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5330文字
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さみしさとルバーブパイ(パラロイカイオエ)

パラロイのオエのトランクには何が入っているの?を考えていたらできた話。カイオエというよりは両片思い(オエの矢印がでかめ)。フォルモーントシティのシステムについて独自設定があります。

 ブロックチェックの床、ターコイズブルーの壁、赤い革張りのソファ。店の入口には昼間からネオンサインが輝いている。レトロなダイナーだ。
 きみの好きそうな店。店内をぐるりと見回してオーエンは言った。俺も初めて来たけどな。カインが笑う。
 赤白ストライプのオープンカラーワンピースに、白のサロンエプロン。揃いの制服で給仕をしているウェイトレスの顔もお揃いだ。こればかりはこいつの好みとは違うかも、と思って、直後、オーエンは思い直す。いや、良くも悪くも分け隔てしない男だ。珍種。今も注文しながら、アシストロイド相手に愛想良く天気の話なんてしている。まだカルディアシステムの搭載されていない彼女にとって、その呼びかけはプログラムに入力される一信号に過ぎないだろうに。

「昼休憩のたびに僕に捕まって、かわいそうだね」

 メニューを閉じて顔をあげたカインに、にんまりと笑いかける。カインが身を乗り出して尋ねる。

「そう、それ! どうやって俺の居場所を見つけてるんだ?」
……教えない」

 無線を傍受していると伝えたら面倒なことになる。偶然じゃない? と言うと、カインは溜息をついた。

「偶然でもなんでもいいけど、財布は出して欲しいな……
「それが一番の目的だろ」
「自分で言うなよ」

 ウェイトレスがゆったりとした足取りで注文の品を運んでくる。マゼンタ色のフィリングが詰まったパイ。オーエンは皿が置かれるや否やフォークを手に取って突き刺した。その横に生クリームのたっぷり載ったミルクシェイク、その前にブラックコーヒーとハンバーガーが置かれる。

「なにこれ」

 ウェイトレスがさほどテーブルから離れないうちに、オーエンはフィリングで赤く染まった舌を突き出した。

「酸っぱい!」

 カインが慌てたように背後を振り向き、なんでもないと手を振る。

「ルバーブパイ、だっけ? すごく甘そうな色なのに酸っぱいんだな」
「そう。甘酸っぱいって聞いてたのに!」
……甘酸っぱいっていうなら、酸っぱくてもおかしくないんじゃないか?」
「その理屈なら甘くてもおかしくないだろ」

 そうか? とカインは首を傾げる。カラン。オーエンは高い音を立ててフォークを皿に投げ出し、「口直し」と言ってミルクシェイクを啜る。あっという間に空になるグラスを見て、カインはまた溜息をついた。

「口直しはほどほどにしといてくれよ……
「何をどれぐらい食べるかは僕が決める」

 はいはい、と言ってカインはコーヒーに口を付けた。苦笑を浮かべた瞳は、それでも優しい。

「大体、おまえはなんだって知ってるんだから、自分好みの味だってわかるんじゃないか?」
「僕が知っているのは、世界中の人間が集めたデータだけ。蓋然性しかわからない」
「つまり?」
「ほんとうらしいことはわかっても、何がほんとうなのかは自分で確かめるまでわからない」

 ふうん。理解したのか、していないのか。ぼんやりとした返事をしながら、カインが手袋を外す。トマト、レタス、ベーコンとパテの挟まったハンバーガーを掴むと、大きく口を開けてかぶりついた。
 ふ、とオーエンの口から笑みが零れた。

……はんへわはふんだよ」
「大きな口だなと思って」

 カインの眉尻が下がった。これは、困った顔? チリリとオーエンの胸の辺りが疼く。あれ、と思って数値を確認するけれど、熱暴走の前兆ではなさそうだった。

「そういえば、渡航許可証が出たよ」
「え!?」

 素っ頓狂な声が返ってきて、オーエンのほうが驚く。慌ててカインは笑顔を作る。

「あ、ええと……おめでとう」
「なんだよ、『え!?』って」

 カインは、うーん、と口元に指をあてた。

「いや、それって、フォルモーントシティの外に出るのに必要な書類ってことだよな?」

 なんだ、と拍子抜けするような気持ちがした。それを隠すようにオーエンの薄い唇の両端が持ち上がる。

「ああ、そうか。金なし暇なしの貧乏警官だから、旅の仕方なんてわからないんだね。お気の毒に」
「絶対にお気の毒とは思ってないだろ……

 文句を聞き流して、オーエンは頬杖をつく。おかわりのミルクシェイクに刺さったストローを摘み、ぐるぐるとかきまぜた。

「アシストロイドの渡航にはオーナーの付き添いが絶対に必要っていう馬鹿みたいな法律がまだ残ってて、なかなか許可がおりなかった」
「でも許可がおりてよかったな」
「ヒースクリフに裏から手を回してもらった」
「ヒース……

