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皆瀬茶太(シキゴウ全)
2024-03-24 15:50:13
3469文字
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小説
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陽炎と蜃気楼【フィン/リー】
PoIも補完本が終わったのでこういう緩いネジ外れた甘い話も書きたくなった。陽炎は春の季語らしい
おかしい、こんな筈じゃなかった。
と、思うことは多々あるが、それをここで言いたくなるとは思わなかったな。
端的に言えば、フィンチと寝た。
俺がボトムなのは相手がヘテロで女性経験すら慎重そうだったから。むしろどうして俺に興味を持ったのか。
俺はフィンチに救われた人間だ。隠し事の多さを探るのは当然だが、彼の仕事そのものは歓迎している。
だからセックスする時に『色々と』経験している俺が彼を気遣うのは当然だった。単純に、一番時間も手間もかからずスマートにことが始まって終えられるのもあった。
情緒? 不要だろお互い。
恋人になる予定もなく、特にフィンチからすれば拾った犬に情けを更にかけた程度。
その日。たまたま仕事で利用したホテルの部屋でセックスなんて、ゴシップ雑誌にある低俗な投稿みたいだなと、シャワーを済ませて寝ずの番をしていた。
しばらくしてフィンチが起きた。
もぞもぞと動くブランケットと、眠気の混ざる声。
直に夜明けだ。フィンチが起きたならラウンジでモーニングぐらいは一緒にするか。
「
……
それこそ言い得て妙だな」
恋しいコーヒーの風味を思い出して、微苦笑をする。
やがてフィンチは俺の気配を感じたのか顔を体ごと向けた。
「おはようフィンチ」
眼鏡をかけていないから目は合わない。本人もそう思ったのだろう。サイドテーブルに置かれている眼鏡に手を伸ばした。
ひと時とはいえのどかだ。むしろ、ひと時で構わない。
視線を外し、早く次の番号が出ないだろうかと思いながら高層階から街を見下ろす。
シーツの音がしたので、フィンチが起き上がったらしい。
また視線を向ければ、予想外の顔で俺を見ていた。
「
……
フィンチ?」
なんだ、その、淡い少女のような雰囲気。
セックス後の色気や甘い気配云々なんて、恋愛ドラマで見るようなの俺たちには無いだろ。
俺を凝視するフィンチに、もう一度声をかけようか口ごもっている俺に、フィンチが先に口を開いた。その目元には寝不足などではない赤みが刺している。
「その
……
体は大丈夫かい?」
頭痛がした気がして、反射的に額に手を置いてしまった。
少し俯いた俺をどう解釈したのか、彼は更にたたみかけた。
「昨夜は君に任せきりなところがあった。私はこの手に関して経験も少ないから無理をさせていたなら私ばかり気持ちよくなってすまないと思っている」
頭痛が増した。もし後ろに倒れてたらガラスに頭をぶつけていた。
何も言わない俺に、フィンチはトドメをさした。
「次は私も努力する」
俺に何が言えただろう。
「
……
そうか」
曖昧な返事でもしてしまったのは、まずかったんだろう。ノーでは無い場合、イエスだ。
おかげで一人で突っ走って一人で結論づけたフィンチは、乙女もかくやと言う恥じらった笑みを向けた。
「あ、君は睡眠を取ったのかい? 私は身支度を整えるから少しでも寝た方が良い。空腹ならルームサービスを頼んで構わない」
その際は私の分も頼むと、付け加えられた。
「ああ
……
」
ラウンジではないが、朝食を一緒にだけは一致できた。それしか記憶に残したくない。
眠る気はなく、フィンチがバスルームへ向かってからようやく息を吐いた。
シャワーの音が聞こえたから、こちらの音はほとんど聞こえない。
「そう来るのか」
思わず呟いた声は、それでも口に当てた手の中に消えるほどの音量だったが。
結局。あの後、ルームサービスでモーニングをしてその場で別れた。
どうせ職場は同じだし、お互いホテルの出入口で解散も気まずかった。というか、フィンチのあの甘い空気に胸やけを起こしそうになったのが一番の理由だが。
その影響か、帰り道の公園前に出ていたワゴンでコーヒーを買っていた。
「今日は番号も出ないし良いだろう」
誰に言うでもない独り言を、コーヒーの苦味で封じる。
