りっつぁ
2020-09-28 23:08:19
3263文字
Public その他(男女)
 

その天使の名前

観用少女パロでデュラアンです。
デュランは大学生くらいのつもりです。デュラン両親健在の体で書いてます。
導入っぽい感じですので説明ばっかりです。

 “人形”は、まだ目を覚さない。ここへ連れてきた最初の日、部屋の隅でクッションに座らせた格好のまま、今日もそこにいる。デュランは一瞬そちらに視線をくれて、そのまま玄関に向かった。どうにもならないのだから、何もしない。ただそれだけなのに、この罪悪感はなんだ。振り切るように家を出た。今日は一限から講義が詰まっている、ありがたくない日だ。

 それはただの人形ではない。プランツ・ドールという、少女を象った生きた人形。とてつもない高値で売買される金持ちの嗜好品で、デュランのような一学生の部屋で鎮座ましましているものでは決してない。デュランの実家だってこんなものを買うような家庭ではないが、これは父の昔からの友人である資産家の持ち物だった。子が出来ないことを苦にした彼の妻が、せめてと求めた人形だったそうだ。髪の色と面差しが妻によく似た人形は、しかし彼ら夫妻の元で目を開けなかった。プランツ・ドールというのはそうであるらしい。自分の持ち主として気に入らなければ、目も開けないそうだ。眠ったまま世話を受け付けない人形が、弱り果てて“枯れる”と販売店にメンテナンスに出し、それを二回繰り返したところであまりにも可哀想だと妻が参ってしまった。しかし手放すこともできないと、夫妻共通の知人でもあるデュランの父にお鉢が回ってきた。当然居場所が変わったところで人形は眠ったままだったが、たまたま実家に帰ったデュランの前で、一度だけ目を開けたのだ。家族あげての大騒ぎになり、件の父の友人にも連絡をとったところ、是非預かってほしいと言われてしまった。電話越しだが直々に、幼い頃からよく知る人に頼み込まれて、断ることはできなかった。ただ、何もできないだろうことは念を押したのだ。それでも、見守ってくれればそれでいいとまで言われてもう受け入れるしかなかった。
 こうして、人形は大量の衣装や装飾品と共に、まるで輿入れのようにデュランの一人暮らしのアパートにやってきたのだった。
 父の友人夫妻が、“天使”と呼んで可愛がっていたという人形を預かるプレッシャーはかなりのものだ。と、いうのは建前で、本音としてはこんなバカ高いだけで得体の知れないモノを部屋に置いておきたくない。しかしどうにもできず、今日も家を出る前まで、人形を遠巻きに眺めていた。

