Sunday Morning

魔法少女もの世界で本ドロとΔドロが邂逅する話




「っ……!」
 衝撃を交差した腕で受け止め、両足で何とかその場に踏み留まろうと試みる。だが勢いは止められず、あえなく地面から足が離れ後方へ吹き飛ばされたロナルドは、激しい音を立てて壁に背中から叩きつけられた。幸いにも何故か大したダメージはない。崩れてきた瓦礫を退かしながら這い出て、再び立ち上がって周囲を見回した。
「ロナルド君! 大丈夫かね!?」
「平気だ! いいからどっか隠れてろ!」
 土埃で汚れたふざけた衣装を手で払いながら立ち上がり、傍に寄ってきた同じくおかしな衣装のドラルクを後ろに下がらせる。
「あーっクソ! 何なんだこの服、ヒラヒラして戦いづれぇ!」
「その服より君の下着の方が派手だがな」
「殺す!」
 リボンやフリルが施された衣装を身につけたロナルドはもう何度目になるか分からない地団駄を踏み、周囲に散らばる瓦礫の破片を蹴たぐった。
「でも全裸よりマシじゃない?」
「そうだけど! そうじゃねえだろ!」
 隠れていろと言ったにも関わらずジョンを抱えたドラルクが呑気に横からそんなことを宣うので、ロナルドはつい肯定しそうになってもう一度拳を振るった。そんなドラルクも、その痩躯はロナルドと似たり寄ったりの格好になっており、しかもやたら高いヒールで危なげなく立っている。妙に器用なところがあるので、それでそこそこ走ることも出来るらしかった。ならばさっさとどこぞへ隠れて欲しかった、——あれが、来る前に。
「アイツ、一体……
「あっ! 生きてる! なぁなぁ、やっぱりお前も死ねないのか?」
「っ!」
 ロナルドの怒声に負けず劣らずの声量で、姿を現した存在に二人は慌てて視線を向けた。
 ロナルドらとはまた違った、黒を基調としたやたら露出度の高い衣装に身を包んだ男の笑い声が辺りに響き渡る。
「なぁ、俺! もっと遊ぼうぜ! 最近鈍って仕方なかったんだ!」
 銀髪に赤い双眸。何故か体にぴったりと沿う胸元の大きく開いた上衣とホットパンツ。それらをなんの恥ずかしげもなく着こなすその男の顔。それは正しく、ロナルドと瓜二つ、と言うにはあまりに同じ造形をしていた。
「だから、お前なんなんだよ! 何で俺と同じ顔してやがる!」
「えっ? 俺か? 俺は……
 尋ねられた事に嬉しそうに顔を綻ばせ、何故か身に纏ってもいないマントを掲げるようなポーズをして見せながら、男は高らかに名乗りを上げた。
「俺の名はロナルド! 不死の王、吸血鬼ロナルド様だぜ!」
 どこからとも無く「ぱぱーん」と言う音が聞こえ、ロナルドは思わず拍子抜けして崩れ落ちそうになった。
 ロナルド達がこの衣装を身に纏ってからというもの、何故かこのような効果音がどこからとも無く聞こえてくるという奇怪な現象が起きていた。それに加えて、ロナルドとドラルクがそれぞれ一振ずつ手にしているステッキ。これも何故か、振るうと星やハートのエフェクトと「しゃららん」という効果音が出現する。百均のハエたたきよりはかなり丈夫なので今は重宝出来るが、一々おかしな演出が入るので気が散って仕方がない。
「やっぱりあの子もロナルド君なんだ。なんか最初の頃の君に似てるなぁ」
「似てねぇわ殺すぞ! いや顔は同じだけども! あんなお前みたいな恥ずかしい名乗りしてねぇ!」
「恥ずかしいとはなんだ、あれは我々吸血鬼の伝統的なポージングだぞ」
「うるせぇ! ていうか今そんなことどうでもいいんだよ! おいお前!」
