梶木鮪
2024-03-28 21:48:21
1409文字
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伝染

Twitterに画像で投稿していたやつ。菅野夢。



「それ、同じ赤でも色が微妙に違うんだな」

鏡の前に並んだ色とりどりの化粧品の中、ふと台の上を指差し呟く彼。
社会生活を営むにあたり、成人女性として求められる最低限のメイクをしていた私は、彼の声を聞きチークを塗る手を止めた。
化粧をする私を黙って見ていた彼が「それ」と指したのは、よく使うお気に入りの口紅たち。
彼の言う通り、確かにこの二本は色がコーラルとカーマインで違う。
よく気が付いたね直くん、と純粋に相手を褒めると、彼はふふんと得意げに鼻を鳴らした。

「俺は目がいい方なんでね。色が同じで塗った時の質感が違えのかと思ったが、お前の化粧見てると違うっぽかったし」
「あら、直くんにすごく見られてる。恥ずかしい〜」

真面目な顔で話す彼に対して少しふざけてみたくなって、わざとらしく照れてみる。
すると、「好いた女がさらに別嬪になっていく様を見れるのは、彼氏の特権だろ?」と微笑まれた。
てっきり、バカヤロウだとかコノヤロウだとか、いつものように怒られるとばかり思っていたから面食らってしまう。
穏やかな顔でこちらを見る彼に、微かに熱を持った頬を悟られたくなくて慌てて鏡に向き直った。

「キザったらしいんだから、もう」
「あんたの前でだけ、な」

ぷんぷんと怒りながら保湿用のリップクリームを塗っていると、ふと彼が動く気配がした。
何だろうと考えている間に、私の手とは違うがっしりした男の人の手が、鏡の前に置かれた口紅を掴んで攫っていく。
手の中の二本を見比べつつ「あと口紅塗るだけか?」と声をかける彼に頷くと、「今日はどっち塗るんだ?」とさらに質問を重ねられた。
差し出されたお気に入りの二本のうち、今日塗るつもりだった一本を指さすともう片方が台の上に置かれた。

「俺、あんたに塗ってみたいんだけど、いいか?」
「えっ……いいけど」
「よし、じゃあこっち向け」

ほら、と私の肩を叩いて急かす彼に、ちょっと待ってと言って手早く彼に口紅の塗り方の解説をした。
まず、唇の中央から口角に向けて口紅を塗ること。
そして、塗ったのを一回ティッシュで軽く落として、その上からもう一度口紅を塗り重ねれば、色味が長続きすること。
それらを説明して、近くに置いてあったティッシュを一枚取ると、彼は何やら思案顔で頷いた。

「口紅一つにしても、色々手順が必要なのな。あ、塗るから動くんじゃねえぞコノヤロウ。よれたら大変だろ」
「は、はーい」

適当に返事を返すと、キュポッと口紅の蓋を開ける音が聞こえて、ぐっと彼の顔が近くに来た。
いつも見慣れているはずの精悍な顔だが、初めてのシチュエーション故か妙に緊張してしまう。
口紅を塗る間、真剣に私を見る彼の黒い瞳に耐えられなくて、ぎゅっと目を閉じてしまった。
そんな私に対して、彼がふっと微かに笑ったような感じがして、そして。

「んっ……!?」
「ははっ、よーく似合ってるな、その色」

ちゅ、と唇に押し当てられた柔らかい感触に驚いて開けた目に飛び込んできたのは、してやったりと笑う彼の顔。
その唇が、お気に入りの口紅の色をしているということは、先ほどの感触はきっと……
理解した瞬間、じわじわと恥ずかしさが足先から登ってきて、頬が熱くなる。
ティッシュで落とす手間が省けたなと笑う彼に対し、私は小さく馬鹿とだけ返して、口紅よりも赤くなった顔を彼から逸らした。