 夜。あとはもうベッドに入るだけという段になって、デュランは人形に目をやった。
 別に見殺しにしたいわけではない。どうしたらいいかわからないだけで。それでも、いつもより近く、ちょっと手を出せば触れる距離まで近づいて、床に腰を下ろして胡座をかいた。
「お前、……ずっと寝てて腹減ったりしないのか?」
 話しかけても当然返事はない。一人暮らしでもそうひとり言を言う方ではないデュランは、そのいたたまれなさにガリガリと頭を掻いた。
 プランツ・ドールというのは、持ち主の愛情も糧として必要不可欠らしい。初めて調べてみたら、そんな文言がいくつも目に入ってきて、少し声でもかけてやるかという気になったのだ。でも、この人形は父の友人夫妻のもとで、浴びる程の愛情を注がれていたのだろうに。
「何が不満だったんだよ。あの人たち、すげえ良い人なのに。オレんとこ来たって良いことなんかなーんも無いぞ」
 つい責める調子になってしまう。つくづく、こういうのは向かない。ため息をついて、人形を見る。こんな近くで見るのは、これを抱えてこの部屋に入ったとき以来かもしれない。
 年は十歳程度だろうか。年が離れた妹の成長と引き比べると、そのくらいだ。髪は藤色で、緩く波打って肩にかかる。目鼻立ちは驚くほど整っていて、小さくつんと尖った唇が目につく。伏せられた目蓋を縁取る睫毛は長く、先端がくるんとカーブを描いて上を向く。少女らしく細い体は、フリルやレースで飾られた白い服に包まれている。服に埋もれるような小さな顔も、手足も、雪のように白い。
 目の色は。デュランは手を伸ばし、人形の目蓋に指を触れさせた。その手触りを感じるかどうかのところで、はっと手を引っ込める。あまりに精巧で、なんだか悪いことをしているような気になる。寝ている女の子に触るなんて、字面だけでもやばすぎる。手がまた勝手に動き出さないよう体の前で両手を握り合わせた。
 一度だけ開いた人形の目は、緑色だった。ただ緑色と評していいのかわからない、綺麗な色だった。瞬きの度に星が零れ落ちるような、大きな瞳。妹が興奮して悲鳴を上げたのも頷ける。すぐに妹が母を呼んだが、その目はほんの数秒でまた閉ざされてしまった。
「もう一回くらい、目ぇ開けてもいいだろうが」
 何気なく呟いた言葉が思ったより真摯な響きになって、頭を抱えたくなる。違う、そういうつもりじゃないんだと、誰とも知れず言い訳したくなった。
 こんなものがここにあると知れた時点で、特殊な性的嗜好の持ち主だと思われるのは避けられない。とにかく早く手放してしまいたいのは確かだった。幸いにも、預かる期間は約束してもらえている。人形が目を開けて元気になるまでか、もしくは一回枯れてしまうまで。しかし、今回枯れてしまえばこの人形は店に返すという話になっているらしい。
「あーもう、どうしろってんだよ……
 このまま何もしないでいるのは、生き物を見捨てるようで忍びない。そういうことだと結論付けた。もうそういうことにさせてほしい、自分で自分を疑いたくない。
 もう一度話しかけようとして、思い出した。そういえばこの人形には、名前が無い。“天使”というのは名前とは言えないだろう。もしも目を開けてくれなかったらと思うと名前をつけられなかったと、この人形を求めた細君は言っていたらしい。
 こんなに綺麗で、これは確かに作り物だ。でなければ、“天使”。でも、名前をつけてやってもいいだろう。
 何度も“天使”と口の中で呟いて、背筋が痒くなった。その辺に置いたスマートフォンを手繰り寄せて検索をかけようとして、やっぱりやめる。自分で考えた方がいいような気がした。
 天使、天使、……
——
 ふと思いついた、どこかで聞いたことのある女性名らしきものを口に出す。人形はなんの反応も示さない。そう都合よくはいかないだろうが、取り敢えずやるべきこと果たしたような気分で満足した。
「おやすみ」
 ついでに人形の頭を撫でてやって、立ち上がる。明日も早いし、とっとと寝てしまおう。大きな欠伸をして、電気を消した。


 翌朝、部屋の惨状を見て絶句した。カーテン越しの朝日でも、とんでもないことになっているのが容易に見て取れた。
 部屋中に、人形の衣装の類が散乱している。収納しきれず床に積み上げてあった衣装ケースはもちろん、どうにか押し込んだクローゼットの中のケースも開けられていた。そのままクローゼットの中身ひっくり返したようで、デュランの衣類やら本やら、その他仕舞われていた諸々も撒き散らされている。
 空き巣にでも入られたような凄まじさだったが、犯人はすぐそこにいた。自分が引っ張り出した物たちの中で座り込む少女、もとい人形。デュランのTシャツを新たに引っこ抜いてくんくん匂いを嗅ぐような仕草をし、怪訝そうな顔をする。
 やけに仕草が生々しい。昨日までの無機質さはなんだったんだ。コイツこんなに動けるのか。その辺の服は洗ってあるんだから臭くねぇ。
 なんだか色々なことが頭を行き交う。こっちを向いた人形と、ばちりと目が合った。薄暗くてもわかる、鮮やかな緑色。驚きで丸くなった瞳が、にんまりと笑みの形に細まる。まるっきり悪ガキだ。
 コイツ、わかっててやってる。
 大体、一回だけ目が開いたときにも思ったのだ。これは生意気そうだと。こんな悪ガキだとは思わなかったが、案の定だ。“天使”なのは見た目だけ。寝ているときだけかもしれない。
 デュランは昨夜付けたばかりの名前を、寝起きのガラガラ声で叫んだ。

「アンジェラ!!」