りっつぁ
2022-11-17 22:44:01
3867文字
Public ルガケヴィ
 

好きな人に好きって言ってみたら全力で逃げられた話

ルガ坊×ケビ王で、ほぼタイトル通りの話です。キレっ早い10代と照れまくるアラサーがいます。

 今、何が起こってる?
 ルガーが呆然と見つめる先で、跳ね返ったドアがゆっくり戻ってくる。キィ、と軋む音を立て、部屋の空気を閉じ込めた。さっきまでここにいた人の姿は、当然ながら今は無い。立ち尽くすルガーを通り越し、ケヴィンはとてつもない速さで走り去った。逃げやがった、全力で。この状況と、ルガーを放置して。
「あ、の野郎……!」
 あの人に直接向けたことなんてない罵倒が口をついて出る。あり得ないだろう、好きだと言ってきた相手になんの言葉も返さず、あまつさえ逃げ出すとか。混乱は特大の怒りに成り代わる。体当たりするようにドアを開け放って、ルガーは猛然と走り出した。城の中に隠れたりはしないだろう、森に入ってにおいや気配を追いづらくするはずだ。階段に向かう前に手近な窓に飛びつき、外を見下ろす。腹が立つほど穏やかな昼間の陽光の下、いくつかの動くものを素早く確かめていると、視野の隅っこで見慣れた金色の頭が木々の合間に分け入った。動転したようなふうで、きっちり確実に撒こうとしていやがる。爪が窓枠にギリギリ食い込んだ。そんなことをしても無駄だって、思い知らせてやる。さっきあの部屋でケヴィンと向かい合ったときの、期待と怯えと祈りがぐちゃぐちゃに混ざったような気持ちはすっかり抜け落ち、もはや完全に目的がすり替わった。絶対逃さない、とっ捕まえてどういうつもりか吐かせてやる。ルガーは再び駆け出した。
 何の痕跡も辿れない、たとえば土砂降りの雨の中でだって見つけてみせる。十数年越しの、物心つくかつかないかという頃から根を張った執念を、舐めてもらいたくはない。姿を見たのは森に入るところまでで、どちらに向かったか可能性だけならいくらでもある。けど、アイツが行きそうな方は。木々の緑や差し掛かる枝が、目まぐるしく視界を行き過ぎる。自分の荒い息遣いが耳を塞ぐ。どれだけの時間、側にいたと思ってる。あの人がどう動くか、本気で逃げられたことは無いけど予想はつけられる。思いっきり走って距離を取ったら、ルガーが追ってきやしないか心配になったり、これでよかったのかと迷ったり、とにかく足が止まるはずだ。こっちの余力が残っているうちに追いつければ、勝ち目はある。土を蹴る足はまだ軽い。草木や生き物達の密度の濃いにおい。その中に、かすかによく知るにおいを嗅ぎ取った。
 いた!
 ぎゅうと足を踏ん張って体の向きを変え、走る。ぐんぐん近づく後ろ姿。ぼうっと突っ立っていたケヴィンが振り返った。驚きに見開いた目を、泣き出しそうに細める。なんだ、その顔。彼はくるっとこちらに背を向け、走り出した。
「ッ、待て!」
 咽せそうになるのを堪える。一瞬近づいて見えた背中。手を伸ばしたら、ぶれるように遠ざかる。ケヴィンはものの数歩で加速して、跳んだ。比較的低い位置の枝を掴んで軸にして、ぐるんと一回転して少し高い枝に跳び乗る。猿か、コイツは。枝から枝に飛び移ってどんどん高く、遠く逃げようとする。身軽さでも持久力でも敵わない、分が悪すぎる。息を吸うたび肺が痛む。そうまでして捕まりたくないか。
「降りてこい、ッ、ケヴィン!!」
 彼は振り向こうともしない。こうなったらもう、最後の手段だ。ルガーは軽く飛んで頭上の枝を掴み、へし折った。あっと短く叫んで、地面に膝をつく。
「ルガー!?」
 取り乱した声が頭上から降ってくる。滑り降りるように次々と枝を渡ったケヴィンが、ルガーの前に降り立った。こっちに伸びかけた彼の手を、鷲掴みにする。
「ぇ、えっ」
「捕まえたっ」
「え、ルガー、ぅわっ」
 もう片方の手で彼の肘あたりを掴み、力づくで引き寄せた。倒れ込むケヴィンを抱えて気づく。こんなに肌が触れ合うのは、随分と久しぶりだ。
……ルガー、騙した? ずるい、ヒキョーだ」
「引っかかるのが悪い」
「だって、……ぶつけたとか転んだとか、したかと思った」
 だからと言って、本当に突き放す気なら捨て置けばいいだけだ。大怪我をするような状況でもなく、傷を作るのなんてこっちは屁でもない。でも、この人ならきっとこうすると思った。ルガーはもうとっくに小さな子供なんかではなくなっているのに、まだまだ世話を焼こうとする。甘やかされるのは嫌いだったが、それを利用した。不本意だが仕方ない、こうでもしないと追いつかなかった。
 彼を抱く腕が強張る。力を入れることも緩めることもできない。早鐘を打つ鼓動が喉元まで迫り上がる。みっともなく荒くなった呼吸をどうにかしたくて、無理にでも長く息を吐き出した。
