りっつぁ
2022-04-14 23:56:02
6215文字
Public ルガケヴィ
 

Idolatry

酔っ払いケビと16、7歳くらい?のル坊の話。ケビが好きだから避けてたル坊なんだけどやっぱり無理!好きだから!みたいな話です。酔ったケビちゃんがビッッな雰囲気です。ル坊ケビです。

 酔ってとろんとした瞳で見られると、仕舞い込んだ願望が暴れそうになる。彼の腕を引っ張ってきた手が、今になってその温度に気づいたように強張った。触れるのなんて、いつぶりか。城の外壁を伝う通路に出て、夜半を過ぎても一向におさまりそうにない馬鹿騒ぎの声を、扉の向こうに追いやった。
「真っ直ぐ歩け、酔っ払い」
「うん、酔っ払ってる」
 ケヴィンはケタケタ笑って、不意に足を止めた。たたらを踏みそうになった足を止めて、ルガーは小さく舌を打つ。
「おい」
 こっちの苛立ちなんて物ともせず、ケヴィンは夜空を指差した。
「まんまる、今日」
……月なんて、見慣れてるんじゃないのか」
「毎日見てても、気づく」
 なんだか誇らしげに言ってくる。月の満ち欠けなんて、誰だって知っていてわざわざ話題にしないだけだ。特に、彼はこの森がずっと夜だった時期を知っているのだから。子供みたいな振る舞いに呆れているだけ、それだけだから。心臓を直接くすぐられたみたいに胸がざわつくのも、気のせい。
 ここまで掴んできた腕を離すと、ケヴィンは落胆したような声を漏らした。ルガーは一歩下がって背筋を正した。体の横で握った手が、さっきまでの感触を思い出そうとする。強い弾力で押し返してくるのに、吸い付くみたいに滑らかで、あと少しでルガーの手が一回り出来そうな太さの。これだけ鮮明に思い起こせる自分に嫌気が差す。どんなに目を逸らしたって見ているし、聞いていないふりをしても聞こえてる。体のどこかが少しでも触れれば、全神経がそこに集中して記憶に刻みつけようとする。何度自分に言い聞かせたってやめられないから、近づくのをやめたのに。
「ルガーと話すの、久しぶり」
……特別話すことも無いだろ」
「用事が無いと、話しちゃいけないワケじゃない」
「用が無ければ話すこともない」
「でも、用が無くても、……無ければ? あれ?」
 おかしいと思ったけど、おかしくなかった。自分の言ったことに自分で納得して、また笑う。何だかよくわからないし、何がおかしいかといえばお前がおかしい。つい指摘したくなるのを堪えて飲み込んだ。それは、一兵士としては過ぎた振る舞いであるから。酒席から王を連れ出している時点で一兵士としての枠はとうに飛び越えているのだろうが、コイツの醸し出す気安い雰囲気がそこのところを見えづらくさせる。王に対する一人前の男として、正しい距離感、境界線。守ろうと努力してきたけど、台無しだ。結局、昔馴染みだという気の緩みが、隙だらけの彼の前では隠していられなくなる。
「外、涼しいね」
 ケヴィンは木々を揺らして吹いてくる風に心地よさそうに目を細めた。確かに、酒で火照った体には丁度いい。ルガーもやっと、酒宴に加われる年になった。それなりの量を口にしたのは初めてだったが、酒自体はやっぱりそんなに旨いものでもなかった。その辺りへの期待はそもそもほとんどしていなくて、それでも誘われるまま広間に赴いた目的は一つだけ。ケヴィンが酔ったところが見たい。これで距離を取るつもりだなんて、無理がある。いつだってルガーの世界はこの人をど真ん中に据えて回っているんだから。
