りっつぁ
2022-02-15 23:14:51
6072文字
Public ホーケヴィ
 

佳き日に

ホ→ケ→アの三角関係&急にホちゃんに口説かれてドン引きするケビのホケビな話。ED後、アン様の結婚式直前の話。アン様のお相手はデュのようなそうじゃないような。アンホケヴィパだけど6人パの時期もあったみたいな感じがする。

 意気地無しを悔いても、もう遅い。白いドレスに身を包んだ彼女が肩越しに振り返り、華やかに笑う。キラキラ弾ける光が長く引いた裾からこぼれ落ちていくみたいだ。城の中庭を横切るときに見上げた空は、雪を降らせる灰色の雲が全て海の向こうに吹き飛ばされたような晴天だった。外から覗き込めないよう奥まったこの部屋には、太陽の光もそれを跳ね返す雪原の輝きも、半分よりもっと少なくしか入ってこない。それなのに、彼女が立っているだけでこんなに眩しい。どこからどう見ても幸せな花嫁。ケヴィンは曖昧に唇を歪めた。笑顔を返してやれないのが、後ろめたかった。
 似合う? 褒めてもらえると確信しているようなアンジェラに、ホークアイが歩み寄る。大きく広がった裾を器用に避けながら、彼女を真ん中にぐるりと一回りしだした。彼の意図に気づいたアンジェラは背筋を伸ばし、正面に戻ったホークアイを面白がるように見つめる。もちろん似合うよ、綺麗だ。ひょっとしたら女神様よりも。思い通りの称賛を得た彼女は、誇らしげに目を細める。女神様よりも、なんて言われちゃったら申し訳ない気もするけど、今日だけは許してもらおうかしら。
 今日だけは。だって今日は、彼女の人生で最良の日。そして、自分にとっては。
「ねぇ、ケヴィンはどう?」
 のろのろと顔を上げる。艶やかな光沢のある白いドレス、それよりももっと白い肌。ほんのりと桜色に染まった頬が可愛らしくて、優しく微笑んでくれるのが嬉しくて、泣きそうになる。
……キレイ、だと思う。すごく」
 ずっとそう思っていた。他の何かと比べたりするなんて出来ないくらい、綺麗な人だと。だけど、今更言えない。思うだけでは何も変わらないのだと、嫌というほどわからされたはずなのに。
「そう? ケヴィンがそう言ってくれるなら安心ね」
「なんだよ、オレじゃ不足だって?」
「だって、アンタはいつでも誰にでもそんなようなこと言うでしょ。希少価値の差ね」
「あー……よく言われる」
「やっぱり」
 二人はぽんぽんと言い合いながら、花嫁姿の最終確認を始めた。結い上げた髪はほつれてきていないか、ドレスの着付けは、化粧は。ケヴィンにはどこに気掛かりがあるのかさっぱりわからないが、あれこれ尋ねるアンジェラに、ホークアイはなんだかそれらしいことを言って返している。褐色の長い指が、彼女の頭にのせられたティアラをつつく。
「いい石だね。ベールは?」
「あとでお母様につけてもらうわ。昨夜もね、私が結婚するなんて寂しいってまた泣いちゃったのよ」
 ふふ、と照れ臭そうに笑うアンジェラに、ホークアイが肩をすくめた。
「いいのか? お母サマより先に、オレ達に見せて」
「いいのいいの。着付けの子達を除けば、アンタ達が一番乗りよ」
「花婿さんより? いいのかなホントに……
「そっちのがよっぽど見せらんないわよ、もったいないでしょ。お式の本番までドキドキしててもらわないとね」
 だからといって出来栄えを気にしないわけではないから二人を呼んだのだと、彼女は当然のことのように言ってのける。
「そういうのって普通は、姉妹とか仲良い女友達とかの役目だろ。男二人って」
 苦笑するホークアイに合わせて、ケヴィンも少しだけ頷く。花嫁の、しかも王女の支度部屋に真っ先に呼び出すのが、自分達二人。それが事情を知らない人をぎょっとさせるようなことだというのは、もうわかるようになった。しかし当の王女は意に介さず、少し離れた姿見にドレスの背中側を映そうと体をひねる。
