ミィハが予想していた通り、ケイたちがコスタ・デル・ソルに到着したのはとっぷりと日が暮れた頃となった。ケイたちを連れてきてくれた行商人たちは、その日の宿と食事を求めて町へと繰り出していった。
彼らに別れを告げ、フェリキシーの先導を受けて、ケイたちも依頼主が宿泊している宿へと向かう。コスタ・デル・ソルの中でも、宿泊に特化した区域は小さな集落のように切り開かれており、ケイたちは坂道を上って目的地に向かうことになった。
「うわあ、すごい……っ!」
目的地だとフェリキシーが足を止めた場所――そこでケイは思わず感嘆の声をあげた。
リゾート地で過ごす外部の客人向けに用意された宿泊施設の数々。小さな村落のようにして切り開かれた高台に建てられている建物は、立地の都合もあってか、そこまで華美なものではない。
客一人に対して建物一つを提供するという形態のサービスになるのも納得できるほどに、全体的にこぢんまりとした印象は拭いきれていなかった。恐らくは、見た目よりも内装やサービスに力を入れているのだろう。それに、高台にあるこの場所からならば、景観のためだけでもお金を払って宿泊する価値は十分にある。
だが、その中でも群を抜いて大きな邸宅――普通の村落ならば集会所か宿泊所として開放されていそうな建物が、ケイたちの依頼主が滞在している建物だった。まず間違いなく、最も高い宿泊費が求められる建物だろう。
「到着したところではありますが、もう夜遅い時間です。依頼主の方は、私たちを中に入れてくれるでしょうか?」
「ユキハネの言うとおりだな。見たところ、照明もほとんど落とされているようだ。依頼主が起きていなくても不思議ではない」
ミィハが見上げた先、前方に聳え立つ建物の照明は最低限の光量に絞られている。到着時間は不問となっていたが、いくらなんでも限度はある。せめて、依頼主が雇っている使用人や護衛の者に話が通っていることを祈るしかない。
不安がる一行をよそに、先頭を歩いていたフェリキシーが、入り口に立つ門番に声をかける。門前払いを喰らわないようにと、彼の様子を見守りながら、ケイはこっそりと手を祈りの形に組み合わせていた。
予想通りというべきか、やはり門番は顎に手をやり思案の様子を見せつつ、フェリキシーたちを見やっている。さらに二言三言、彼らが互いに言葉を交わしていたときだった。
「何やら声が聞こえてきたのですが、どなたか来ているのですか?」
庭先から夜の闇にぽっと灯るような柔らかな女性の声が響く。自然な流れとして、ケイたちの視線もそちらに向けられる。邸宅の周囲には、来訪する客人向けに小さな庭も作られており、姿を見せた人物はそちらの見回りをしていたらしい。
ランタンに照らされた褐色の肌。そこに彩を添えているのは、ぱっと目を引くストロベリーレッドの髪だ。瞳も髪と同色の目が覚めるような赤であったが、どういう理由か、片目は眼帯で覆い隠されていた。頭頂部に生えている細い三角耳から察するに、彼女はケイやミィハ同様ミコッテ族のようだ。
姿を見せた女性は、ケイたちの姿を見て眉根を寄せる。
「あなた方は……どちらさまでしょうか。こちらは、今はススナム様が滞在しているお屋敷です。道に迷ったのなら、この区画を管理している方の元までお連れしますよ」
「そのススナム・メメナムからの依頼で、とある荷物の護衛を頼まれた冒険者が俺たちだ。こんな時間になっちまったが、そいつに顔を合わせることはできるか」
フェリキシーの言葉は、普段のざっくらばんな物言いと比較すると、いくらか礼節を残していた。
それでも、彼の冒険者然とした装いのせいか、それとも夜闇が彼をより強面に見せたのか、ミコッテの女性はいまだに怪訝そうな顔をしている。その疑いを晴らすためにも、すかさずユキハネがフェリキシーのそばに駆け寄った。荷物に手を入れ、冒険者ギルドから預かっていた、依頼を受領したことを示す印章が捺印された紙を提示してみせた。
それを見て、ようやく女性は表情を緩め、警戒のために静かに持ち上げていた尻尾を下げる。
