だこれ、覚えがある。今よりずっと幼い頃、遊んでくれと駄々をこねて、無理やり約束を取り付けたときみたいだ。進歩のなさにがっかりするが、この人の目にはまだまだ子供に見えているだろうことを利用しないのももったいない。もう帰ろう、と手を引かれるのを、そのままにしておく。
「明日は逃げるなよ、終わった後」
「……がんばる」
「首に縄でもつけるか」
「えっ……ほら、手、繋いで寝たらいい。そしたら逃げない」
「そんなもん、寝返り打てばすぐ外れるだろ」
「……お前、冷めてるな。若いくせに」
「やるだけやって逃げだすヤツに言われたくない」
うっと言葉に詰まり、ケヴィンは気まずそうに目を逸らした。ルガーの手を引きながら、白々しく今日は何をしていたのかなんて尋ねてくる。どれだけ不安で寂しくて、昨夜のことは夢だったんじゃないかと何度疑ったかことか、そういうのを逐一語って聞かせてやってもよかったが、やめた。繋いだ手が昔と変わらず温かいから、許してやってもいい。
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