「私にきょうだいがいればそうしたかもね。でもアンタ達だってもう家族みたいなもんじゃない。あんなに一緒に寝起きして一緒にご飯食べて、恥ずかしいとこもかっこ悪いとこも全部見せたんだから。無かったことになんかさせないわよ」
……それ絶対、花婿さんには言うなよ。誤解を招く」
「安心しなさい、わかってくれないヤツとなんか結婚しないわ」
「この調子だもんなぁ。どうする、ケヴィン? 新婚早々殴り込みにくるかもしれないぜ、嫉妬に狂った花婿さんが。オレ同情しちゃうよ」
「そしたらお酒でも飲ませて愚痴聞いてあげて、適当に落ち着かせて送り返してよ」
「始まる前から尻に敷いてるわけだ。先が思いやられるね」
 大袈裟に首を振るホークアイを、アンジェラが高らかに笑い飛ばした。口の減らない彼らのやり取りを見ているのは小気味良い。でもそれも、これまでよりずっと機会が減るのだろう。ホークアイに水を向けられても、ケヴィンは何も言えなかった。彼がこっちに視線を向けたのが気配でわかる。その何でも見透かしているような目は、苦手だ。
 厚い扉が三度叩かれて、女性の声が王女に退室を促した。しずしずと、けれど素早く入ってきた侍女達の一団に、ケヴィンは驚きつつ道を開けた。ホークアイはこんなときでも抜かりなく、最後に入ってきた裾持ちの少女達を労う。相変わらずね、と彼を小突いて、アンジェラはゆったりと部屋を後にした。ほとんど音も立てずに閉められた扉。時計の針の音も聞こえない沈黙が降りる。雪が降らず風も吹かないと、この国はひどく静かなのかもしれない。さっき追いやられたときのまま、壁を背にしているのを何となく確かめた。
……こんなときに何を言っても野暮だってのはわかってるけど、」
 どんな気分? 近づいてくるホークアイは、気まずそうに首を傾げた。そういう話を改ってしたことはないけれど、勘の良いこの男に悟られていないはずはないだろう。必死になって取り繕おうとしていた余所行きの顔が、崩れてしまう。
…………死にたくないけど、死にそう」
「お、的確。わかりやすいな、お前にしちゃ」
 馬鹿にしてるのか。ムッとしたのも察したようで、宥めるように肩を叩かれる。
「式に出ないってのは、さすがに無いな。どうにかしろよ、今ここで。〝王女の親しいご友人〟がそんな顔しててみろ、王女様の男癖が疑われちまう」
……うん」
 わかっている。この感情を無理矢理にでも片付けて、旅仲間でもあった昔からの友人として祝福しにいかなければならない。一緒に参列する仲間達と喜び合って、新郎新婦に心からの笑顔で「おめでとう」と言ってやらないといけない。とてつもなく難しいどころか、もはや拷問だ。だって。
……好き、だった。ずっと前から、ほんとに、……
「知ってる」
「ムリ、結婚式、とか……なんで呼ぶの……
「いや呼ばれないのもそれはそれで問題あると思うけど」
「でも、やだ」
「うん、まぁ、……そうだろうな。駄々こねとけよ、今だけなんだから」
 呆れたような口調が優しい。こんなの反則だろう。ただでさえ口下手なのに、喉がからからに嗄れてしまったみたいにうまく声が出ない。それでも。抱え続けた思いが溢れ出る。
 アンジェラが好きだった。きっと、一緒に旅をしていた頃から。はっきり気付いたのが目的を果たして皆散り散りに故郷に戻った後のことで、この恋は後悔から始まった。意地っ張りで甘ったれでワガママで、感情表現の率直さに怯むことすらあったけど、鮮烈な生命力はそのまま彼女の強さになって、どんどん綺麗になっていくから目を奪われた。こんなに綺麗なものを、今となっても他に知らない。
