ガイベル
2024-03-28 05:06:56
2373文字
Public お話
 

召し上がれ

野菜を食べよう

少し目を離した隙に、お皿の上に野菜が増えている。
今日のご飯の付け合わせのサラダである。
しかし、先程までのぼくの皿の上は、絶対にこんな量ではなかった。明らかに緑が増えた自分の皿を一瞥いちべつしてから、対面に座る彼の名を呼んだ。
「サニーくん」
少し咎めるような口調になってしまったのはこの場合、仕方のないことだと思う。
自覚があるのか、サニーくんは少しバツの悪そうな表情をして顔を逸らしている。
「苦手かもしれないけど、野菜も食べなきゃだめだよ。」
その言葉に対する彼の反応も、やはり芳しくない。
最近の彼は、こうやって苦手な野菜から逃れようとする事が増えた。
サラダの乗った皿を挟んで、お互い譲らない、という雰囲気でジリジリとした時間が流れる。
ぼくは早々に彼との睨み合いを諦めて息を吐くと、いつもの強硬手段に切り替えることにした。
最近はこれがもはや、定番になりつつある。
彼の皿に野菜を戻した所で、結局隙を見計らってぼくの皿に舞い戻ってくることは経験済みなのだ。
「一口でいいから、たべよう?」
そう言って自分の皿に迷い込んできた野菜をフォークで彼の口元に差し出す。
サニーくんは目の前の野菜とぼくの顔を何度か見比べて、困ったような顔をした。ジッとぼくの顔を見る彼を見ていると、これくらい許してあげても………と絆されそうになる。が、ここは心を鬼にしなくては。

そういうやり取りをしつつ、ぼくは少し前の事を思い出していた。……たしかあの時はまだ、野菜が延々と2つの皿を行き来していた頃で。
ケルくんが遊びに来ていて、野菜を前にこう着状態のぼくとサニーくんを見かねて声をかけてくれた。
『アニキもだけど、俺もなんでも食うからデカくなったぞ』
みたいなことを言ってサニーくんを丸め込んでくれたのだ。
そして彼は続け様にもーらい!と言って、皿の上にあったピクルスを一掴み頬張り、ニカっと綺麗な歯を見せて笑った。
サニーくんも、ケルくんにそこまで見せられては自分で食べないわけにはいかなかったんだと思う。
それで、一件落着。
純粋に"良かった"と思ってほっとした反面、……ぼくの言葉にはサニーくんにとってはなんの説得力もなくて……、彼にとっては聞き入れる必要もないものなのかも、という後ろ向きな考えもちょっとだけよぎった。
ケルくんのまっすぐな言葉と行動はいつもその場の救いになるし、ぼくにとっても、……きっとサニーくんにとっても、眩しいものなんだと思う。
……ぼくにも、そういうものがあったらよかったのだけど。

さて、とはいえ問題の今日のサラダだ。
サニーくんは目の前に突きつけられたそれを見て渋々……といった面持ちで口を開いた。ようやく彼の口の中に野菜が消えていく。
……ね、結構美味しいでしょ」
そうは言ったものの、明らかに『別においしくはない』と言った面持ちでモサモサと口を動かすサニーくんが少しおかしくて、そしてかわいくて。思わず苦笑いが溢れた。



◆◇◆◇


世の中においしいものは他にいくらでも溢れているのに、何故わざわざ草や葉っぱを和えたものを食べる必要が……?と、心底思う。
そういうわけで、僕は自らサラダを食べようなんて思うことはほとんどない。いや、ほとんども、ない。
それにハンバーガーやサンドイッチの中身、ピザの上にだって多少の緑はあるし、それでいいじゃないか。と思う。けれども、バジルの考えはそうではないらしい。
現実には“好き嫌いせず野菜も食べなきゃ栄養がとれなくて大きくなれない"とかいう言葉もまかり通っている。誠に遺憾だ。
少し前にはケルにもそのような理由で丸め込まれてしまったが、あの時はまさか"ケルがピクルスまで平気で食べるようになっているだなんて"という衝撃が強かった。あの流れで自分が食べないわけにはいくまい。
でもケルたち兄弟はともかく、目の前の野菜が好きな彼だって、自分と比べて体格的には差がない。なんなら身長は僕の方が高い気だってする。
……背の高さを今更、兄弟のように比べたりはしないが。さすがにバジルに比べたら今の背はきっと僕の方が高い。……よね?高いはず。
まあ、それは苗モグラの背比べみたいなものだから、それとして。
とにかく、野菜をわざわざ食べなくたって生きていけるし、お肉の方が断然おいしい。
……ただ、バジルが良かれと思って僕のために用意したものを、彼の期待通りに受け取れない事だけは……やはりどうしても、思うところがないでもない。
そんなわけで、今日も差し出された野菜を
─散々迷った挙げ句ではあるものの─
口に含んで咀嚼する。……この流れでメインのお肉も、彼の手ずから食べさせてくれたりしないだろうか。いやいや。
素直に言えば世話好きなバジルのことだから、喜んでしてくれそうな気もするけれど。今のままではどちらかというと、それもお世話の延長感が否めなくなりそうな気がして。それはそれで心境としては複雑なもので、彼に子ども扱いされたいわけではないから、頼んだことはない。

目の前で不安そうな表情から嬉しそうにわかりやすく変わるバジルの表情を見ながら野菜を飲み込む。
バジルが僕に野菜を摂取させようとこの方法を取り出してからは、抵抗虚しく惜敗せきはい続きである。
……僕だって、彼の嬉しそうな顔には弱いのだ。
でも、そうだ。今度自分の野菜を彼と同じように彼に差し出してみたら食べてくれたりするかな……
……そのときの彼の反応が見てみたくなっただけで、けして野菜から逃れる方法をずっと考えているわけではない。
と誰に対してかもわからない謎の言い訳を頭に浮かべつつ、僕は次の食事が少し楽しみになっていた。



end.