 ケヴィンは大体いつでも誰かに絡まれている。こんな席だと尚のことで、王を取り囲む連中がわっと盛り上がる声が聞こえてくる度に頭の奥が軋むような嫌な感じがする。ヘラヘラするな、無駄に触らせるんじゃない。腹を立てたってぶつける先もない。こんな気持ちは筋違いで、不遜だ。
 王はとにかく量を飲んでしたたかに酔うけど、全然つぶれない。その噂通り、ケヴィンは勧められるまま杯を傾け、話しかけられれば機嫌良く応じる。ここからだと遠い上に人の壁が何層も出来ていて、話の中身までは聞こえてこない。酔っ払い共のタガが外れたような笑い声、何だかよく分からない熱弁を振るう怒鳴り声。まともな音量で喋ろうという奴なんてもう一人もいない。
 また、あっちの方がどっと沸きたった。すぐ声は低められて、連中はわざわざ席を立って顔を寄せ合った。ケヴィンは頭上でニヤニヤと交わされる会話をぼんやり聞いているようだったが、中の一人から話をふられて目を丸くした。その反応を面白がった奴らから次々と揶揄されたようで、不貞腐れたような顔で酒をあおる。すっと持ち上がった手が、肘置きに寄りかかる野郎の腕を指先だけで撫でた、ように見えた。じゃあ、おしえてあげようか。唇が、確かにそう動いた。
 気づいたときにはアイツの手を握りしめて、広間の外まで引きずり出していた。
「手、つないでても、よかったよ?」
「誰がするか」
「小さい頃は、してた」
「もう子供じゃない」
 成長するのが忌々しいなんて思う気持ちが、わかるのか。
 ルガーの身丈はここのところぐんぐん伸びて、とっくにケヴィンを追い越して頭半分ほど差をつけている。育つのはもちろん外から見える部分だけではない。体の中身も、心も、変わっていく。
 覚え立ての自慰行為の真っ最中に思い浮かべていたのが、幼い頃からよく知りすぎている親代わりの男。この絶望感をどう表現したらいいのか、百年生きてもきっとわからない。確かに好きだけど、他の何にも代え難いと思っているけど、そういうんじゃない。あの人が、自分をここまで生かしてくれた。消えるしかなかった命を拾い上げてくれた。生まれ変わったなんて実感はまるで無いけれど、ケヴィンが生かそうとしてくれたから彼の側にいられるというのはわかっている。感謝しているし、彼が望むのだったらなんだって出来る。いつだって無事でいてくれるよう祈りにも似た思いを抱えている。そんな人を地べたに叩き落として、白くて粘っこくて生臭いこれで、汚すのか。自己嫌悪が重くて痛くて苦くて、それでもあの人を思うままにしてやりたいという空想はエスカレートするばかりで目も当てられない。
 体がでかくなったからだ。子孫を残してくいためにはそういう欲も機能も必要で、それがケヴィンに向いた。成長するのは止められない。あんなに、早く大人になりたいと思っていたのに。あの人のために戦えるように、早く大きくなりたかったのに。
 だから、離れようとした。徐々に、なんて器用なことは絶対できないと思ったから、ある日を境に彼といるのをすっぱりやめた。最初は心配顔だったケヴィンも、何も言わなくなった。必要最低限言葉を交わすことまで避けていたわけではないし、文句をつけられなくなったというのが正しいかもしれない。
