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沁月
Public
ウ教×ハ♀ 両片想い 読み切り
碧雷は炎に寄り添う
MHRウ教×ハ♀。両片想い。
本編ネタバレあり。
英雄となったハ♀には様々な依頼が殺到するようになり、忙殺される日々の中でのウ教との一幕。
数週間前から、依頼が殺到していた。
里の英雄『猛き炎』に頼みたい、英雄『猛き炎』ならばきっと何とかしてくれる。
時間に追われつつ英雄『猛き炎』たる娘は、切なる願いを込めた依頼書の山を、命を削りながら
掘削
くっさく
していた。
食事と睡眠をしっかりとっても、連日の厳しい狩猟は、彼女の心を少しずつ疲労で蝕んでいく。
世の中には星の数ほどハンターたちがいるのに、何故自分なのか。
何故、この依頼は『猛き炎』でなければならないのか。
娘がそんなことを考え始めたのは、今日も厳しい狩猟を終え、カムラの里の住み暮らす水車小屋に帰ってすぐのこと。
夜は既に深まり月は高く、里は静寂に包まれ眠りについていた。
ごとん、ごとんと規則的で不変の重低音が響く、水車小屋。
玄関
引戸
ひきど
も閉めることを忘れた娘は、武器を土間に降ろすなり、すぐに
框
かまち
から畳の間に身を投げるようにして、うつ伏せに倒れ込む。
「
……
はあ
……
!」
格子窓
こうしまど
から月光が射すのみの暗がりの屋内に響き渡る、娘の深いため息。
オトモたちも疲労したのだろう。娘のアイルーもガルクも、火の消えた
囲炉裏端
いろりばた
の円座の上で、ぐったりと丸まってすぐに眠ってしまいそうな様子だ。
うつ伏せに畳に倒れたままの娘は、顔だけをオトモたちの方に向け、申し訳なさそうに眉を下げた。
「いつも、ごめんね
……
? わたしが、もっと強かったら
……
こんな遅くまで拘束しないで済むのに
……
!」
呟いた娘の中でまた、ふと、先程の疑問が膨らみ始める。
何故、自分はこんなことになっているのだろうかと。
誰かの役に立てることは素直に嬉しいし、無名の自分が『英雄』と呼ばれるまでに力をつけることができて、頼られるようになったことは、誇らしくもある。
けれど、英雄とて人間であることを忘れられているような不満が、彼女の中で膨張していく。
その不満から目を背けるように、娘が顔の向きを畳の間の片隅に変えると、そこには『猛き炎』へ個人的に寄せられた大量の依頼書の山。
全てギルドを通していないものなので、彼女自身が集会所に持って行って、受付嬢ミノトに申請し、ギルドで正規のクエストとして受け付けてもらえるように処理しなければならない。
「
……
もう
……
! 何で、こんなことまで
……
!」
依頼書の山に向けて憎々しげに娘が低く呟くのと、玄関から「愛弟子、帰ってるよね?」と遠慮がちな声が響いたのは、ほぼ同時だった。
「愛弟子?