平日の公園は静かだ。今日は少し寒いが、この街ではマシな方だ。寒暖差を繰り返している今の時期に、季節が変わっていくのだと感じる。
ここがメインストリートから外れていて、かつ、建物の関係で日陰があるのも人が少ない理由だろう。夏は人気の場所だ。
監視カメラがどこにあるか、妙な行動をしている奴がいないか見るのはクセ。
どうやら見たまま平和らしい。
「さて
……
」
どうするかと思ったところで、どうしようもない。
そして、こいつの存在に気づかなかったのは俺の落ち度だ。
「あんたって結構隙だらけよね」
「殺気を出してから言ってくれ」
「殺す時に殺気を出す必要が?」
「そうだな」
ショウがベンチの後ろから声をかけてきた。おそらく顔を上げれば頭上で目が合うだろう。
用もなく俺に話しかけるのは、らしくない。
「何かあったのか?」
「あんたの顔なら」
ショウは前に回って俺を正面に見据えた。
わざとらしく目を細め、「あんた
……
」と分かりやすく呆れられた。全く意味が分からない。
「CIAてあんたみたいなのでもなれたわけ? それとも、ここまでの天然だから『お呼ばれ』されたの?」
「どういう意味だ」
「遠くから見てもやばかったけど、自覚無くてこれとは思わなかった」
「だからどういう意味だ」
このまま押し問答を続けると、味はともかく熱いコーヒーもぬるくなる。
そこまでの主張を読めたかは分からないが、ショウは俺に顔を近づけて目を細めた。
「意外に可愛いとこあるのねなんて言われたいの? フィンチと寝たのがそんなに嬉しいなんて」
「
…………
は?」
待て、今なんて言った。
「断言できるけど、あんたとフィンチがつるんでる刑事と会ったら同じこと言われるから。むしろフィンチに言われたからそれなの? 次呼ばれた時も同じ顔してたら撃つから」
言うだけ言ったショウは踵を返して公園の出口に向かった。
立ち上がって否定する気力すら奪われる言葉の数々に、俺はひとまずコーヒーを飲んだ。
「ぬるくなっている」
今大事なのはそんな事ではないが、のどかな公園と風の穏やかな空を眺めて、ようやく、全てを受け入れた。
「
……
そうか
……
」
カップを両手に持って深く、深く項垂れた。
はたから見れば祈りだ。
祈ったところで朝のやり直しはできないし、神がいるとすれば、まあ、
「フィンチだな
……
」
マシンだけではない神扱い。命を救われたのだ、誰もが似た答えになる。
とはいえ随分と重い感情を持たせているが、フィンチは俺の言葉に明確な意味で返してはいない。
だから昨夜の事も、さほどの物ではないと思っていたが。
「そうか
……
フィンチもだからあんな
……
」
曖昧な言葉しか声にできない。
鏡は無いがスマホはあるから、自分の顔が今どうなっているか見ることはできる。
したくはないし、もう、する必要もなくなった。
フィンチの言動が答えだ。
「絡んで来たのがショウなだけマシと思っとくか」
いつまでもここに居ても仕方がない。
すっかりコーヒーも冷え、残ったのは安っぽい苦味だけ。なるほど、
「今の俺には丁度良い」
苦味を噛んで飲み干し、ゴミ箱に捨てる。
自覚が出来たなら帰るまでは問題ない。帰る場所が、フィンチが買ってくれた部屋ではあるが。
「そういう意図だったのか?」
答えがあると期待していないが、気づけば足はいつもの場所へ。ベッドの事を持ち出すのはマナーに欠けるが今更だ。
フィンチは廃図書館のいつも通りの場所で、いつもの座り方でキーボードを操作している。足元にはベアーが伏せていた。
フィンチは俺の顔を見て、小さく頬を緩めた。
「私は今、陽炎を捕まえた気分だよリース君」
変な話だが、セックス中には見なかった顔だった。
「捕まえたと思われていたのは予想外だったが、チェリーブロッサムの季節はよく見えるらしいな」
陽気なのはお互い様、と言えないのが少し悔しい。
搦め手を攻められた気分だったが、客観的に見れば正面突破されたのだろう。
捕まえる気だったというフィンチの言葉は、俺の足元にトンと重力を持たせてくれた。
魂にも重さがあるというから、生きている重みだろうか。
「フィンチ。俺は蜃気楼の仕組みを理解した時のような気分だ」
「それは良かった。蜃気楼も今の季節に見られるよ」
「そうか」
心にある物に名前がつくのは、こういう事らしい。顔に先に出たのは、甚だ不本意だが。
了
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