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つぶ
2024-03-21 02:55:46
2327文字
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いびつなきらめき
王獄 / og1w_tb - 09
鍵を外し扉を開け、すぐ目に入ったのは一冊のノートだった。いつ侵入しても整頓されている彼の自室では珍しく、机の上に無造作に置かれている。それは、明確な違和感だったのだ。
鼻歌交じりに近付いていけばそのノートの正体が分かる。
「
……
こん虫ずかん?」
虫の文字だけ漢字で書かれたそのノートの題名は、どこから見ても子供の手書きで。なのにその下にクレヨンで描かれた様々な節足動物のリアルさは、本当の図鑑顔負けの正確なスケッチだ。取り上げ、ひっくり返して裏面を見れば「4かん」とまたしても手書きで書いてある。なるほど、これはお手製のこん虫ずかんで、おそらくどこかにある全集の内の一部なのだろう。
「ふうん。超高校級の昆虫博士の軌跡って奴かな? 世にも貴重な重要資料じゃん」
自分の持つ才能を伸ばせと煩いこの学園のことだ、成長に繋がるものなら何でも使えというような指導があったのかも知れない。無感動に考えつつもノートを開いてみる。
「っ、
――
」
飛び込んできた情報に、息を呑んだ。その内容に目を見張る。
よく描き込まれ、且つ無駄のないスケッチに、分かりやすく説明された生物学的知識と、綺麗な筆跡。
……
その周りを囲うように様々な方向から引かれた色鉛筆の矢印、添えられた「ゴン太がカッコイイと思うところ」ポイントの字体だけは妙に拙く、子供らしい。そのチグハグな不格好さに、本気で驚いてしまったためだ。
「
……
くくっ。へぇ~?」
驚きはすぐに興味に移り、そして興味は好奇心へと変わっていった。ぱらぱらとページをめくった限りで、どのスケッチにもポイントが添えられているようだ。その一つひとつを読んでいくと、どうやら色鉛筆の色によってポイントを区別しているらしい。
赤の色はカッコいいところ、青の色はキレイなところ、金の色は観察するときにいちばん見て欲しいところ。
緑の線は忘れたくないこと、紫の線は教えてくれたこと。
「教えてくれたこと?」
ベッドに寝そべり、仰向けになったところで出て来た言葉に首をひねる。教えたいことならまだ分かる。こん虫ずかんと謳っているのだから、読者に向けて発信したい知識などのことだろう。
……
教えてくれた、ということは、筆者が何者かに言われた、ということだ、
……
。
「ああ
……
こいつらから、ってことか 」
納得して呟く。簡単な話だ、姿を描き写しながら教えてもらったんだろう。
……
ここにいる節足動物たちに。
世にも貴重な重要資料というのはあながち嘘でもなかったようだ。その内容も様々で、ここまで来た方法や、自分の一番強いところや、つがいの話、匂いの話、見える世界の話、
……
今、会話をしている相手の話など、一般に流通している図鑑では到底知る事の出来ない情報が盛り沢山だった。実際問題、著者のことを知らない者が読んだら、信じることなど出来ないような。妄想と思われても仕方ない。そう、つまりこれらは、
「うっそくさ!」
嘘にまみれた図鑑、と言っても、過言ではない。
吐き捨てた自身の言葉に、好奇心から愛着に移った感情が乗っているのを、王馬はしっかりと認識していた。
ベッドに転がしていた身体を起こし、机の引き出し、上から二段目に手を掛け、彼がいつも仕舞っている万年筆を取り出す。色とりどりの説明文たち、その中の紫色の一言の隣に、紺色の文字を書き添える。
「全く、こんなどうしようもない嘘を書くなんて、こん虫ずかんとしては失敗作だね」
わざとらしくため息を吐き、ゆったりと口角を持ち上げる。王馬は今、自分の目尻がどうなっているのか、図鑑に落とす視線がどんな温度なのか、さらさらと走る文章がどれだけ踊っているのか、ちゃんと分かっている。ちゃんと理解している。
理解される日が来ると、期待している。だから次々と紺色の文字を残していく。
書きながら考える。妄想は良い。この行為もさながら、妄想染みている。
「にしし。あいつ、これを見たら」
驚くだろうか。
怒るだろうか。
笑うだろうか。
笑って、そして。
「ずかんが台無しだって、見たことない顔で叫んだりしないかな」
名前を呼ぶだろう。やや大きめに、少し困ったように。
彼の中で一番強く残るであろう感情でもって、振り返るのだ。
もう、王馬君、どうしてこんなことするの、
……
。
最後のページに紺色を添えた後、その図鑑をぱたんと閉じ、仰向けに寝転がる。
妄想の続きをすることにした。
この図鑑は一体何冊あるのだろう。これは4巻と書かれていたが、確実に存在しているはずの3冊はどこにあるのだろう。瞼を閉じた暗闇の中、候補をつらつらと思い浮かべながらひっそりと笑みを零す。
この自室のどこか? 研究教室? 背広の内ポケット? 草むらの中?
自分がまだ訪れたことのない、彼の大切で重要な場所?
気分は一貫して高揚している。今、自分の隣に放った一冊のノートに、答えは全て載せておいた。胸の内でいびつに広がり続けるこの感情を、紺色の文字に変えて書き写したのだ。まるでそれは、正確なスケッチのように。綺麗に正しくいびつをなぞり、その全てをありのままに記した。
彼の中の、一番強く残る感情になるようにと。
「他のを見付けたら、その時は
……
」
ひときわ輝く歪みになるようにと、それだけを願いながら、王馬は近付いてくる大きな足音を聞いていた。
「もっと沢山、文句を付けてやらないとな」
「
……
あれ? ドアの鍵が、開いてる?」
「にしし! おいゴン太、
……
」
王馬は元気よく起き上がり、傍らのノートを取り上げ、開くドアのほうへと駆け寄っていく。
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