河童の皿箱
2024-03-21 21:04:54
3387文字
Public 遊戯王:短め(2024年度)
 

巡業1

セアミンとディア・ノートが巡業に出かけるだけ。カオス・ルーラーと世壊のもとを訪れる。

 人混みの無い小さな駅のホーム。そこに、5人の人がホームの椅子に座って談笑しながら、列車を待っていた。間もなく到着しますと放送が入れば、大荷物を持つ小さな子供が2人、立ち上がる。
 子供は名をセアミンと云う。髪を下ろしたぼんやりさんと、髪を上げたしゃっきりさん2人でひとつの名を名乗る、幼いながらの傾奇者で、巷で多大な支持を集める能役者である。2人はこれから巡業に出るところであり、仲間の浮世絵師、雅楽師、浄瑠璃人形師の同行はここまでであった。

 浮世絵師は言う。どうか怪我に気をつけてな、危なくなったらすぐに逃げろよ、と。
 雅楽師は言う。心配性だな、いつもちゃあんと帰ってくるだろう。何、任せていればいい、と。
 そりゃあそうだけど。浮世絵師が雅楽師に反論しようとするさまを見て、髪を上げた子供は笑い、髪を下ろした子供は微笑んだ。
 浄瑠璃人形師は手のひら大の四角い機械を、子供達に手渡す。子供がかぱりと蓋を開ければ、そこには折り紙がぎっしり入っていた。
 人形師は言う。せっかく遠くへ出るのだから、試験運用してほしい、と。子供達は頷いて、懐に入れる。

 ホームに無音の列車が滑り込む。扉がガラリと開いて、行かなくちゃと子供達は荷物を引いて乗車した。
 席につき、車窓の外を見れば、3人の大人たちが手を降っている。
 間もなくドアが閉まります。ご注意ください。揺れもなく動き出す列車。子供達が手を振り返せば、瞬く間に距離が空き、遠くなり、すぐに見えなくなった。

 さあ、2人きりでの巡業の始まりだ。子供達は、改めて気を引き締める。……とはいえ、目的の駅はまだまだ遠い。ふと、先程渡された箱の使い方を知っておこうと、再度取り出し、蓋をかぱりと開けた。



 2人がまずやってきたのは、禍々しい闇と神々しい光が混じり合う、まさしく混沌であった。目印と決め建てた小さな祠まで荷物を引いてやってくれば、そこには黒き翼を広げる龍が待っていた。龍の名は無い。混沌の支配者として恐れ奉られるが、この黒き龍にこそ、2人は用事があった。
 龍は語る。子よ、何処かへ征くのか、と。子供は頷く。これから巡業に参ります、と。そして続ける。どうか、この旅路を無事に終えられるよう、見守ってください。龍は告げる。ならば、差し出すものがあるだろう、と。子供は頷く。下ろされた髪がさらりと揺れ、荷物の中からそれなりに大きな箱を取り出した。表面には、まんじゅうの文字。括り上げられた髪がゆらゆらと揺れ、荷物の中から縦長の木箱を取り出した。表面には、酒の文字。
 あぁ、そうだ、これだ。流石は我が眷属達。わかっているじゃないか。龍は小さな手から2つの箱を受け取り、満足げに祠の陰に置いた。
 黒き龍は2人の子供が演じた龍の能に惹きつけられ、姿を現した。それからというもの、龍は何かと子供達の旅路に付き添っては力を貸していたのだが、強大な力を持つが故に神に目をつけられ、この領域の外に出てはならないと断罪されてしまった。とはいえ、2人の子供は旅の無事のために守り続けてくれた龍への恩赦を忘れることなく、どこかへ巡業に出る度に、はじめに龍のもとを訪れ、ささやかながらも捧げ物を用意しているのだった。
 龍は言う。お前達に付き添ってさまざまな場所へと赴いた。どこまでも行ったが、お前達が持ってくるこれが美味いのだ。この身はここを出られぬ。だから、お前達がここを訪れるのがわずかな楽しみなのだ、と。
 子供達は力を抜いて、ゆるりと龍の駄弁りに付き合う。近頃はこんなことがあった、こういうものを見た、と。そしていよいよ旅立つ前に、黒き龍が惹きつけられた舞を捧げた。龍は目を細め、ただただじっと眺める。
 龍は告げる。さあ、行ってこい。待っている者が居るのだろう。子供達は頷き、混沌の境界を後にした。
 龍は小さな背中を見送る。陰に隠した酒の封を切っては、ひとくち。舌鼓を打ち、またひとくち。今はただ、遠くから見守るのみよ。
 光と闇の混ざる混沌の空に、折り鶴が1羽、飛び立った。



