しきりに雨が降る中、人々に害する下等吸血鬼を退治せんとヒヨシ──当時のレッドバレットは奮闘していた。濡れそぼってしまった衣類は小柄な身体に負荷をかけるばかりだが、そんなことに構ってはいられない。
雨の日は並みの吸血鬼であるなら活動しないものだが、それでも、小賢しいものならそれを逆手にとるものもいる。今日はそんな吸血鬼が出現した日であった。
足元が悪く視界も不明瞭な中、吸血鬼対策課と協力してようやく捕縛した頃には、身体の芯まで冷え切っていた。こんな状態で帰ったら、弟妹に心配されてしまうだろう。だが、時計の針はすでにてっぺんを超えている。超えているどころか、そろそろ夜明けも近い。
二人ともすでに寝ているから大丈夫だろう。起こさないように体をしっかり拭いて、衣類は外に干して、何食わぬ顔でいつも通りに朝ごはんを用意すれば。
よしそうしようと考え、ふう、と吐いた息。それがどこか熱を持っているのにも気付かず、ヒヨシは我が家へと歩き出した。
ふとヒデオは目を覚ました。目覚ましが鳴る前であったが、自然と意識が浮上したのだ。まだ寝ぼけ眼ではあったが、本人も自覚せぬ違和感にその目をこすりながら起き上がった。
「にーに?」
時計の短針は七時あたりにある。いつもならば、兄が朝食の準備をしている時間である。しかし、そのような物音はしない。
兄が寝ているであろう布団を覗き込めば、確かにそこに寝ているのだが。様子がおかしいことに気付き、ヒデオはヒヨシに近づいてその顔を覗き込んだ。
「に、兄ちゃん?」
顔が赤く呼吸も荒い、どこか苦しそうである。兄は弟妹に弱った姿など見せたことないため、その様子にヒデオはぎょっとした。そっと頬に手を添えれば、いつもより体温が高いような気がした。
心配そうに声をかけるヒデオの声で気付いたのか、ヒマリも起き上がってヒヨシの傍に来た。ヒマリは兄の様子をじっと見て、ぺたぺたと顔を触る。
「かぜ」
ぽつりと言うヒマリの言葉に、ヒデオは顔を歪ませた。
「かぜってなに? にーに、どうなっちゃうの?!」
生まれてきてこの方、病気にかかったことないヒデオである。幸運にも、兄妹もその手の類になったことはないため、風邪という認識が彼にはなかった。
首を傾げるヒマリに、ヒデオの目はじょじょに水分をためつつあった。
「に、兄ちゃん! しんじゃやだ!」
こういう時、どうすればいいのかという知識はない。苦しそうな兄にうろたえるばかりである。
ウエーンと泣きだしたヒデオに釣られ、ヒマリの表情も歪みつつある。そして、その声でヒヨシは目を覚ました。
目の前で泣くヒデオ、泣きそうなヒマリ、起きた直後でもわかる自分の体調の悪さ。すぐに状況を理解して、やってしまったのう、などと思う。
ヒヨシは手をのばし、ヒデオの頭を撫でた。
「そんな泣かんでも、にーには平気じゃ」
そういって、ヒデオ、ヒマリ、と順番に笑みを向ける。泣き声はやんだが、ぐすぐすとするヒデオを宥めるように撫でる手は止めない
「ほんと? 兄ちゃん、しなない?」
「おうおう、兄ちゃんはどえりゃあ強いハンターじゃぞ。こんなもんで死んだりせん」
「ほんと? ほんとにほんと?」
「ほんとのほんと」
繰り返される本当?に本当だと返しつつ、今後は病気しないようさらに気を付けなければなあなどと思うのであった。
「そんなこともあったなあ」
あの日と同じように、雨が降る中。今や吸血鬼対策課の隊長となったヒヨシはしみじみと思い出していた。
「あに……隊長さん? 何の話を……」
ばしゃばしゃと水しぶきをあげながら街中を走るヒヨシとロナルド。被害報告があったため見廻りを強化して、さきほど発見連絡のあった場所へ向かっているのだ。
前方には、サテツやショット、サギョウもいるためロナルドは兄貴と呼んでしまうヒヨシの呼び名を都度都度改める。
「弟がまだ小さいころじゃが、風邪を引いた俺に死なないでー! て言ってくれたのを思い出してな」
「お、おぼえ……?!」
「なんじゃあ、おみゃーも覚えとるんか」
小さいころの話なので覚えてないだろうと思ったのだが、存外記憶力のあるものだなあとヒヨシは少し感心した。
「そりゃ、病気したのあれっきりだったし、あの時は本当にびっくりして」
「あの後、朝飯を作ろうとして台所が悲惨なことになったり、看病しようとしてべちゃべちゃのタオルを置かれたりして、面白かったのう」
「い、今だったらもっと完璧に看病できるし!」
「ほう。なら、また今日も風邪ひいたら看病してもらおうかの」
「えっ」
看病するってことは、兄の家に行ってもいいってことなのだろうか。もちろん、兄に病気などして欲しくないが、それはそれとして、兄が今住む家に行ってみたいという欲求もある。
「完璧な看病、楽しみにしとるでな」
「あ、え、あ、う、うん!?」
嬉しそうで、しかしどこか複雑そうで、それでもやはり嬉しそうで。表情がよくわからないことになっているロナルドを見て、ヒヨシは可愛いなあと笑むのであった。
end.
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