……なんで、逃げた」
 ケヴィンがびくりと肩を震わせた。
「嫌になったか、オレが」
「違う」
「気味が悪いと思ったか、あんなこと言い出すから。後悔したか? こんなヤツをそばにいさせて」
 オレを生かして、後悔したか。
 そう呻いた途端、腕の中のケヴィンが顔をはね上げた。肩を突き飛ばすように押されて、真剣な目と正面から向き合う。
「違う。お前のこと、嫌になったりしない。後悔なんてもっと、絶対、しない」
 ケヴィンは悲しげに表情を曇らせた。ハッとして、ルガーは口の中だけで「ごめん」と呟いた。どうして自分が存在するのか、事情は大体知っている。実感なんかはまるで無いが、彼を非難するための道具の一つにするべきではないのはわかっていた。
 でも、だったら、なぜ。じっと見据えると、彼は申し訳なさそうに俯いた。肩にのっていた両手が離れる。
「なんで、逃げた」
「逃げた、わけじゃない。ただ、……
「なんだ」
…………どうしたらいいか、わからなくなった、だけで」
 ケヴィンは困り果てたようにルガーを見た。眉を下げて、どこにも置けなかった手は膝の上で握りしめられた。どうしたらよかった? そんなこと言われたって、ルガーにだってよくわかっていないのに。
「だって、ルガー、……赤ん坊のころから、知ってて、……家族みたいだって思ってた、から。さっき言ってたのって、家族とか、仲間とか、トモダチとか、そういう意味じゃない、よね?」
……ああ。わかってたのか」
「オイラも、そのくらいはわかる」
 ケヴィンは不服そうに唇を尖らせた。だから、と不貞腐れたような声で続ける。
「わかんなくなった。ルガーがそんなふうに思ってるなんて、考えたことなかったし、……
……オレだって、ちゃんとわかってるわけじゃない」
「どういう意味?」
 不思議そうに目を瞬かせる彼に、うまく説明できる自信なんてまるでない。
 まず、勝ちたい。何をどうしてもこの人より強くなりたいと思う。実際は、この歳になっても差が縮まっている気が全然しないという体たらくだけれど、先は長いと思っているから別にいい。幼い頃から来る日も来る日もこの人のことばかり見てきて、そうしたら、彼がこっちを見ていないと無性に腹が立つようになった。こうなるとどんどん話がおかしくなっていく。父でも兄でもあるような親密さと、この人を丸ごと食らってしまいたいと思う衝動は、果たして両立するものか。自分なんかと関係ないところで末長く幸せになればいいとも思うし、一人じゃ何もできないくらい身も心も弱りきったこの人を最後に拾い上げるのは自分であればいいとも思う。こういうのをひっくるめて余計なところを削ぎ落とすと独占欲と支配欲と性欲が残って、上澄みの綺麗なところだけを掬いとれば恋愛感情だと言ってもいいだろう。いい加減胸の内にだけ収めておくのにも限界を感じていたし、そんなに奥ゆかしい質でもない。だから、一番とっつきやすそうで、なおかつ嘘ではない本音の一端を伝えたら、逃げられた。話を聞いてくれるのであれば、そのたった一言だけじゃなくて、いくつもの矛盾を呑み込んで真っ黒い塊みたいになった感情も全部、ぶつけてやるつもりだった。
 けど、今となっては何も言葉にならない。だって、ここ最近で一番、走った。今更足の裏がじんじん痛み出す。走って走って、ちょっと走りすぎて、こっちの頭の中もずいぶんシンプルになってしまった。
「自分でもわからないから、お前に言おうと思った。けど、もういい」
……それ、怖い。本当にいいの?」
「キリがないからいい。でも、さっき言ったのは嘘じゃない」
 さっき。ぼんやり繰り返したケヴィンが、急に身を硬くした。その表情にはひたすら困惑の色が塗りたくられている。
「だって、……だから、ルガー、は、」
「オレがなんだ」
……ルガーは、すごく、大事な子」
 喉だけじゃなくて、体のずっと奥が震えて出てきたような、深い声。彼が本心を告げてくれていると、この上もなく信じられる。大事に思われているし大事に扱われているし、それは十分、この身をもって知っている。ありがたいとも思う。でも。
「それだけか」
「だけって……
「オレは、それだけじゃ嫌だ」
 だってもう、守られるだけじゃ嫌だ。
 王としてのお前も、ただのお前も、全部欲しい。お前の世界の中で一番に、唯一になるにはどうすればいい。
 口からぽろぽろこぼれた心からの言葉。ぽかんと聞いていたケヴィンの頬が、見る見る赤く染まっていく。
「ルガー、なんか、……スゴい」
 彼の動揺を表すようにふらふらさまよいだした手を、強く握った。潤んだように揺れる瞳を見つめる。
 ルガーは小さく息を吸った。
 もう一度。もう一度だけ伝えたら、きっとこの人は応えてくれる。
 今度は絶対、逃がさない。