なんとなく言葉につまった時や、空気を持て余してしまった時、ついつい煙草に手が伸びる。よくない癖だとわかっているが、もう長いことそうしてきたからしみついて消えないのだ。本当に少しも吸えば頭がほどよく冷えて冷静になれる、そういう場合もある。例えば、怒りすぎないように、とか。感情を抑えたい時に。
「あ」
そのことをきっと、この大きなどんぐりまなこの子はとっくに覚っているに違いない。気を抜いていたわけではないはずだが、その、ないはずの隙をつくように、子どもらしいふっくらした、きれいな指が水木の口から煙草をさらっていった。何をするんだ、と眉をひそめてそちらを見ても、犯人は困ったように肩をすくめるだけ。そうして、さっさと灰皿へ着地させてしまう。
「あー…まだ火つけたばっかだったのに」
何をするんだ、と軽く睨んでもどこ吹く風だ。それどころか煙草盗人は心外とばかり顔をしかめるのである。なんということだろうか。
「今じゃ高級品なんだぞ」
「だから?」
「……ちょっとの贅沢くらい許せよ」
ぱち、と瞬きした後、大きな目は水木の目をじっと見つめた。そして咎めるように口をとがらせる。
「贅沢を咎めたりしてない。あなたの稼ぎをどうしようと、僕に何か文句があるわけじゃない。ただ」
やわらかな指が、とん、と水木の唇に触れた。それだけで何も言えなくなる。
「煙草に嫉妬させないでほしい」
「…………………」
子どもの声だということに目をつぶれば、随分と熱烈で、何なら少しキザなくらいで、水木は不意を突かれて目元を染めてしまった。養い子であり、今は少し関係を変えた…、いや、追加した相手をなんと呼ぶべきか、どういう関係の称号で認識すべきか優柔不断に決めかねている水木は、その相手であるところの鬼太郎をついまじまじと見つめてしまう。とっさにとってしまった反応だが、そうしてみて自分で後悔する羽目になった。ほんのわずかたわませた瞳が、大人の男のようだったからだ。それも、自分を取って食おうとしているような。
「本当は気がついてたんだ」
口調がくだける。親子ではなく、対等の関係にある者のような調子に。鬼太郎の指が伸び、水木の唇をそっとなぞるのを、水木はスローモーションを見るような気持ちでただ見ていた。声が遠くから聞えてくるような気がしていた。
「あなたがどんな時煙草を吸うか、これだけ長く一緒にいるんだからわからないわけない」
「………、どんな時だっていうんだよ」
さすがに自分が赤子の頃から面倒を見てきた相手にここまで好き勝手に言われるのは癪で、水木はつい売り言葉に買い言葉、けんか腰に言い返してしまう。だが、それこそ失敗の元だ。鬼太郎がにこりと笑ったのは煽るためではなく、おそらく本心からのこと。
本心から、このひと可愛いな、と思っての表情だった。
「緊張してる」
「…俺が? なんで」
は、と笑おうとした水木だったが、鬼太郎にぐっと腕をひかれてバランスを崩し、畳に押し倒されるような格好になって唖然とする。天井を見上げると、何やらぞわりと落ち着かない気持ちになった。先日交換したばかりの電球がまぶしい。
「二人きりで何を話したらいいかわからないと思ってる。僕がもう帰ってしまうんじゃないかとか、引き留めるのは格好悪いとか、…さみしいって言うのは恥ずかしいとか」
「…はぁ?!」
水木は腹筋で起き上がろうとしたが、ちょうど下っ腹あたりに馬乗りになられてかなわない。どだい、元々持っている力が違う。腕相撲で鬼太郎に勝てたのなんて、鬼太郎が赤ん坊の時くらいだろう。つまり、勝ったことはない。
「でも、あなたが正直にそういうことを言うのがどうしても恥ずかしいってこともわかってます」
「………」
逃げ道がない。
あまりにも容赦がない。
「………………」
水木はむにゃむにゃと口の中で言葉をいくつもつぶして、とうとう自分の腕で顔を隠した。視線で穴が開きそうだ。…もしかしたら幽霊族だから、X線みたいに腕を透過して顔が見えていたりして…なんて益体もないことも考える。
「………こんな意地悪な男に育てた覚えはないぞ、俺は」
そしてとうとう、自分の照れ隠しを気遣いなく暴いた男に一言投げた。素直になれない水木の、精一杯の降参だった。
腕の上から顔のある場所に幾度もキスが寄せられたのはいうまでもない。
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