春の足音は着実に近づいて、やれ昨日は桜が咲いた、でも午前中は冷たい雨だ、明日は夏日になるらしい
……こはくは、そんな天気予報を眺めている。ジュンの帰りも遅い一人の部屋ではすることもなく、昼間のレッスンを復習して、あとはパソコンとテレビとスマートフォンのフル回転。動画にもネットサーフィンにも飽きてきた頃だった。
時刻は午後十時。どたどたと大きな足音がしたかと思えば、ノックも無しに鳴り響く大声。こんな無礼を働く人物は、近しい中では二人と少ししかいない。そしてこれはその中の一人。
「こはくさあああん!!」
「やかましいわこら! 何時やと思っ」
ドアを開けたその瞬間に、大きな影がこはくに覆い被さるように立ちはだかって、
「ハッピーバースデー!」
更なる大きな声が降ってきた。耳が揺れる。そしてドスンと大きな音。
「ぅ゙わ!? なんっ
……」
「ははは! 鳩が豆鉄砲食らったみたいだなあこはくさん☆」
うるさい、喧しい、とすら言葉を失ったこはくを前に扉をこじ開けて笑う斑は、大きなダンボール三箱を無遠慮に床に置いた。もはや二人の狭い間にあるドアが閉まりきらない。無理やりその箱を部屋の中に押し込めれば、
「おやすみなさあああい! 暖かくして寝るんだぞお!」
斑は目にも留まらぬ速さで踵を返す。
「ちょ、待て! 待てやなんなんこれ!?」
意味がわからず声をひっくり返したこはくが、その背中でたわんだシャツの裾を掴んだ。そうすれば振り返って、斑はまた告げる。
「お誕生日おめでとう☆」
「待てや誰がなんやって?」
「今日が真ん中バースデーだそうだぞお」
自分の誕生日はひと月以上前に終わったとすら言わせない速さで会話を進める斑にも、とうに慣れているのは事実だ。それでも今日は目に余るのではないだろうか。最近はこんなことも減って、意思の疎通はできていたというのに。
「せやから誰と誰のや」
思わず、こはくの口の中にぶわりと立ち込める冷たい色。それを察さないはずがない斑は、
「うんうん、君も真ん中バースデーは知っていたかあ! ネットでもファンの間でよく話題に登るもんなあ?」
またこの手段をとるらしい。こんなのは何度も何度も繰り返しぶつかってきた中で繰り広げられた舌戦の中の常套手段で、斑にとっての逃げの一手だ。そう指摘やれば、逃げるが勝ちとも言う、なんてのらりくらりとかわしたりするのだろうか。
「せやからなんや? 誰と誰のかわからないわけやないやろな」
忙しさの中で、最近あまりしていなかった久しぶりの会話。少しだけ昔の関係に立ち戻ったような気まずいそれを、寂しいそれを、こはくは胸に押し留めようと務めて、きっともうできていない。声が固くなった自覚はある。
「
……」
そうして訪れるしばしの無言。
開いた扉と部屋の窓の隙間から二人の髪を揺らめかせる風が通り抜けて、ふわりと春の香りがする。温かく胸を満たすのに、胸を焼き切るぐらい切なくて寂しい、美しい夜の桜の香り。
「
――ということで! ニューディに君宛のプレゼントが届いていたから俺が預かってきた」
「せやから、それ、Double Faceの
……わしと斑はんの真ん中バースデーっちことでええんやろ
……?」
少しづつ俯く斑の顔に、ぎゅっと胸が痛い。無意識に胸の辺りに手をやったこはくも、俯いたままの斑も、それはきっと同じ痛さだ。
「
……まあ、そういうことになるなあ
……」
未だバツが悪そうに、少し苦しそうに、そうして斜め下を向く斑。その姿が胸に痛い。涙に滲んで、駆け抜ける風に目元を拭われればピリリと痛む。
「
――! っ
……もっと」
沈黙を破るように絞り出されたこはくの声が、
「もっと胸張らんかいリーダー!!」
力強く叫んだ。自然と動いたこはくの右手の拳が、どん、と勢いよく斑の厚い胸板へ音を響かせる。
「こはくさん
……」
思わず毒気の抜かれた顔でこはくを見た斑の顔は、目尻が少しだけ赤い。気づいてみれば白目にも朱が走り、鼻も赤い。
「
……前にも言うたやろ、〝わし宛のファンレターにも斑はんへの褒め言葉が書いてある〟って」
「
……」
「そういうことやろ、っ
……なに一人で感傷浸って泣いとんねん! 自分一人で悪役になって一人ぼっちになるの、やめろ言うたやろが
……」
風が吹く。
自ら選び取ったとはいえ、それに纏わる未だ癒えない幼く深い傷は、確かに二人の間を河のように流れている。言葉にならずに散っていった想いも、踏みにじってきた責任も裏切りも、数え切れないだけあって。
――それでも。
「
……愛されてた、んだよ、なあ
……っ」
斑が、目に涙を溜めた斑が、鼻を啜って口を開く。今更この二人の間でかっこいい、かっこ悪いの話はなしだ。堰を切ったように溢れる涙が止まらないのはこはくも同じだった。同じだけ愛した傷も抱えきれない闇も、走り抜けた時間も、向かう先の光も、期待も。全てを共に してきたのだ。
「
……今でも〝愛されとる〟んや
……終わらすな
……」
「
……ああ」
徐々に声は声を成さなくなって、
「せやからっ
……わしだけの誕生日みたいな顔すんな
……! 二人の日やろがぁっ
……!」
床に積まれたダンボールを抱えるようにして泣き崩れたこはくと、その手に、背に、重なる斑の身体と声。何度もひっくり返る呼吸がまるで小さな子供のように部屋に響いて、抱き合う二人を春風が包んでいた。
そして、翌朝両者のSNSに上がった笑顔の二人の写真は、ファンの話題を席巻することになる。
#ありがとう☆
#おおきに
#プレゼントたくさん
#ノンアル飲み
#DoubleFace真ん中バースデー
#またいつか
fin.
こは斑ワンドロワンライ
【真ん中バースデー】
60min
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