「たしかに、ススナム様からそのような方が来ると話は聞いています。ですが、ススナム様は二時間ほど前にお休みになられたところなので、さすがに今起こすわけにはいきませんから……ひとまず、皆さんは中にご案内しますね」
門前で立ち話もなんだからと、女性は四人へと頭を下げると、邸宅を手で示してみせた。
一行の案内を引き受けた彼女は、恐らくは屋敷の使用人の一人なのだろう。リンクパール越しに二言三言誰かと言葉を交わしてから、扉の鍵を開いて一行を中へと導いた。話している先は、さしずめ彼女の上司にあたる人物だろうか。
入り口近くにある客間に通されるまでの道中も、ケイは中の内装を見て、目を見開いたままきょろきょろと落ち着きなく周囲を観察していた。
ラノシアではよく見かける白壁の内壁はともかく、敷かれている絨毯も並べられている調度品たちも間違いなく一級品だ。案内された客間のソファ一つとっても、雲の上に座っているような柔らかさである。ふかふかのクッションは、荷車に揺られて疲れた体の冒険者を優しく迎えてくれた。長旅に疲れていたのだろうユキハネに至っては、座った瞬間に表情を緩めて、一瞬眠りかけたほどだ。
「改めまして、まずは自己紹介を。私はシ・ロフェ・ルドと申します。皆様が到着された後、皆様の身の回りの世話を受け持つよう、ススナム様から指示を受けております」
そう言って、赤毛のミコッテの女性――ロフェは優雅に一礼する。
服装こそラノシアの気候に合わせた身軽なものだったが、その振る舞いはウルダハの富豪層に仕える使用人そのものだ。かつて、同様に使用人として勤めたケイには、彼女の礼がウルダハ流であることがすぐに分かった。
「よろしく、シ・ロフェさん。俺はケイ。で、こっちがフェリキシーとユキハネ。あっちでちょっとむすっとした顔をしてるのがミィハっていうんだ」
依頼主ならともかく、身の回りの世話を受け持ってくれるだけの使用人に対してまで畏まる必要もなかろうと、ケイは砕けた調子で自己紹介をする。
彼の屈託のない振る舞いは、こういった初対面の時において、相手の警戒を解くのに一役買ってくれる。エオルゼアでは見慣れない種族であるユキハネや、体格のせいで威圧感を感じさせやすいフェリキシー、そして砕けたやり取りは不得手なミィハでは彼女の警戒をこうもあっさりと解くのは難しかっただろう。
ケイの朗らかな挨拶と人懐こそうな笑顔に、シ・ロフェも使用人として固めた表情をふっと緩める。
「ケイさん、ミィハさん。それにユキハネさんとフェリキシーさんですね。短い間ですが、よろしくお願いします」
改めて一礼をしてから、彼女は先ほどまでの凜とした空気を取り戻し、
「今後の段取りについてなのですが、ススナム様が起床された後に、皆さんの到着については連絡して、それから打ち合わせということでもよいでしょうか。ススナム様から、皆様がお休みになる場所について案内を聞いておりますので、まずはそちらから話をしようと思うのですが」
「待ってくれ。宿泊場所も大事なことだが、それ以上に僕らが受けた依頼の話について詳細を聞きたい」
ミィハが手をあげ、ロフェの説明を遮る。今回の依頼は、到着日や場所こそ指定されていたものの、具体的に護衛をしてほしいという物品については結局伏せられたままとなっていた。彼が詳細を問うのも当然だった。
「依頼の内容は、とある物品の護衛と聞いている。それはどのようなものだろうか。もし、すぐ護衛の任に就く必要があるのだったら、まずはそれがある場所まで案内してもらいたい」
ミィハの問いかけは、フェリキシーも質問したかったことらしい。依頼を受けた張本人である彼も、ミィハを止めることもなく、二人のやり取りを見守っていた。
緊迫感すら感じさせるミィハの質問に対して、ロフェはどこかあっけらかんとした緊張感のない表情で、
「あ、その件でしたらその日が来るまで大丈夫です。時刻は明日の夜とのことでしたので」
「……護衛を受ける対象が狙われる日付がすでに分かっている、ということか?」