……
ああ、やっぱり
……
」
開け放たれたままの玄関から水車小屋に入って来たのは『猛き炎』たる娘の師であるウツシ。
彼は土間に立つと、畳の間でうつ伏せに横たわったままの娘を、憂いの眼差しで見つめる。
「今日も大変だったんだろう? 大丈夫かい
……
? って、そんなわけないか
……
ごめんね」
自嘲気味に苦笑したウツシは、娘が帰るまでどれほど夜が深まろうとも、眠らず待っていた。
それも娘のこんな生活が続くようになってから、ほぼ毎日だ。
それどころか彼は、夜遅く疲れて帰ってきた『英雄』を甲斐甲斐しく世話していた。
大丈夫かい、疲れたろう、今日も大変だったね、いつも頑張っていて偉いね。
非の打ち所がないほど、彼は娘をありったけの心地良い言葉と笑顔で
労
ねぎら
う。
世話をされ続けている娘は日に日に素直に喜べず、胸中には罪悪感や、自身への不甲斐なさまで入り交じった複雑な感情があった。
ウツシは里長の
懐刀
ふところがたな
であり、優秀な
強者
ツワモノ
。日々多忙にしていることは、彼女自身よく分かっている。
自分のせいで彼の睡眠時間も短くなり、生活に支障をきたしていることだろう。
それでも彼は師としての責務や義務感からか、毎日、必ずやって来る。
娘は、彼こそがこの状況に不満を感じているかもしれないと思うようになった。
疲労しきった思考をぐるぐると巡らせながら、彼女はウツシの方に顔を向けず、起きもせず、目を閉じる。
「ウツシ教官
……
。今日もまだ寝てなかったんですか」
「キミが、今日も過酷な一日だったことを知っているからね。ちゃんとご飯は食べたの?」
「
……
いえ。狩猟が長引いてしまって、まだ
…
」
「大変だったね
……
お腹減ったろう? 俺、何か作るよ。その前に着替える? 身軽になった方がちゃんと休めるよ」
「
……
」
框から畳の間に上がったウツシは、無言の娘の傍でしゃがむと、彼女の顔を覗き込んだ。
不意に娘は、目を逸らす。
彼の優しい顔を、見たくないと思ってしまった。
優しい彼は、本音を隠しているに違いないと。
優しさの裏には、ここ最近の自分への蓄積された不満が隠されているに違いないと。
「
……
愛弟子?」
「
…………
。優しく、しないで
…………
!」
ウツシから顔を背けたまま、娘の口から放たれた声は、鋭利に冷たく、低く響いた。
一瞬小さく目を見開いて驚いたウツシから顔を背けたまま、娘は疲労に背を押されるように、甘えを帯びた
邪推
じゃすい
をそのまま言の葉に乗せ続ける。
「
……
無理をしないで、いいんです。毎晩、毎晩
……
あなたには、わたしの世話より他にやるべきことがあるでしょう?」
「そ
……
んな。愛弟子、俺はただキミを
……
!」
「お願いですから
…
! 本音を隠して、無理して優しくしないで欲しいんです
……
!」
「
……
本音?
……
無理、だって
……
?」
二言目が特に不満げに響いたウツシの声を聞いた時、娘の中に今の疲労感以上の深い後悔と、悲しみが募った。
彼女の中には、本音など隠していないと否定して、と願う自分と、本音を語って楽になってと願う自分。二人の自分が居る。
ウツシは娘の後頭部を見つめたまましばらく沈黙していたが、やがて「分かった」とまた低く答え、そのまま言葉を繋いでいく。
「いいよ、愛弟子。キミが望むなら伝えよう
……
俺の本音を」
「
……
やっぱり、本音がありますよね」
「もちろん。伝えるから、寝たままでいいからこっちを向いて」
師に真っ直ぐ告げられて刃向かえる娘ではなく、言われるままに顔をウツシに向ける。
彼女は目を見ることが何となく怖かったが、凛とした顔つきのウツシの双眸は憤怒も憎悪もなく清らかで、
金色
こんじき
の湖面が煌めいていた。
「愛弟子。今から言うことは俺の本音だ。そこに嘘偽りはない」
「
…………
はい。
……
やっぱり、不満ですよね」
「ああ、不満だよ」
はっきりと告げたウツシの言葉に、娘の胸がずきんと心地良く痛む。
だが彼は、その言葉に似つかわしくないほど、切なげに笑っていた。
「キミが、何でも独りでやろうとするから」