 嫌だ。あの人が他の誰かの手を取るのも、生涯共に有ると誓いを立てるのも。仲間でも兄弟でも家族でもなくて、あの人の一番になりたかった。何をするにも一緒にいるしかなかった旅の間に、あの人の心を手繰り寄せておけばよかった。互いの立場、国、そんなものが、無視できない大きさの枷になる前に。好きだと何度心の中で唱えていたって、何も起こらない。そのたった一言すら伝えられずに、あの人が誰かのものになるのをただ見ていた自分が情けなくて、ぶっ殺してやりたい。
 ケヴィンは震える息を飲み込んだ。思うがままにぶちまけて、何を言ったか自分でもよくわからない。呆気に取られていたホークアイが、口元だけで笑う。
「なんだかなぁ……気の毒と言うか、可哀想と言うか……
「そう、かな……
「オレに言わせりゃ脈はあったぜ、間違いなく。もう一押ししとけってとこで全然行かないんだよなぁお前」
……あった? そんなこと」
「あったって。それに、釣り合いが取れないってことでも無かったのにさ。向こうはお姫様だけど、お前だって曲がりなりにも王子様なわけだし。ダメ元でもなんでも一回言ってみりゃよかったんだよ。骨拾ってやる心の準備までしてたんだからな、こっちは」
 何も言い返せない。黙りこくるケヴィンの頭を、彼がぽんと叩くように撫でる。
「自分でもわかってるんだろ。行動しなかったら、何を思ってようが無かったのと同じになるんだってさ。だったらまだいいさ、自分でわかってないよりは」
 頷いて、また自己嫌悪の波にさらわれそうになる。今日この後、何とか自分の足で立ってやり過ごすには。
……ホークアイ、もっと、思ってることある?」
「ん?」
「オイラに、もっと。あったら、言ってほしい」
 どうにも、手加減されているような気がした。こんなにどうしようもない、手の施しようもない臆病者を糾弾するなら、彼の性格からしてこの程度ではすまないはずだ。思いきり罵られて、落ち込みついでにふつふつと怒りが湧いてくるくらいまでいけば、意地で最低限の体裁だけは保てるかもしれない。覚悟を決めて彼を見ると、思ったのとは違う顔で考え込んでいた。
……そうくるかぁ。んー……無いわけじゃないけど、……今かぁ。今、……いつでも同じか、言う気も無かったし」
「なに?」
 ホークアイが、にわかに距離を詰めてきた。壁際に追い詰められたような格好で、少し緊張する。もう身長がさほど変わらないから、視線が真っ向からぶつかる。
「お前ほんと、可哀想だよ。好きならそれでいいなんて到底言える相手じゃないけど、大体のことは抜け道があるもんなんだよ。でもそういうの、考えもしないだろ? 一途ってこういうこと言うんだろうって思ったよ、お前見てたら。正攻法しか知らなくて、報われなくてさ。望みが全然無い方向に一生懸命なの、すごい可哀想。それに、」
 可愛い。耳を疑った。確かにそう言われた気もするけど、何故。ホークアイはにっと唇を吊り上げて笑う。彼の故郷の衣裳なのだという礼装に合わせていつもよりゆるく束ねられた髪が、肩の上を流れ落ちた。
「アンジェラはさ、あんなだけどなかなか見ないくらいの美人だし、あれだけ飾ればそりゃ綺麗だろ。でも、お前の方がずっと可愛い。オレにとっては、だけど」
「何、言ってる?」
「冗談みたいだろ? ……冗談ならよかったんだけどな」
 右肩のすぐ上、右頬の真横。ホークアイの手のひらが、ひたりと壁に当てられた。
「見飽きるくらい見たはずなのにな。たまにしか顔合わせないともっと可愛く見えるようになるのって、何なんだろうな? 会う度にさ、覚えてるより可愛いんじゃないかって思うんだよ。ちょっとおかしいって自分でも思うんだけど、ダメなんだよな、止まんない。他の奴じゃ全然ダメ。お前じゃないと、ダメだった」