 カインが同情するように友人の名を呼ぶ。そのうち法律も改正されるよ、とオーエンは笑った。そんなふうに世の中を変えるきっかけを作ったのは自分だ。ラボから抜け出したときには、世界を変えようだなんて大それた使命感は微塵も抱いていなかったけれど、少し誇らしい気になる。オーエンの顔を見て、カインも優しく目を細めた。

「道理で長いお別れみたいな挨拶をした割に、よくこの辺で会うわけだ」
「僕をきみのアシストロイドにしてくれたら話が早かったんだけど」
「金なし暇なしって言ったのはおまえだぞ」

 カインが軽い調子で続ける。それに、本気で俺のアシストロイドになりたいなんて思ってないだろう。

……本気で思ってるって言ったら?」

 ダイナーの真上をエアシップが通過する。その音で声はかき消された――のだろう。カインは何も答えなかった。代わりに質問が返ってくる。

「いつ出るんだ? 行き先は決まってる?」
「何も決めてない。僕は僕の心が導くところに行く」
「いいな、それ」

 カインの瞳が輝く。なら一緒に来ればいいのに、とオーエンは思うけれど、その答えは記憶しているので口に出しては言わない。

「でも、それだと荷造りが大変だな」
……荷造り?」

 今度はオーエンがきょとんとする番だった。

「旅行に必要な荷物を……
「荷造りが何かは知ってるよ。必要ないだろ?」
「え、要るだろ?」
「アシストロイドなのに? 発電に必要な太陽光さえあれば駆動できるよ」
「でも、服が汚れたりはするだろ? 着替えは要るんじゃないか? 洗濯のあいだ裸でいるわけにもいかないだろうし……

 それにおまえのことだから甘いものは食べるだろうし、虫歯にならないにしてもメンテナンス用の歯ブラシも要るんじゃ?
 カインがさまざまに想像を巡らせて提案してくる。いつもこうだけれど、いつも妙な感じだった。世話を焼かれるのも、それを享受するのも。よく知っているような感覚でいて、他には知らない。

「デジャヴ?」

 現象の名称を探した検索結果を口に出すと、カインが話をやめて変な顔をした。こっちの話、と言うと、ふと思い出したようにスマートウォッチを確認する。昼休憩が終わるのだろう。
 それじゃあ、と立ち上がろうとしたオーエンの腕を、カインが掴んだ。

「何?」
「あ、いや……いつ出発するか決めてないなら、これが最後かもしれないんだよな?」
「そうだね」

 その答えにカインはちょっと考えたあと、無線機のボタンを押した。

「ボス、お疲れ様です。すみません、急ぎの仕事がなければ今日は――

 イヤホンの向こうからブラッドリーの声が断片的に聞こえる。本気で聞こうと思えば何を言っているのか一言一句聞き取れるけれど、オーエンは素知らぬ顔をしていた。そもそも、そんなことをする必要もなかった。すぐにカインの表情がぱぁっと明るくなる。礼を言って通話を終え、こちらを向いた。眩しいような笑顔だ。

「たまには休めってさ」
……どういうこと?」

 話の前後関係が掴めずに眉を顰める。情報量が足りていない。カインの笑顔の種類が変わった。少しだけ照れくさそうなものに。

「おまえを俺のアシストロイドにはできないけど、俺の時間をおまえにやるよ。これで餞になるかな?」



 歯ブラシと着替え。櫛に洗剤。水筒、ナイフ。発煙筒。この街から出たことのない二人の選んだ持ち物は、どこかちぐはぐだ。情報の海から「旅行時の持ち物チェックリスト」を今さら探して閲覧しながら、オーエンは思った。

「ナイフと発煙筒はエアシップに持ち込めないかもしれない」
「え!? 山奥でクマに追いかけられて遭難したらどうするんだ?」

 カインが本気で驚いてみせる。冒険の可能性を疑っていないオーエンも、しばし考え込む。現地調達するしかないのかも。
 公園のベンチに腰掛ける二人の手には桜色のソフトクリームが握られている。その向こうの空も、傾いた日に桜色に染まり始めている。

