nina_40enaga
2024-03-23 22:24:46
3674文字
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責任転嫁とオンザロック


 それは断片的な記憶だった。昨日は本当に大量のアルコールを摂取していた。しかしそんなことは言い訳にはならない。熱に浮かされた真っ赤な頬、今にも蕩け出しそうに潤んだ緑の瞳、白い肌にいくつも浮かんだ鬱血痕、誘うように開いた脚に夢中になって腰を押し付けて、何度も抽挿を繰り返した。夢にまで見たそこはしっとりと濡れていて熱くて、スコーピウスの性器を包み込み奥までしっかりと咥え込まされていた。最悪なのは挿れる瞬間を覚えていないことだ。覚えてもいないそんな無責任さで親友を抱いてしまった。もしかしたら夢だったかも、と一縷の期待に縋りながら目を開く。隣には親友が眠っていた。服を着ていてほしい、という切実な願いは叶わなくて、裸の肩が露出していた。半ば自分の毛布を押し付けるように彼の肩にかける。

 昨夜、アルバスがスコーピウスの家を訪れたのは夜更けに近い時間だった。
「仕事が思ったより長引いて。でも君に会うためにこの一週間頑張ってたから、どうしても会いたくて来ちゃった」
 迷惑かもと思ったんだけど、とすまなそうな顔をする彼を見て胸が高鳴った。スコーピウスも全く同じモチベーションでこの一週間を過ごしていたからだった。だから会った瞬間からテンションは高かったのだ。彼が持ってきてくれたワインを二人であけて、それでも到底飲み足りなくてスコーピウスが家にストックしていたワインボトルも次々空にした。途中からウィスキーを追加したあたりから、記憶が怪しくなってくる。アルバスはいつも酔っ払うとぽかぽかあったかくなって、笑顔が幼くなる。その日も無邪気に笑い始めて、それがかわいくて仕方なかった。
「君って酔うと子供みたいに笑うよね」
「そう?」
 素面のアルバスにそんなことを言ったら眉間に深い皺を刻むに違いないが、今のアルバスは楽しそうにニコニコ笑うだけだった。
「そう言う君はやたらきらきらするよな」
「きらきらする?」
 あまりアルバスが選ばなさそうな表現だった。その意外さにスコーピウスは目をぱちくりとさせる。
「うん。きらきらーってしてる。さっきから、ずっとだ」
「僕光ってるの?」
「うん」
 あんまり会話にならない。でも楽しい。そう思ってスコーピウスは再びグラスを空にした。空いたロックグラスに氷の塊を入れて、ゆっくりウイスキーを注いだ後レモンを絞る。
「僕もそれ飲みたい」
 子供のような笑顔でねだられると際限なく甘やかしたくなってしまう。スコーピウスは笑顔で頷いた。
「もちろん」
「やった」
 同じ飲み物を作ってやるとアルバスは嬉しそうにそれを受け取り、一気に煽った。そんなに一気に飲むものではないと思うけどなあと呑気に思いながら、スコーピウスも一口飲む。すると右肩にとさり、と重みを感じる。
「アルバス? もう寝る?」
 スコーピウスの肩の上でふわふわの黒い塊になってしまったアルバスは、ふるふると首を振って寝ることを拒否した。
「まだ飲み足りないよ」
「そっか」
 確かに彼の物言いはまだはっきりしていた。それにスコーピウスもまだ彼と一緒に飲みたかった。だからアルバスのわがままを許して、グラスを重ねたのだった。
 それからどうして二人が同じベッドに入ったのか、スコーピウスにはまるで思い出せない。ただ断片的な記憶の中の自分が、アルバスの服を夢中になって脱がせたり、彼の肌を撫でたり、彼の中に挿入して欲望に任せて腰を振ったりしたことは確かだった。痛む頭を押さえながら必死に思い出していると、スキンもつけずに彼の中で吐精したことを明らかな事実として思い出してしまった。その瞬間は今まで感じた快楽の中で一番気持ちよかった、と思い出さなくていいことを思い出して、心底落ち込む。
 アルバスは規則正しい寝息を立てていた。彼のために忘れなくては、という思いと彼のために全てを思い出さなくては、という相反する思いでスコーピウスは混乱していた。混乱の末、いつまでアルバスと同じベッドで寝っ転がっているつもりなのか、と基本的なことに気がついた。どんな顔で彼に謝ればいいのかさっぱりわからないがとにかくベッドから出よう、と足を片方布団から出した瞬間だった。
「スコーピウス?」
 別に悪いことをしているわけでもないのにびく、と肩が跳ねた。悪いことをしたのは数時間前の自分だ、と思って気持ちが暗くなる。
