夕山橙希
2024-03-28 23:40:08
1059文字
Public クリルネ(創作企画)
 

自己を成すもの

婚姻に当たって姓をどうするのか話し合うマテューとフェニチア。その一部始終。

「マテューさん、名前についてなんですが……

「あぁ、俺が君の姓に変えるよ」

「えっフェッ!? まだ何も言ってないです!」

「おや、その話じゃなかったのかい?」

「そ、そうですけどぉ……

「夫婦は姓を揃えるのが主流だからね。それにはどちらかが姓を変えなければならない。そしてここは君が生まれ育った国で、俺は他国の人間だ。ならば俺が君の姓に変えるのが道理というものだろう」

「それは有り難いですけど……マテューさんは本当にそれでいいんですか?」

「勿論。今後のことを考えてもそれが最善なんだと思うよ」

……最善、ですか」

「そう」

……それって、マテューさん自身がどうしたいのかは含まれていないですよね」

「ん?」

「マテューさんが思いやりのある人なのはよくわかってますし、世間体のことも考えてそう言ってくれてるんだと思います。でもそれは、本当にあなたが望んでいることですか?」

……

「私は、マテューさんが自身を蔑ろにしてまで振る舞う優しさに身を委ねられる程、無神経で素直な女じゃないんです」

……君は何でもわかってしまうんだね。うん、その通りだよ。俺はすべてに納得しているわけじゃない。でも君の姓に揃えるのが嫌なわけでもないんだ」

「今の姓が失くなってしまうのが嫌……なんですよね?」

「嫌というか、やはり少し……寂しくてね。母が俺に残してくれたもので、俺という存在を構成しているものの一部だから。……何だか子供っぽい理由でごめんね」

「それはそうですよ! 当然です! 私だって慣れ親しんだ今の姓を変えるのに抵抗があるんですから」

「そうなの?」

「ちょっとですけどね!」

「ふふ、そうなんだ」

「ならやっぱりあれですね、別姓にしましょう」

「別姓?」

「夫婦の殆どは同姓にしてますけど、大概の国なら夫婦別姓は認められてますよ。無論この国も例外ではありません!」

「別姓かぁ。選択肢として考えてなかったな」

「大体『今後のことを考えて』って言ってましたけど、マテューさんって本名で論文を出したり本を書いたりしてますよね。仕事に支障が出るかもしれないのに、姓を変えるのは安易なんじゃないですか?」

「Oh! 言われてみれば」

「全く、世間知らずなんですから……

「あはは、ごめんね」

「私は形式的なことにこだわったりしません。夫婦の形は人それぞれですし……マテューさんが側にいてくれたらそれでいいです」

「そっか。……ありがとう、ニア」