ミィハの声音に疑念が混じるのも無理もない。襲撃や強奪というのは不意にやってくるからこそ意味がある。そして、不意の災難に備えるために、予防線として事前に護衛を雇い、万全の策を敷く。護衛とはそういう仕事であると、ミィハだけでなくこの場にいる冒険者全員がそう思っていた。
「はい、ミィハさんがおっしゃる通りです。そうですね……一体どこから説明すればよいでしょうか」
ロフェは口元に指先を当てると、しばし思考のために時間を費やす。数秒の間を挟み、彼女はエプロンのポケットに手を入れ、
「では、まずはこちらを見ていただけますか」
ロフェが机の上に置いたのは、一枚の紙だった。
封筒にも入っていないシンプルなものであるが、何よりも注目すべきはそこに綴られた文字だ。文字のほとんどは意図的に癖を無くそうとしているかのように、妙に角張った筆致で記されている。
「これは……専用に調整されたマメット人形に書かせたか、意図的に定規などを使って誤魔化しているな」
紙の文字を目にした瞬間、ミィハがすぐに声をあげる。本来、人なら誰もが持つ筆跡の癖を全て消そうとしたかのような文字は、どこか異質な空気を纏っていた。
「こちらの紙は、実際に来たものをススナム様が写本用のマメット人形を使って写させたものです。本物ではありませんが、限りなく本物に近い筆跡だと思います」
「……はっ、随分とふざけた内容だな、こいつは」
先んじて文章の内容を読み解いたフェリキシーが、嘲笑まじりの音を漏らす。彼の発言につられて、ケイも文字の内容を読み上げていく。
「えーっと……『来る約束の日、月が中天に昇る頃に……『宵闇の貴婦人』をいただきに参ります……』? えっと、その次は……」
「『貴婦人の手を取るのは、無骨な鉄の巨人よりも、私のようなこの地を愛するものが相応しい。あなたも、それをよくご存知かと思います』」
ケイのつっかえつっかえの読み上げの後を、ユキハネが追いかける。
「『それでは、約束の日に相見えることを祈っています……怪盗R』って書いてあるように読めるのですが……私、もしかして読み間違えていますでしょうか」
ユキハネが思わずそう尋ねたのも無理もない。口にした文章は、手紙というにはあまりに一方的すぎる内容だった。
その上、日常生活を過ごしていては分かりづらい言い回しや詩歌に使うような表現が随所に点在している。ユキハネが読み解けたのも、登場した言い回しが、昨今よく聞こえてくる吟遊詩人の詩に偶然似ていたからだ。
「ミィハ。俺の耳がおかしくないなら、今『怪盗』……って聞こえたんだけど」
「安心してくれ。僕の耳にもそう聞こえた。つまり、これは……盗みの予告状のようなものか?」
ミィハの質問に対して、ロフェは静かに頷き返した。
ミィハはフェリキシーに視線をやるが、彼はゆっくりと首を横に振る。少なくとも、彼が滞在していた二年前には存在していなかった人物だったのだろう。
彼女は差出人の名前にあたる部分を指さすと、
「この怪盗Rなる者が、ここ最近ウルダハの富裕層を騒がせている者なのです。予告状を出された相手は、必ず予告状にて指定されている宝石が盗まれているそうです。そして、ついにその魔手がススナム様にも伸びてきた……というのがことの経緯となります」
続けて、ロフェは予告状の写しに書かれている、『宵闇の貴婦人』なる単語に指を置く。
「こちらは、宝石商でもあらせられるススナム様が、とある特別なお客様のために用意された首飾りの名前なのだそうです」
ロフェの説明によると、それは特別な彫金師に加工を依頼した一品で、宝石の詳細についても門外不出となっている、まさに秘宝中の秘宝とのことだった。
富裕層の中には、他者に真似されることを嫌って、自分が披露するまで装飾品やドレスの詳細を隠す場合がある。今回も似たような事例だろう。依頼主が宝石商であるのならば、そのような依頼を引き受けるのも不思議ではない。
