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つぶ
2023-03-13 04:25:23
3252文字
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手に入らない宝石の話
王獄 / 数えきれないほどたくさんのうちの、ひとつ。
ゴン太を祝いたい気持ちが爆発して一気に仕上げちゃった…君の良いところなら幾らでも言えちゃうよ。
放課後の喧騒の中でも思い付くものは沢山あった。馬鹿そうに真っ直ぐ見つめる二つの瞳、不器用な手のひら、回転の遅い脳みそ、愚直な姿勢。つたない言葉の端々から伝わる性根の単純さと、呆れるほど変わらない性格の直線っぷり、思考の突飛さ、捉え方の単調さ、など。
「あのね。ゴン太、なんにも要らないよ。ゴン太を祝ってくれる、その気持ちだけで嬉しいんだ。
……
王馬君、いつも、本当にありがとう」
そう言って嬉しそうに口角を上げる、その時にちらと見える八重歯を視界に収めながら、王馬の思考は続いてく。
笑うと急にあどけなく崩れる目尻のことや、指先に甲虫を乗せる時の優しさのこと、伏せる視線の柔らかさのこと。何かの欠点を欠点だと決められない甘さと、何かの美点をその美点以上に大げさに持ち上げ好んでしまう偏りのことまで。ただ黙々と、淡々と、言葉にはせずに脳内だけで組み立てている。
頭には幾らでも浮かんでくるし、王馬はその感情の全て、揺らぎの全てを言葉に出来た。余すところなく表現出来るし、それを効率よく、より効果的に演出するのなんて赤子の手をひねるより簡単だ。なんなら今すぐ、この教室で、クラスメイト全員を巻き込んで、披露しても良い。
どんな虚像でも実像にしてみせる。
望むなら、好きに出来る。
好きにさせるし、嫌いだったとしても好きになる。これはもうすでに決まっている未来の話で、実在する才能の話だった。
……
けれど獄原が望まないのなら、これらの思いが言葉になることはないのだろう。溢れる感情が演出されることはないのだろう。勿体ない、とため息が出るのも仕方のないことだった。
「ゴン太はさぁ。つくづく、オレの使い方が下手だよねー」
「えっ? 王馬君の、つ、使い方?」
「勿体ないよ、本当にさあ! いつか絶対に後悔するよ! なんにも要らない、なんて言ったこと」
後悔させてやろう。と、この時すでに決めていた。
獄原の机に両手をつく。そうして王馬は彼の瞳を覗き込む。赤い光がきらとまたたいて、純粋に綺麗だ、そう思う。どこか気まずそうに机の上で握り締められた大きな拳に視線を落とす。きらきらと光るのは自分にだけ作用している現象だと、正しく理解した。これがオレの中の現実なんだと、改めて認識する。
だからこそ後悔させてやろう。この瞳が光っている、そう思えるうちは、言葉を溜め込んでおこうと決めた。
「ご、ゴン太は、王馬君を利用するようなことはしないよ!」
「したら良いのに。オレだってゴン太を利用してるんだからさ」
「えっ!? 王馬君、ゴン太を利用しているの!?」
「そりゃあ、もちろん。人間関係ってそういうものでしょ?」
利用したら良い。この世の全て、人間関係、欠点も、美点も、ゴン太が好きなものも、ゴン太が嫌いなものも。
ゴン太を好きなものも。ゴン太を嫌いなものも。
利用出来るものは幾らでも、利用出来ない事態、変えがたい事実すら利用して、
「オレの正しい使い方、オレが教えてあげようか?」
そうして、オレを手に入れたら良い。
そういう願望が、たしかに王馬の中にある。
「
……
え、っと
……
」
教室の喧騒は徐々に引いていた。
「
…………
ええと」
一番後ろ、真ん中の列、獄原の座る席には長く伸びた夕暮れが、彼をオレンジ色に染め上げている。
「
……
。
……
う、うーん
……
」
王馬は自信を押し付けるような強い眼光でいっそう詰め寄る。より困り果てた表情でこちらを見つめるまなざしが、いつか、後悔に染まる日を想像すると今にも踊り出したい気分になる。それでもこいつは責め立てるようなことはしないんだろう。笑って許すに決まってる。その笑顔に乗る感情が、怒りか、悲しみか、諦めか、ただの自嘲なのか。どれになろうともきっとその瞳は変わらず輝いているに違いない。