「
…………
え
…………
?」
心底驚いて小さく目を見開いた娘を、ウツシは穏やかに目を細めて見つめる。
「英雄『猛き炎』として、キミは一人でも堂々と困難に立ち向かい、あらゆることを成し遂げた。俺はとても誇らしくて、とても寂しかったよ。もう頼ってくれなくなるんじゃないかと思ってね。そうしたら
……
案の定だ」
「
……
き、教官も
……
お、お忙しい、でしょう
……
?」
「うん、忙しいよ。でもそれが何だい? 忙しかろうが何だろうが、俺はキミの力になりたいんだ」
「! ッ
……
!?」
目を見開いたまま声無き声を上げた娘に向けて、笑顔のウツシは『本音』を語り続ける。彼の中の伝えたくても言葉にならなかった想いは、
堰
せき
を切ったように止まらない。
「だからね、俺
……
最近は、嬉しかったんだ。疲れて遅くに帰ってきたキミに、温かいご飯を作ったり
……
部屋を軽く片付けたり、お布団を敷いたり。それが少しくらい、助けになれてるかなって。キミがちゃんとご飯を食べて、ちゃんとお布団で寝てくれるのを見られるのが、すごく幸せで嬉しいんだよ」
「
……
。ウ、ツシ
……
教官
……
!」
「そうだよ、愛弟子。俺はキミの教官だ。キミを一から育てた、カムラの里のウツシ教官だ」
偽りのなく澄んだウツシの、力強くも穏やかな眼差しは、娘の熱く滲み始めた双眸を抱擁するように捉え、決して離さない。
「頼ってくれ、我が愛弟子よ。モンスターによるかもしれないけど、少しはキミより早く狩れるかも?
……
なんて、ね」
「っ
……
!
……
ふふっ
……
!」
既にウツシの表情が滲みぼやけて見えない娘が、思わず吹き出して笑う。
頬に熱い雫が伝っているのを感じながら、彼女は笑みを浮かべた。
「
……
それが
……
教官の本音、ですか」
「ああ、そうだよ。聞いてくれて、ありがとう」
「
………
ふ、ふふっ
……
! っ、あはははっ
……
」
何度も何度も両手で双眸を擦りながら、娘は泣きながら笑った。
そんな彼女の頭を撫でながら、ウツシが「さあ!」と元気に声を上げる。
「ご飯を食べようね、愛弟子! 今日は何がいい? お腹に優しいものにしようか、雑炊とかどうだい?」
「
……
良いですね。卵多めでお願いします」
「ハハハ、いいよ! 着替えながら待っててね!」
のそりと上体を起こして畳に座った娘は、張り切って炊事場に向かうウツシの背中を、泣き腫らした目で見守る。
「
……
世話をするのが嬉しいなんて、教官も本当に人が
好
よ
いですよね」
「キミには、特にね。まあ、キミもいつか弟子をもったら分かるかもしれないなぁ」
「
……
そういうものですかね?」
「ああ。もつのは弟子じゃなくてもいいけどねぇ」
「え?」
「フフ
……
何でもないよ」
まるで子どものように、ウツシの愛弟子である娘は小さく首を傾げる。
そんな彼女の様子をちらりと一瞥してから、彼は慣れた様子で包丁を軽快に鳴らして調理を続けた。
とんとん、ことこと、温かな音。
オトモたちと一緒に食べたウツシの卵雑炊は、娘の体と心の芯にまで沁み渡った。
食事をしている間に布団を整えるウツシは相変わらず幸せそうで、その姿に娘はまた思わず笑ってしまう。
「おやすみ、愛弟子。今日もお疲れ様!」
慣れ親しんたその声は、娘の壊れかけた心を癒す。
子守唄からは程遠い声量だが、彼女は安堵と至福に包まれ、眠りについた。
次の日から『猛き炎』への依頼書の山が、今までとは比べものにならない勢いであっという間に掘削されていった。
狩場に向かう船に揺られているのは、『猛き炎』たる娘と、その師であるウツシ。
「キミに頼ってもらえて、いつも以上に力が溢れてくるよ!
……
もういっそ、俺と競走しちゃう!?」
「それもいいですね! ふふ、わたしより早く狩れるんですよね? 負けませんよ!」
「よーし! 行くぞぉ!!」
里の師弟は炎の如き活気に満ち、一陣の風となって、狩場を駆けて行った。
@acadine
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