「そんな特別な客向けのものが横から掻っ攫われたとなりゃ、信頼はガタ落ち。そりゃ、金に糸目をつけずに冒険者を雇いたくもなるってところか」
フェリキシーの要約に、ロフェは小さく頷き返す。
彼女が指定の時間までは休んでいていいいと言ったのも納得だ。おそらく、これまでの前例から、怪盗は律儀に時間を守って盗みを行っていると周知されているのだろう。
「盗みをしたいなら、時間を言わずにやった方がいいよね。何で日時をわざわざ教えてくれるんだろう」
ケイの至極最もな疑問に対して、ユキハネとミィハは思わず苦笑いを浮かべる。
単なる盗賊ならば、間違いなくケイが口にしたやり方の方がいい。盗みというのは唐突に行われるからこそ成功率が上がるのであり、予告などされた時点で相手に警戒され、成功率は下がってしまう。
「そこは……盗みをする側の様式美というものなんだろう」
「はい。凄腕の盗賊というものは、たとえどんな苦難であっても乗り越えるものだと、吟遊詩人のお話にありましたよ」
「自分で苦難を用意しちゃ世話ねえけどな」
ケイにとっては今一つ理解しきれない感覚だが、自分で盗みのハードルを上げた上で乗り越えるのは、盗む側にとってもある種の達成感を齎すものなのかもしれない。難しい魔法を自分のものにできたときと似た感覚だとミィハに説明され、ケイはなるほどと頷いた。
「それで、今回標的にされているものは、今どこにあるんだ?」
「この邸宅とは別の建物をお借りして、そちらに安置しています。皆さんの宿泊所もその近くにありますので、ご案内しますね」
そう言った彼女は予告状を片付けようと手を伸ばし――そこで、何もない空間を一度手で撫でた。からぶったことに気がつき、すぐにその手は予告状に届いたものの、彼女が一瞬距離感を掴めずに手紙を掴み損ねたのは明らかである。
「ロフェさん。不躾な質問になっていたら申し訳ないが……片目の眼帯は目の病のものだろうか」
ミィハが言うように、ロフェは出会ったときから常に眼帯をつけていた。そのせいで、先ほども物体との距離感を正しく把握できず、空振りしてしまったのだろう。
「もし、病であるなら僕の方で薬を調合できないか試してみるが――」
「あ、いえ、これは違うんです。昔、魔物に襲われたときに片目を……無くしてしまって」
彼女の言葉に、ミィハは小さく息を呑む。一瞬生まれた気まずげな空気に、数秒の沈黙が降り積もる。ユキハネが気遣わしげに二人の間に視線を行き来させ、たまらずケイが口を開きかけた時だった。
「……そうか。もし、痛むようなことがあったら教えてくれ。他にも何か不都合があるようだったら、相談に乗れると思う」
「でも、冒険者さんを雇ったのはススナム様で、私は――」
「僕は、冒険者になる前は、医師として仕事をしていたんだ。職業病のようなものだと思ってくれていい」
遠慮する必要はないと前置きを挟み、アイスブルーの髪の青年は、人を安心させる柔らかな笑みを浮かべてみせる。その微笑に釣られるようにして、ロフェもまた目元を緩ませ、「ありがとうございます」と頷いてみせたのだった。
***
「リゾートに着いたと思ったら、今度は怪盗騒ぎかあ」
しみじみとそう呟きながら、ケイは布団の上に手足を伸ばして転がった。
ロフェに案内された今夜の宿――それは宿泊用のふた部屋と、シンプルな居間のような空間があるだけの簡素な建物だった。以前、ケイが訪れたラノシアの村落にも似たような建物があったと思うほどに、外装と間取りは実に庶民的だ。
もっとも、疲れた体を迎え入れた寝台の布団は、雲のようにふかふかだったし、どこからか水を引いてきたのか、シャワー室も奥に据えられているらしい。普通の村落では望めないような設備は、間違いなくここがリゾート地である証拠だ。
ふた部屋のうち、一つはケイとミィハが、一つはユキハネとフェリキシーが使っている。この組み合わせももはやお馴染みのものだ。
「ウルダハでは、そういうことはよくあるのか?」
自身の荷物を片付けていたミィハは、すでに布団に首っ丈になっているケイの頭を軽くぽんぽんと叩く。寝るのは片付けてからにしろ、ということだ。