こいつの扱いは簡単だ。これからほどなくして変えてしまう。王馬は、変えてしまったものが欲しかった。
「それって、プレゼントになる、
……
の、かな」
しん、とする。
さわさわと聞こえていたクラスメイトの声が急速に遠ざかる。その一言で、あたりが急に明るくなる。
頭に思い描いている計画の流れが止まる感覚。不自然に取られた余白のような、間。
「
……
オレからの、ゴン太へのプレゼント、ってこと?」
「うん
……
あ、あの
……
」
どこか迷っている素振りで外される視線、その瞳にかかる睫毛の影を見下ろしながら、ああ、どこかが変わっていく、と冷静な思考が呟いていた。
「王馬君の、つ、使い方? を、
……
ゴン太が特別に教えてもらえるなら、それは」
単純なことしか言わない口が、ほんの少しだけ持ち上げられる。
「嬉しいなって
……
思うんだ」
あどけなく崩れる目尻に、本当に嬉しそうに見上げる姿に、今、自分がどういう表情をしているのか、一瞬だけ分からなくなる。
「ふーん
……
」
よくよく知っているはずの光が、今まで見たことのない期待に染まってこちらの顔を映していた。それを見て、王馬はようやく理解した。
自分が、至極身勝手な理由で安堵していることに。
まるで年頃の高校生だ。一体誰が? 不用意に相槌なんかして。
嬉しいのはお前のほうなんじゃん。どこのどいつが? 冗談じゃない。
けれどこれは、事実だった。
ならば王馬にはその事実を、利用することが出来るはずだった。
「
……
そう。そう、そうだよ」
「え?」
「上手いじゃん! やるなーゴン太、初めての割には上出来だよ!」
「え? え? なにが
……
」
獄原の戸惑う視線が浴びせられる。王馬はその瞳が好きだった。
またたき、ゆらいで、ひらめいて、ゆっくり理解していく過程が好きだった。
「オレの正しい使い方だよ」
「王馬君の
……
?」
称賛を込めて両腕を広げる。王馬はにこやかに微笑みながら、言葉を続ける。
「特別っていう言葉を使って、オレを喜ばせて、オレのほうから使い方を提案するよう引き出した。そういうことでしょ?」
「
……
。
……
ええっ! いや、ゴン太は、!」
「あははは!」
思いがけず大きな笑い声が出る。実際王馬は心の底から楽しんでいた。
「うん、うん。つまらなくないよ、そういう事なら」
喜んでお前を利用してあげる。
「喜んで使い方を教えてあげる」
いまだに動揺して揺らいだままの獄原の両目に、ほんの少しの理解が浮かぶ。良いの、と呟く声には嬉しさが滲んでいて、王馬はそういうところを利用したいと思っていた。変えてしまいたいと思っていた。手に入れてしまいたいと思っていた。
「オレを正しく使うなら」
獄原の机に浅く腰掛けて、右手を彼の髪へと伸ばす。くるくると指先でいじりながら、王馬はゆっくり口を開く。
「まずは嘘を好きになること」
「え、嘘を
……
?」
「オレは嘘つきは嫌いだけどさ。嘘を好きな奴は、好きだよ」
「
……
。
……
うーんと
……
ど、どういうこと?」
見上げる瞳に差していた理解がどんどん曇っていくのを眺めながら、王馬は考える。
お前ってさ。
「もー、鈍いなあゴン太。そんなんじゃいつまで経っても正しくオレを使えないよ?」
「う、うぅ
……
ごめんね」
扱うのはすげぇ簡単なのに、いっつも思い描いた通りにはならないよね。
でもオレは優しいからさ。お前が望んでくれるうちは、お前をちゃんと利用してあげる。
「ゴン太、もっと頑張るよ」
頑張って、オレを手に入れたら。
「本当だよー。紳士ならこれくらいやってみろっての」
教えてあげる。お前が聞かなきゃよかったって後悔するくらいの、ね。
王馬は獄原の額を指で弾く。いたいよ、うそつけ、そういうやり取りを、ちゃんと胸に溜め込んでいる。
手に入らない宝石を、躍起になって追いかけている。
「ねえ、他にはある?」
「
……
もちろん。オレを使うなら、次は
……
」
だから王馬はこの瞬間、正しく恋をしていたのだ。
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