 耳に注ぎ込まれる声は、切々と、まさしく恋を訴えかける響きで頭の中をかき回してくる。何がどうすると、こうなる? こんなつもりじゃなかった、というより、こんな展開を予測出来ると思う方が間違いだ。ケヴィンは喘ぐように声を絞り出した。
「な、に? 全然、わかんない。ホークアイ、何、言ってる?」
「お前がアンジェラのこと見てたのと同じような目で見てるって言えばわかる?」
……わかんない」
 は、と彼が嘲るように笑った。吐き出された息が耳にかかったような気がして、肌が粟立つ。近い、さっきよりも。同じようなものと言われても、全然そう思えない。あの人のことを、こんな目で見ていた? 闇の中で獲物の動きを見定めようとする梟のような、金色に光る目。
「今日のこのカッコもさ、そんなもんだってわかっててもイラつく。ずるい」
 首筋に触れる硬い指先。ケヴィンは反射的にびくつく体を壁にへばりつかせた。下手に動けば、もっと触れてしまう。腕の間に閉じ込められて、これだけ間近にあっても馬鹿みたいに整った顔で視界がいっぱいになる。ホークアイ。呼び慣れたはずの名前が、遠い国の知らない言葉のように聞こえた。
「いつも全然隠してないのに、急に隠されると気になる」
「何、が、」
「こんだけ肌が隠れるようなのも着るんだな。初めて見た」
……結婚式に出るならって、用意してくれた」
「そういう感性もあるんだ」
 彼の指が滑り降り、鎖骨から胸元までなぞる。それなりに厚さもある布地の上からなのに、探るような指の動きをありありと感じ取ってしまう。
「これ、脱がせたい。この中全部見たい。見て、触って、それで、」
 抱きたい。ぞく、と背筋が慄く。低く潜められた声が耳を痺れさせる。もう目も開けていられない。こんなタイミングにこんな場所で、見た目だけはやたらといい男に迫られているのが自分だなんて、信じられない。こんな剥き出しの生々しい情欲が、あの人に向けていた感情と同じだなんてことも。
……嫌なら逃げたらいい。お前だったらわけないだろ」
 瞼をさらに強く閉じ合わせた。唇にかかる濡れた息。頭が全然ついていかないけど、何をされそうかくらいはわかる。逃げる? どうやって。指一本すらまともに動かせないのに。真っ暗な瞼の裏で、彼の気配が動くのを感じる。
……う?」
 頬を掠めた柔らかい感触。ホークアイの気配が離れた。とん、と軽い足音を聞いて、目を開ける。
「今日はこのくらいにしとく。落ち込んでるとこ狙って既成事実作るってのも鉄板だけど、趣味じゃないんでね。もうちょっとその気になったときのためにとっとくよ」
「その気、って……
「なるかもしれないだろ? そろそろ行こうぜ。二人して遅刻なんかしたら、アイツに何言われるか」
 何事もなかったような態度にこちらも頷きそうになって、思い返した。何事かはあった。しかもとんでもないやつが。
「ホークアイ、なんで、……
「こんなこと言い出したか? 見習ってみようかと思ってさ」
……何を?」
「お前が言ったんだろ。思ってるだけじゃ、何も起こらないって」
 特大の皮肉だ。扉に向かう彼を呆然と眺める。混乱しきって考えがうまくまとまらないけど、これでいいかもしれない。この部屋を出て行く彼女を見送ったときのような、崖っぷちから突き落とされる寸前みたいな絶望感は、今は無い
 行くぞ、と手招く彼に頷いて駆け寄った。ホークアイは眉を顰め、怒っているような困っているような、なんとも言えない顔をする。だから、そういうとこだって。やっぱりよくわからないけど、今に始まったことじゃない。彼の唇が触れた頬を指で拭ったら、大きな声で笑われた。