「流石に怪盗騒ぎなんてそうそう聞くことじゃないよ。お金持ちの人が強盗に遭うっていう話はたまに聞こえていたけどさ」
ケイは渋々身を起こし、ミィハに倣って整理を始める。詰め込んできた荷物に破損がないか、足りないものがないかを確認するのは冒険者だけでなく、たとえ旅行客として来ていたのだとしても必要なことだ。
「そうなると、本当にここ最近の出来事なのだろうな。しかも、狙われているのは宝石という話だった」
「それってやっぱり、換金目的なのかな」
「順当に考えるならそうだろう。宝石は持ち運びに長けている。その上、一流の彫金師が取り扱うような品となると、首飾り一つだけでも相当な値段がつくこともある」
首飾りといえば、とケイは自分の首を飾っている飾りに視線を落とす。見慣れない薄紫の石が、部屋の照明を受けて、鈍く光っていた。
「これの話、しそびれちゃったね」
「依頼主のススナム氏は、明日には出会えるということだった。宝石商なら、流通元を知っているかもしれない。買い手か売り手がわかれば、自ずと落とし主もわかるんじゃないか」
「よし、じゃあ明日はその話もしないとね!」
ケイが勢いよく拳を振り上げる。同時に、ノックもなしに扉が開いた。顔を見せたのは、隣室にいたはずのフェリキシーだ。
「てめえらの都合は知らねえが、先に依頼の話と報酬の話だ。そのことを忘れんなよ」
「もちろん、わかってるよ。報酬って、確か失敗した時も半分くれるって話だよね」
「改めて詳しい内容を聞いた後に考えると、随分と破格の依頼だな」
怪盗などという不埒な輩に大事な商品を盗まれたとなれば、宝石のような高級品を扱う商人としては顔に泥を塗られたようなものである。それなのに、失敗しても報酬を支払うというのは、単に気前がいいというだけでは理由にならないとフェリキシーは言う。
「おおかた、口止め料も入ってるんじゃねえか。いたずらに吹聴されることこそが、向こうにとっちゃ一番困ることだろうからよ」
「なるほど、そういう結論になるのか。たとえ多少損をしたとしても、口に戸を立てる方を優先する、と」
「ああ。メンツと金で動いてる連中の考えそうなことだ」
ふん、と鼻を鳴らすフェリキシー。彼にしては珍しく、わかりやすい棘が混じった言葉だった。
本来、フェリキシーは依頼主に対して特定の感情を向けるような性格ではない。少なくともケイの知る彼はそうだった。彼がそのような振る舞いをするのは、依頼主の機嫌を取るためではなく、単に依頼主個人の考え方に興味がないからなのだろうと思っていたのだが。
(ウルダハに居たことがあるって話だし、何か引っ掛かることでもあるのかな)
ケイもウルダハに在住していたことこそあるものの、結局は一使用人として雇われていたに過ぎない。冒険者として滞在していたフェリキシーと比較すれば、見てきたものは異なってしまう。
「明日の昼は自由に動いてもいいって、あの女は言っていただろう。てめえらはどうするつもりだ」
フェリキシーに質問されて、ケイとミィハは顔を見合わせる。ケイの視線はミィハの腕を飾っている、落とし物の腕輪へと動いていた。
「それなら、俺たちはこれを落とした人を探しながら、噂の怪盗の話を聞いてみるよ。どうせ人に会うなら、情報を集めておいた方がいいよね」
「相手の盗みの技が魔法に由来するものなら、僕の方で対処できるかもしれない。そのためにも、少しでも件の盗人の情報が欲しい」
ミィハの推論にケイは尻尾をピンと立てる。
「どうやって盗みに入ってるのかなって思ってたけど、魔法を使うやり方もあるんだね」
「褒められたことではないが、不可能では無い。単に忍び入るだけでも、魔法で周囲のものを眠らせたり、自分の足音を消したりすれば、リスクはぐっと下がる」
「そんな細々したことを、盗みなんてする奴が覚えるもんかよ」
ミィハの意見によると、怪盗は魔法の応用が上手い人物ではないかとのことだった。一方、フェリキシーは純粋な技術だけでことを成していると考えているらしい。どちらも、可能性としてはゼロではないと言える。