「ん? なんだよ、俺」
「その返事の仕方違和感ねぇの!? 何で同じ顔を簡単に受け入れてんだお前!」
「ロナルド君、また話が逸れとるぞ」
「うるせーわかっとるわ!」
 ステッキをドラルクに向けて振り回し、星とハートと「しゃららん」という効果音とともにドラルクが塵と化す。
……このおかしな世界作ってるのはテメェの仕業か!」
「へ?」
 問われた吸血鬼のロナルドはきょとりと目を瞬く。そうして、辺りをゆっくりと見回し始めたかと思うと、あれ、あれ? と何度も呟いて、小首を傾げた。
……ここどこ? シンヨコじゃねぇの?」
「我が領地の新横浜では無さそうだがね。君も分からないのか」
「おい砂テメェ何ふざけ、」
……ていうか、お前、ドラ公か?」
「ん?」
 不意に意識を向けられたドラルクが、そうだが? と答えた瞬間、吸血鬼ロナルドの表情が一転して冷たいものに変化する。
「お前、何で、吸血鬼になってんだよ?」
「は? 何でも何も、私は真祖にして無敵の……
「おい黙っとけクソ砂」
 その変化に気が付いたロナルドが、ステッキを構え庇うようにして前に進み出たところでドラルクもようやく気がついたらしい。目の前の銀の吸血鬼が、およそ並々ならない気配を立ち上らせていることに。
「どこの誰に吸血鬼にされたんだ? 俺との約束、破ったのか?」
……一応俺からも言っとくが、この雑魚はずっと吸血鬼だったぞ」
「どうして勝手に吸血鬼になってんだよ」
「うわダメだ、全然聞こえてないぞあの子……てかめっちゃ怖いめっちゃ怖い! なになに!? 私なんかした!?」
 先程のどこかにこやかな雰囲気は完全に消し飛んでいた。背後でわぁわぁと騒ぎ立てるドラルクの相手も最早出来ないほど、隙の無い同じ顔をした男と対峙しながらロナルドは考える。
 どうやらこの事態は吸血鬼ロナルドの仕業という訳では無いらしい。だとすれば、今ここで、この馬鹿みたいな膂力の吸血鬼と対峙する必要も無い。さっさとジョンと、そのついでにドラルクを抱えて逃げた方がいい。ロナルドの直感が警告を鳴らし続けている。こいつは、間違いなく——めちゃくちゃに、強い。
「おい」
「っ!」
 たった一瞬、ドラルクらの方へ意識を向けた隙を不死の王とやらは見逃さなかったらしい。
 ロナルドは目端に残像を捉え、それが何かを判別する前に咄嗟にステッキを構えた。ガキッ、と鈍い音がして、柄で振り抜かれる前にその拳を受け止める。マヌケにも再び効果音が鳴り響いたが、それに構う余力などなかった。
「誰が、ドラ公を吸血鬼にしたんだ。教えろ」
「っつぅ……!」
 柄から伝わる衝撃で手が痺れ、力が抜けそうになる。その素早さと力は、明らかに度の越えたものだった。ミシミシと音を立てているのはステッキの方ではなく、吸血鬼の身体の方だ。タガが、外れている。自身の身体の損傷もお構い無しの打撃だが、恐らくはその損傷を上回るスピードで修復しているのだろう。それでもロナルドは何とかこの妙な身なりとステッキのお陰で、今度こそその打撃を受け止めきった。ちらと視線だけを後ろに向けると、驚きと恐怖でドラルクは塵と化していたが、泣いてそれをかき集めるジョンには怪我一つないようだった。だが、もう一撃を果たして捌き切れるだろうか。
 どうにかして、この瞳孔のかっ開いた規格外の吸血鬼の意識を逸らさなければ、恐らく後がない。
……おい!」
「ドラ公、何で俺に何も言わないで吸血鬼になったんだ」
「お前の言ってるドラ公って……