「CBSCも、これで食い納めかもしれないのか」
「なんでそっちがしんみりしてるんだよ、おまえは食べろよ」

 そう言いながら、最新の味覚データをすぐに呼び出せるようにお気に入りに登録しておく。カインは「あはは」と声に出して笑って、それからオーエンのほうを向いた。

「買ったもの、そのトランクに入れるんだろ?」

 オーエンが肩から提げている薄型のトランクを指す。

「そうだけど」
「最初に会ったときも持ってた」
「? うん」
「何が入ってたんだ?」

 オーエンは空を見上げた。記憶を手繰り寄せるように。

「何も入ってなかった」
「そっか」

 カインの質問の意図がわからずに苛立つ。確かに荷造りなんて今日初めてしたけれど。馬鹿にするなよ、と言うと、してない! と慌てた声が返ってきた。オーエンが何も言わずにいると、慌てた表情が柔らかくなって、もう一度「してないよ」と言った。

「じゃあ、なんでそんな質問をしたの」
「興味……かな。旅に必要なものを入れていなかったなら、何が入ってたんだろうって」

 オーエンはもう一度記憶を呼び出した。今度は、かつて辿った思考プロセスをなぞる。しかし明確な答えはないように思えた。人間の思考に特徴的なのは飛躍で、人間を模して造られたカルディアシステムもそのようになっているらしかった。

「後から何かを入れるつもりだったのかもしれない」
「なるほど、その可能性はあるな。土産とか」
「あそこに戻るつもりはなかったから、土産ではないだろうけど……

 そう呟いて、手のひらの中のソフトクリームの包み紙を見る。

「たぶん、こういうものを。もし僕に魔法が使えたら、きっとたくさんのCBSCをトランクの中に詰めてた。口に入れるまで溶けないようにして」
「特別なものか……

 カインが右手を差し出した。

「おまえが持って帰ってくる特別なものを、見れるのを楽しみにしてるな」

 にっと笑う。そうとは言われなくても、これは別れの挨拶だと直観的にわかった。オーエンも右手を差し出す。きみに見せるなんて誰が言ったんだ、と憎まれ口を叩いてもよかったけれど、指先に、手のひらに触れる体温に処理能力が集中してしまう。
 一度だけ軽く握られて、それからカインの手が離れていく。チリ、とまた胸が疼いた。



 オーエンは自由になった手のひらをじっと見つめていた。そのまま微動だにしない。エアバイクに跨り、去ろうとしていたカインが、その姿を見て慌てた様子で戻ってきた。

「どうした?」

 気安い手つきで顎を掴み、顔を覗き込まれる。不具合? 故障? オーエンは小さく息を吐く。

「あいにく、そのどちらでもないよ」

 どうしてそんな言い方をするんだ? と、ほんの少しの憤りと困惑が混ざった声音で訊ねられる。皮肉屋なのは学習と自我構築の結果だ。きみが愚直なほど誠実なのと同じに。
 チリリと胸が疼く。左胸の青白く光る百合を服の上から押さえた。カルディアシステムのインジケーターランプ。心と呼ばれるものがあるなら、この場所にあるのだろう。

「ねぇ、カイン。これはどうやって持っていけばいい? トランクには入らない」
「これって?」
「きみの体温。手を離したら、消えていってしまう。消えてしまうと、ここが痛む。この気持ちは、何?」

 すぐに答えは返ってこなかった。金色の瞳がじっとこちらを見ている。ふたつ瞬きをして、それから瞼を閉じた。ふたたび開かれたときには、そこにはいつもの笑みが浮かんでいた。

「たぶん、さみしさだ」

 さみしさ、と口に出して反芻する。辞書の定義としては知っていた。あるいは小説や映画の描写としては。けれど、一面の銀世界の中でひとり息をしているような、想像していた心地よくもあるそれと、これは少し違った。

「これが、さみしさ」

 カインが痛いような顔をする。アシストロイドに不安や恐怖を感じることができるようにしたオーナーを酷いと言ったときと同じ顔だった。

「その顔、やめろよ」
「え?」
「知らなかったほうがいいことなんてない。どの苦しみも僕のものだ。ルバーブパイの酸っぱさも、この体温が自分のものにならないさみしさも。僕だけのものだ」

 そうだな、とカインが静かな声で呟いた。

「俺も、おまえがいないとさみしいよ」