ともあれ、ミィハとケイの回答は、フェリキシーを納得させられるものだったらしい。彼は小さく首肯を返すと、
「それなら、俺は不審な連中が混ざり込んでないか、例の宝の近辺や宿泊してる連中の様子を見てまわっておくとするか」
「うん、お願い。結局、依頼主の許可が出てないからって、実物は見せてくれなかったよね。流石にあの箱に入ってるなら、そこまで大きいってことはないと思うけどさ」
ロフェは予告状が指定した商品のある場所――ケイたちと同じような、少人数向けの宿泊施設に案内はしてくれた。しかし、彼女は対象の品物が入っている箱を外から見せてくれただけだった。
現在もススナム氏の私兵が待機している状態だったため、無理に見せてくれと頼むわけにもいかず、結局入口の辺りから遠目に見ることしか叶わなかったのだ。ロフェも私兵にそれとなく相談していたようだったが、やはり首を縦に振ってはくれなかった。
「あんなに厳重に護衛されているなら、俺たちが出る幕なんて無い気がするけどなあ」
「予防線はいくら張っても足りないということだ。ススナム氏は相当警戒心の強い人物なんだろうな。僕らも、できることをしていくしかない」
話がひと段落したので、フェリキシーは「早く寝ろよ」とだけ二人に言い残して、部屋を去っていった。
残ったケイも、リゾート地で外泊という状況に浮かれた気持ちこそあるものの、旅疲れまでは消せるわけではない。寝台に寝転がって、うつらうつらと船を漕いでいた。
だが、ミィハがおもむろに備え付けの机の前に椅子を運んできて腰を下ろしたので、眠気に負けそうな体を引きずるようにして身を起こす。
「ミィハ、こんな時間から何するの?」
「これの調査を進めておこうと思ったんだ」
そう言ってミィハが振ってみせたのは、彼の腕を飾っている腕輪だ。今もクリスタルの灯りを受けて、薄紫の石がちらちらと星のように瞬いている。
「調査って……落とし主の?」
「いや、違う。腕輪に使われているこの石――」
ミィハは、腕の中央に嵌められた薄紫の石を指差す。
「これは、一体何の石を使っているのだろうと気になっていたんだ。宝石は、魔道士が魔法を扱う際の結節点にも用いる。僕も自分で魔紋を刻むために、いくつかは取り扱ったことがあるが――」
ミィハの目線がケイがはめている指輪――以前ミィハからもらったものに向けられる。それは、彼が手ずから彫刻したものではないものの、同様の細工を自分で施したこともあったようだ。
「この石は僕が見た覚えのない石のようだった。とはいえ、勘違いもあるかもしれないから、一通りエーテルを通して反応を見てみようかと思ったんだ。石が何かわかれば、明日出会う依頼主にも話がしやすいだろう」
「……うーん、俺にはよくわからないけれど、壊すのでなければ大丈夫だと思うよ。エーテルを通すだけで、何の宝石かってわかるの?」
「少なくとも、僕が扱ったことのある宝石かどうかは分かるだろう。宝石は色の出方が異なるものも多い。見た目だけでわからない差は、こうやって検査をして確認したほうがいい」
ミィハはさらりとそう言うと、早速腕輪の石に指をそわせている。微かに漏れ出ている淡い光は、ミィハのエーテルのものだろう。
「俺はもう寝るけど、ミィハも夜更かししちゃダメだからね」
「わかっている。一時間ぐらい試したら寝るつもりだ」
ミィハはそう請け負ったものの、彼は集中すると時間を忘れるところがある。ケイはこっそりカーバンクルを呼び出して、一時間が経ったらミィハをベッドに引き摺り込むように命じておいた。
そして、その一時間後。
無慈悲なカーバンクルに勢いよく飛びつかれたミィハの驚きの声を聞いて、ケイは寝る間を惜しんで作業をしている友人をベッドに連れて行くために、目を覚ますこととなったのだった。
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