「ロナルド君!」

 空気をぴんと張り詰めさせるような、よく通る声が響き渡る。聞き覚えはあった。だが、ロナルドもごくごく稀にしか聞くことの無い、まるでその場を支配するような声の方へとつい視線を向けてしまう。月夜の下、その姿は月明かりを背負って逆光となりはっきりと視認することができない。
……ドラ公?」
 ロナルドは一瞬、それを自分が発した声かと錯覚したが、違う。ステッキを軋ませていた力がふっと消えて、ロナルドは前のめりに転びそうになった。顔を正面に向けると、同じ顔の吸血鬼の姿は消え去っていた。
……ドラ公、ジョン!?」
 慌てて後ろを振り向く。だがそこには復活してジョンを抱えているドラルクが立っているだけだった。そのドラルクも声がした方へと顔を向けて、何やら苦々しい顔をしている。ロナルドも再びそちらに顔を向けた。
「ドラ公! お前、俺のドラ公か?」
 吸血鬼のロナルドがその影の傍、というか、ほぼ抱き着いて騒いでいる姿がまず見えて、ロナルドは「えっ」と声を漏らした。そうして、月が翳ったところで「ドラ公」と呼ばれた男の姿がはっきりと見え始める。
 その姿は正しく、ロナルドの傍に居るドラルクと瓜二つだった。黒い制服のようなものに身を包んで、はしゃぐ吸血鬼のロナルドにぎゅうぎゅうと抱き締められて死にかけているが。
「お前どこいたんだよ! 探してたんだぜ!」
「待っ、ちょ、苦し……、ロナ、ロナルドく、ステイ、ステイ……!」
 漸くロナルドの腕が解かれたもう一人のドラルクは、一瞬だけロナルドらの方を一瞥して、直ぐにまた吸血鬼のロナルドに視線を戻した。
「探した、じゃない! 私が君を探してたんだ! なんっで一所にいられないのかね、いつも言ってるだろう! 迷子になったら動くなと!」
「え、だ、だって、お前弱っちいから、心配したんだぜ……
……君がどこにいようと、私だけが君を見つけられるんだから大人しくしていてくれ」
「ドラ公……!」
 何かが、おかしい。自分と同じ顔にまとも(?)に叱責(?)するドラルクの姿も、それに対して素直に頷く自分の姿も。同じ顔のやりとりを目の当たりにして混乱がピークに達し、ロナルドはついそのやりとりに見入ってしまった。
「さて、さっさと事を解決しよう。戻りたい訳では無いが、仕事も溜まってるからな」
「おう、わかった!」
……ああ、いや、その前に」
「え?」
「ロナルド君、あそこの吸血鬼と私を見間違えたのかね」
「は?」
「へ?」
 声を上げたのは吸血鬼のロナルドと、こちらのドラルクだった。隣を見ると「私?」と自分を指を差して訝しんでいる。
「ドラこ……んっ!」
「はぁ!?」
「えあ!?」
 次の瞬間、制服を着たドラルクが吸血鬼のロナルドを抱き寄せ、——キスをした。
 あまりの光景にロナルドの手からステッキが落ち、星とハートのエフェクトが散らばった。隣からは「ヌヒャー」というジョンの声が聞こえてくる。ロナルドらが呆然としていることを抜きにしても、随分と長い間二人は口付けを交わし、漸く離れたかと思うと見つめあって何事かを話し始めた。
「んっ、は、あ……ど、どらこぉ……
「私の匂い、思い出した?」
「ぅ、ん……まだ、かも……
「じゃあ戻ったら二度と忘れられないくらい、教えこんであげるよ」
「うん……
「ストップ! ストーップ!」
 そんな最中で場の空気をぶち壊すような大声を発したのはドラルクだ。ジョンを掲げて叫ぶドラルクの声に、ロナルドも気を取り戻すことができた。だが今正に直面し目に焼き付いたものは、容易には拭うことは出来そうもない。ここは一先ず口の回るドラルクに任せるしか無さそうだ。恐らく、あの制服のドラルクはここで起きていることの原因を知っている。放っておけばひたすらイチャつきかねない雰囲気を、なんとか引き戻してもらわなければ。
「そこの私に似てなくもないお前! なぁに他人をダシにしてイチャついてんだ! マジで君らなんなんだ! こっちは若造が五歳児過ぎてまだキスだってさせて貰えてないんですけど! ふざけるな羨まブェーー!」
「ななななな何言ってんだぶっ殺すぞ砂!」
「ヌー!」
 余計なことを言い出したドラルクに拳を振るったが、やけに再生速度が早い。頭を先に再生させたドラルクが再び口を開いた。
「何がどうなっとるかは分からんがあんなもん見せつけられて悔しくないのか君! 私はめちゃくちゃ悔しい! 自分と同じ顔が、君と同じ顔のことメロメロにしてるのムカつく! 私も君のことメロメロにブァーーっ!」
「バカバカバカバーカ!」
 半ばパニックになりながら塵と化したドラルクを更に殴打し続け殺しまくる。実のところ、つい一週間前にこの死に続ける吸血鬼と告白等のやりとりを終えたばかりのロナルドにとってはあまりにも刺激が強すぎた。
「待っぐぁ、ロナっぶぁ」
「黙れ黙れバカバカバカバカバ……!」
 不意にその手が掴まれ止められる。振り向くと、吸血鬼のロナルドが手首を掴んでおり、覗き込むように身をかがめていた。その後ろに制服姿のドラルクも腰に手を当ててこちらを見ている。