 次に訪れたのは、幾つもの世界が混ざり合った世界だ。断崖の上に咲き誇る、桜の如き美しい巨木。ひらひらと花弁が舞い落ちる先には、静々とたたえられた広大な水辺。流れ落ちる水の先には、赤と黒の建造物。元は4つの世界に分かれていたが、ある男が統合させたのだった。
 ここには、5人の男が住んでいる。他より少し大きな建物をこんこんと叩けば、この世界の創造主が迎えた。白い男の名はヴィサス。ありとあらゆる感情を失い彷徨ったが、恐怖と出会い、導かれ、心を取り戻し、歩き続け、世界の再誕を担った。さてそんな男でも、2つの心を持て余していた。建物の奥まで子供達が案内されれば、そこには苛立った様子の赤い男と、だらけている青い男がいた。赤い男の名はライズハート、青い男の名はレイノハート。それぞれ、怒りの感情と、嘆きの感情を司る。
 遅いぞ、と赤い男は言う。子供の片割れは言い返す。まだ約束の時間の2時間前、と。反論に青筋を立てる赤い男、すかさず光る男が間に入り、まあまあと赤い男を宥めた。子供達は犬の様な男に連れられて、舞台の裏へと入り、公演の準備を始める。光る男の名はリウムハート、歓喜を司る。犬の男の名はライヒハート。恐怖を司る。
 さて、この世界の創造主たる白い男は、感情を取り戻した。しかし、彼の心を司る4人の半分が友好的ではなく、何より白い男は取り戻した感情を持て余していた。そこで出会ったのが、赤い男に囚われた子供達とその仲間達であった。白い男はその舞う姿に、心の奥底で叫ぶ、何か不可思議な感覚に襲われたのだという。白い男はさまざまを終えてから子供達と仲間達へと交渉し、この場所で定期的に公演を執り行うことと決まった。

 囃子と共に、舞台袖より姿を表す子供達。それまで賑やかだった男たちは、5人でただじっと、何を話すでもなくじっと眺める。髪を下ろす子の演じるは、旅人の男。髪を結い上げる子の演じるは、朽ち果てた亡霊。
 亡霊は語る。戦に駆り立てられ、戦場で感じた、恐れと、怒りと、悲しみを。男は受け入れ、ただ耳を傾け続ける。亡霊はその無念を吐き出しては、次第に静かに、生きた頃を思い返す。自分には愛する家族が居た事を。その生の中で感じていた、確かな喜びを。

 公演を終え、舞台袖に退く。衣装や面を片付けてまた表に出てくれば、男達は皆、眠っていた。子供達が目覚めを待っていると、白い男が目を覚ました。寝ぼけ眼の男は周りを見ては、あぁ、また全員で眠ってしまったのか、と。しかし、子供達の心にふと浮かんだのは、誇りであった。
 しばらくすれば、光る男と犬の男が目を覚まし、続いて赤い男と青い男が目を覚ました。皆、どこかすっきりとした様子であり、特に赤い男と青い男は、子供達が訪れた時よりもずっと、人の話を聞く姿勢を保つ様になっていた。男達はそれぞれに感想を述べようとするが、やはり眠っていた時の話はできなかった。犬の男が、レイノが初めに寝たぞ、と言えば、青い男はいいや、ライズが先に寝ていたはずだ、と。一触即発の様相に光る男は彼らを律したが、煽られた赤い男は耳もくれず、子供達にひとつ話した。お前の仲間は息災かと。子供達は頷く。元気でやってる、今日も新作があるよ、と。

 しばらく話し込んだ後、男達は公演料を支払う。白い男は色とりどりの小さな布を。緑の男は重い黄金の鎖を。光る男は柔い光を纏う花弁がたっぷりと詰め込まれた瓶を。赤い男は幾つかの特殊な資材と設計図を。青い男は砕けた真珠の粉を包んだ小さな紙を。子供達はそれぞれを丁重に受け取り、そっと鞄にしまい込んでは、一礼する。
 白い男は言う。心は複雑だな、と。だが、君たちの劇を少しずつ理解できるようになってきたんだ。まだまだ眠ってしまうけれど。頷き、髪を降ろした子供は言った。眠ってしまうのは、心が揺さぶられているからだと言われている。貴方達が眠るのは、心と向き合っているからではないか。子供の言葉に、男は微笑む。あぁ、そうだといいな、と。
 子供達は男たちの世界を後に、歩き始める。小さな背中を、5人の男は見送った。
 青く澄んだ空に、折り鶴が1羽、飛び立った。