「やあ、アルバス」
 やあ、ではないだろうと思いながらそう言うと、アルバスは驚くほど穏やかな表情でスコーピウスを見つめていた。
「やあ、スコーピウス」
「あ……その、えっと」
 何かを言わなければいけないのに言葉にするのにやたらと時間がかかる。
「ご、ごめん」
「何が?」
「その! 覚えてなくて」
「覚えてないの?」
 スコーピウスの言葉にアルバスは目をしばたたかせた。
「じゃあ今からもう一回する?」
「なんで?」
「あれ、そういう話じゃなかった?」
「全然そういう話じゃない」
 アルバスの考えていることはときおりスコーピウスの理解の範疇を軽々超える。アルバスの口ぶりから、昨夜のことをどうやら鮮明に覚えているらしいことだけはわかった。
「ほんとにごめん」
「ちょっとわからないんだけど、君はさっきから何に対して謝ってるの? 昨日のことを覚えてないこと? 僕とセックスしたこと?」
「全部だけど、君に、僕はその、乱暴なことをしたから」
「乱暴は別にされてないけど」
 アルバスはくすくすとおかしそうに笑った。どうしてそんなに平気でいられるのかわからない。ほんとうに同じ夜を過ごしたのか自信がなくなってくる。
「ただ抱かれただけだよ。君はどっちかっていうと優しかった」
「僕、優しくできてた?」
「うん、優しかったよ」
 アルバスは少しも怒っている様子ではなく、目はうっとりと蕩けていた。彼に謝らなくてはいけないのに、つい甘えてしまいたくなる。すると彼は笑って両手を伸ばしてくれた。だめだ、と思いながらその腕の中に納まると、彼は優しく抱きしめてくれた。
「僕、最低の友達だ」
「そうかなあ」
「どうしよう……
「大丈夫だよ」
 ぽんぽん、と背中を撫でられる。アルバスの「大丈夫だ」は昔からずっと無根拠に信頼できる言葉だった。その言葉にほんの少し勇気づけられる。
「僕、昨日のこと少ししか覚えてなくて」
「そうなんだ」
「君は?」
「覚えてるけど」
 ああやっぱり! 顔を覆いたくなって、彼の肩にぐりぐりと頭を押し付ける。アルバスは変わらず優しく肩や背中を撫でてくれた。
「君が何を気にしてるのかわかんないけど、気持ちいいだけだったよ。まあ、見たことない顔してたけど。こんなにずっと一緒にいるのに、見たことない顔がまだあったんだな」
 アルバスは呑気にそう言って、またぽんぽん、と背中を撫でてくれた。アルバスの言葉を聞きながら、昨日の彼の様子を思い出す。彼の中を突いていたとき、快感に蕩けた彼の顔を確かに見た。それは当然、初めて見る表情だった。その表情を見てますます興奮して、夢中になって突くのを全然やめられなかった。
……ごめん」
「何言っても謝るじゃん」
 アルバスは笑って、今度はぎゅうっと抱きしめてくれた。身体が密着すると、どうしても色々なことを思い出しそうになってしまう。
「気にしないで」
「そういうわけにはいかないよ」
「まあ、そういうもんか」
「だって僕、どうやって君のことベッドに誘ったのか覚えてないし、その、君の、なか、に入ったときのこともあんまり、覚えてなくて」
「へえ」
 なぜかアルバスの肩が震える。まるで笑いだすのを堪えているようだった。
「ベッドに誘ったときのほうは、まあとにかく。中に君が入ってきた時はね、挿れたい? って聞いたら、うんって言うから、まあいいかなと思って」
「よくないよ! なんで断らなかったの?」
「君が作ってくれたオンザロックが美味しくて、飲みすぎたのかなあ」
 アルバスは楽しそうに笑う。彼が笑うと吐息が耳にかかった。
「アルバス、僕取り返しのつかないことしちゃった」
「うーん、まあそういうことになるのかな」
「許してくれるの?」
「許すも何も、最初から怒ってないって」
「でも僕、絶対責任取るから」
 その言葉はほとんど勢いのもと発されたものだった。責任とはどうやって取るのか、そもそも取れるものなのか、明確に頭の中にあるものは何もなかった。しかしスコーピウスを撫でていたアルバスの手は、その言葉を聞いた途端ぴたりと止まった。
「アルバス?」
 スコーピウスが呼びかけると、再びゆっくりと手が動き始める。撫でられて、安心して身を委ねていると、彼の声が続いた。
……まあ、でもこういうことをされるのは初めて、だった」
「うん……そうだよね」
「でも、君ならいいよ」
「ほんとに?」
「ほんと。だから、」
 ずっと僕と一緒にいて。耳に直接届いた言葉に、スコーピウスはなんの迷いもなく頷いた。