「な、何を……?」
 二人の顔を見ると、見慣れた筈のものだと言うのに先程の光景がまたまざまざと脳裏に浮かんでロナルドの顔に熱が集まる。今後鏡を見るなりドラルクを直視するなりした時に、どうなってしまうのか。だが傍に寄ってきた吸血鬼のロナルドはそんなロナルドの様子を意に介さず、塵と化したドラルクへやけにキラキラとした眼差しを向けた。
「お前のドラ公すげぇな! 死んで蘇れるのか?」
「おおおお!?おお、俺のって言うかコイツはそういうのじゃなくてあの」
「おいロナルド君、触るんじゃないぞ」
「他人をばっちいものみたいに言うな」
 ぞろぞろと散らばっていた塵が集まり再生するドラルクの姿に、吸血鬼のロナルドが「おおーっすげぇー!」と歓声を上げると、制服のドラルクがあからさまに不機嫌な顔で舌打ちをする。同じ顔をしていても、どこかこちらのドラルクは纏う雰囲気が違った。それは、ロナルドの姿をしたこのやけに幼げな吸血鬼にも言えることだが。
 その上もう一人の自分の不機嫌さを読み取ったドラルクが、これみよがしに畏怖されたことを薄い胸板を貼って誇らしげにするので、制服姿のドラルクが再び鋭く「ロナルド君」と呼びよせた。ロナルドも何となく苛立ったので、もう一度ドラルクを殺しておいた。
「無為な時間の消費は避けたい。手短に行こう」
「いやどう考えてもお前らがイチャついて無為な時間消費してただろうが」
「私はダンピールでね」
「ダンピール?」
「そう。それもめちゃくちゃ優秀だ」
「すっげー貧弱だけどな!」
 ドラルクの言葉を無視して話を進める制服のドラルクが視線をこちらに向けたので、ロナルドは少し気が引けつつもよくよく見ると、確かに小さな瞳孔が鈍い金の色であることがわかった。確かに、ダンピールの代表的な特徴だ。
「気配から察するに、ここはどうやら吸血鬼が作った空間らしい。私達の住む場所とも、恐らく君たちがいる場所とも異なる空間だ。そして、恐らくこの空間は脱出条件がある類のものだろう」
「脱出条件って?」
「まだ分からん。しかし、今我々が身につけている衣装で、何となく察しがつく」
「衣装? ……うわ!? なんで俺こんな格好してんだ」
「今気がついたの!?」
 吸血鬼のロナルドが自分の格好を見下ろして驚愕する。同じ顔が吸血鬼になるとここまで頭がポンチになるのかと思うと、ロナルドは軽い頭痛を覚え始めた。
「ふむ、魔法少女ものかね」
「魔法少女もの!?」
「そうだ」
「そうだ、じゃねぇよ!」
 ツッコミがそろそろ追いつきそうもない状況ではあったが、何故かどちらのドラルクも理解が及んでいるらしい。ロナルドはもう一度自分とドラルク格好を見て、まぁ確かに幼い頃に妹と日曜の朝に見ていたアニメ番組に出ていたキャラクターたちのものと似通っているかもしれない、とは思う。だが、それが何を意味するのかまでは分からない。
「そして私たちの方は悪役側だ。つまり私達と君たちは敵同士、という設定だろう。ここから考えられることは……
「魔法少女ものらしいストーリーのセオリーを踏みながら脱出条件をクリアする、かね?」
「そういうことだ」
「いや、どういうことだよ……
 何故そんな推測が立つのか全く分からないが、ドラルク同士がうんうんと頷き合う。事態が飲めないロナルド達は首を傾げるしかなかったが、不意に吸血鬼のロナルドがパッと顔をあげた。
「じゃあ、また退治人の俺と遊んでいいのか!?」
「はぁ!?」
「いいや、それはまた今度だよ」
 そう言って、パチンと指を弾いて鳴らした制服のドラルクのすぐ真横に、背丈を大きく超える真っ黒な渦巻く穴が出現する。ロナルドは見覚えのあるそれに「ヒィ!」と声を上げ、ついドラルクの背後に隠れたがそこから馴染みの編集者が出てくることは無かった。
「なになになに!? それ何ドラ公!? かっけぇ! 凄ぇ!」
「ふっ、この世界で私に付与された能力だ。任意の場所への移動に使えるらしくてね。持って帰りたいくらいだよ」
「運動不足に拍車がかかるな!」
 キラキラした視線を引き戻すことが出来たことに惜しげも無くドヤ顔を披露するダンピールは、傍によってきた吸血鬼を再び抱き寄せながら亜空間ホールの方へと足を向けた。
「今日のところはここまでだ、覚えているがいい」
「今日のところ!? おい、この能力使ってる吸血鬼の場所は……
「ロナルド君」
 肩を叩かれて振り向くと、ドラルクが首を横に振っている。何故か物知り顔なのが無性に腹立たしく殴りたかった。そうこうしている間にホールは収縮し始めている。
「そちらはそちらで精々頑張ってくれたまえよ」
 そんな捨て台詞を吐き捨てて、黒衣を纏ったドラルクとロナルドが姿を消そうとしていた。


……あっ、ドラ公! どこ触って……んっ、やだっ、すけべっ……!」


「ナニしてんだーー!」
 消え際に聞こえた妙な声に、ロナルドは意味も分からず怒号を上げ、傍にいたドラルクを殴りまくったのだった。


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