 今夜は失敗した。でもまだ誤魔化せる。今までだって、何とかしてきたんだから。ルガーは腹に力を入れて、頭をそらすように立つ。コイツは酔ってる。適当なことを言って部屋まで連れて行ってやって、放り込んでドアを閉めたら終わり。大丈夫だ、まだ。
 ケヴィンは自身の手を顔の前にかざして、裏表にくるりとひっくり返した。
「ルガー、手、おっきくなったね」
 嬉しそうに笑って、こっちにふらりと近寄ってきた。同じだけ離れるタイミングを逃して、ルガーはその場で硬直する。あからさまに視線をそらすわけにもいかず、だからといって目も合わせられず、鼻と目の間くらいに曖昧に焦点を合わせて見下ろす。
「当たり前だろ」
「だって、久しぶりだから」
 手の大きさを比べるような親しげなやりとりなんて、全然していなかった。髪が彼の額に濃い影を落とし、酔いで潤んだ金色の目がつやつやと光る。ほぼ正円の月は、雲が被さることもなく明るい。森、城、目の前のこの人。光と影の濃淡が、やけにはっきりと描き出す。
「やっぱり、今日、変」
「何がだ」
「ルガーが、変」
「別に、何も変わらない」
「前からずっと変だけど、今日はもうちょっと、変」
……あんまり変変言うな。腹立つ」
 言い返したら、ケヴィンは少し驚いたようだった。半開きの唇に、笑みが広がる。さっきよりもっと嬉しそうな、それを隠したいけど隠しきれなかったような、いびつで柔らかい笑顔。
「そういうのも、久しぶり。……お前、大きくなった。それに、すごく、しっかりしたと思う、けど……
 ちょっと、寂しかった。恥ずかしそうな、そのくせ酒に焼かれて掠れた声が、耳の中で何度も反響するような気がした。どうしてこう、掻き乱す。
 余計なことはしないつもりだった。自分のことだというのに、何も思い通りにならない。気になって仕方ないけど黙っておこうと思っていたことが、口を内側からこじ開ける。
……さっきは、何を話してた」
「さっき?」
……あそこを出てくる前」
「出てくる、前、……ルガー、急に来たから、びっくりした」
「その前だ」
「まえ、……
 酔っているなりに、彼は眉間に皺を寄せて記憶を辿る。誰々が何の話をして、誰が酒を注いでくれて、もういらないって言ったんだけど。考えていることが口から全部出るからまどろっこしい。ぶつぶつ動く唇は、もっと明るいところで見れば赤く染まっているんだろう。吸い寄せられるように見つめていたら、ぱかっと丸く開いた。
「セーカンタイ」
 そうそれそれ、なんて頷く仕草に見合わない、下世話な単語。面食らってすぐ、怒りが湧いてくる。酒の席の話題としてあの連中が持ち出すのはせいぜいこんなところだろうが、仮にも王に向かって。それにコイツも、そんな話にのろうとしていた。
「セーカンタイ、の話、してた。カイハツすると気持ちよくなるとこ、とか……これは女の人の話、だったかな」
「それだけか」
「んー、……そんな顔して意外と遊んでるんだろ、とか、ドーテーでも驚かないとか。ああ、あと、どこが弱いかって」
……それで、あんなこと言ったのか」
「あんな?」
……教えてやるとか何とか、言ってただろ」
「だって、……何も言わなくても、うるさいから。話、合わせた」
 本当に、それだけか。今喋ろうとすれば多分、みっともなく詰ってしまう。ルガーは奥歯を強く噛み締めた。こうしている間は、少なくともこれ以上余分なことを言う心配はない。
 肘掛けに寄りかかる男に触れた仕草。無骨な酒杯の縁からゆっくり剥がれた唇は、うっすら笑っていた。ただの冗談で、あんな顔をするのか?
「ルガー?」
…………部屋に戻るぞ」
「ルガーの?」
「お前のだ、馬鹿」
「バカって言う方が、バカ」
 今どき子供だって、こんなこと言わないだろう。この酔っ払いをまた引きずって連れていけばいいのか、後ろから追い立ててやればいいのか、それとも担いで運ぶか。伸ばしかけたルガーの手は、一回り小さな手に捕まった。
「おい、ケヴィン」
「うん」
「離せ」
「ちょっとだけ」
 肌が触れ合う感触に慄いて、手が震えた。ケヴィンは振り払われまいとするように、指を束ねるようにぎゅっと握る。
「ねぇ、ルガーは、しなかった? そういう話。……どこが気持ちいいとか、弱いとか」
 そんな話どころか、ほとんど誰とも話していない。広間中うろつくコイツを目で追うのが忙しかったし、腰を落ち着けた後は聞こえもしない話に聞き耳を立てていた。正直に申告する意味もないから、さぁな、と適当にはぐらかした。
「知りたくない?」
「あの場にいた奴らのは、聞きたくもない」
「じゃあ、オイラのは?」
 酔っ払いの戯言が、思わぬ方に転がり出した。焦れったそうに返事を急かす声が、媚びるような熱っぽさを帯びる。だからどうして、揺さぶってくる。彼と距離を置いても一兵士として仕えて、実力で目に留めてもらいたい。そんな決意ももう朧げだ。緊張で舌が乾き、湧いてきた唾を飲み込む。
…………知りたいって言ったら、教えてくれるのか?」
 これで、後戻りはできない。心許なさを振り切るように睨みつける。ケヴィンは、今まで見たこともない顔で笑った。
「自分で、試してみればいい」
 安っぽくて露骨で、場慣れない客を引き込む商売女みたいな。こんなの彼に全然そぐわないと思うのに、温かくて優しくて清廉なばかりだった虚像はどんどん塗り替えられていく。知らず知らずのうちに触れることも叶わないような高みに据えていた人は、やっぱり生身だった。ただそれだけの、くだらない話。だから、欲望を叩きつけて体液をべたべたに塗りたくって犯しても、構わないはず。

 ベッドを共にした翌朝、一番しちゃいけないのは全力で謝ることかもしれない。土下座せんばかりの勢いのケヴィンにどうにか頭を上げさせて、シーツの上で差し向かいに座って、ルガーは今さらズキズキ痛み始めたこめかみを指で押さえた。なんだ、この状況。
「ゴメン、オイラ、酔ってて、その、……ホントに、ゴメン」
 どことなく潤んだ目で、眉尻を下げて。昨夜の余韻がまるで抜けていない顔ですることが謝罪か。これは結構、堪える。うまく相槌も打てなくて、低く喉が鳴った。
「ルガー、大丈夫?」
……お前は」
「オイラは、平気」
 言い切ったものの、やっぱり違和感があるのだろう。ケヴィンは据わりが悪そうにもぞもぞ身動ぎをする。その様子をちらりと見て、すぐ目を背けた。すっかり日が昇って明るい部屋の中、この人の肌は目に毒だ。自分の手で裸にして、舐めて口付けて噛み跡を残したのを思い出してしまう。どんな声をあげたかどんな顔をしたか、首に絡み付いてきた腕が汗ばんでぬるついていたことまで、全部。
「お前が謝ることじゃない。オレが自分で決めた」
「でも、……でもオイラが、やめようって言わないと、いけなかった」
 大人なのに。しゅんと俯く頭を引っ叩いてやりたくなる。今、それを持ち出すのか。反応しないルガーに焦ったようで、ケヴィンはらしくもなく言い訳を重ねようとする。
「ゴメンね、ゴメン……忘れていいから。ううん、忘れて、ほしい」
……おい、」
「昨日、ルガー、酔ってたから。それなのに、……
「待て」
「びっくりした、よね。こんなことに、なってて。ゴメン、でも、……だって、ルガー、こっち見てるって気づいたら、嬉しくなって、それで、調子に、のっちゃった、かな……でも、こっち来てくれて、それも嬉しくて、……ダメだったよね、オイラ、ちゃんとしないといけなかったのに、」
「待て!」
「っ、う、ん」
 ケヴィンはぴたりと口をつぐんだ。忘れるわけがないし、無かったことにするなんて許さないし、認めない。でもそれよりももっと、聞き捨てならないことを言われた。
……今、なんて言った」
……オイラが、ちゃんとやめようって、言わなかったから、」
「その前」
「あ、……びっくりした? イヤ、だった?」
「それより後」
……ルガー、ずっと見てくるから、……
「それで」
「それで、……どこに行っても、見てるから。こんなに見ててくれる、の、無かったから、」
「だから?」
「だから、……
 何を言わされるのか、何を言ったのか、ようやく気づいたらしい。あ、と言ったきり、ケヴィンは顔を真っ赤にして黙り込んだ。
 無かったことになんかさせない。この人が観念するまで、年の差だとか立場の差だとかをひとまずどこかに置いておく気になるまで、好きだって喚き立ててやる。ケヴィン。呼びかけた声は我ながら浮ついていて、おっかなびっくり頷く彼がおかしかった。