つぶ
2022-11-13 21:43:17
1712文字
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駆け引き上手

王獄 / 自我とのだらだらおしゃべり



 そういう空気を察知する瞬間を見たくて、わざと分かりやすくしているというのは、まあ、ある。あの悪名高い王馬小吉といえど、いつだって奇想天外な予想外を求めているわけではないんだから。
 という自分の感情に気付いたのは、最近になってのことだったけれど。
 つるりとしていて掴みにくい、サテンの生地をくいと引く。枕を抱き締めている腕がそれに気付いて力が緩められた。持ち上がった顔がこっちを見下ろす。
「うん? ……どうしたの」
 よく見るようになった表情で、ゴン太が呟く。
 シーツの上に転がる駄菓子のおまけと、食べかけのチョコレートスナックと、包み紙。まったくオレたちに誂え向きだと王馬なんかは考えるのだが、それをゴン太に言ったところで共感はされないだろうなとも思う。このサテンのパジャマだって王馬にはよく分からないが、彼にとっては大切な線引きらしかった。
 だからこそ、その袖を引いてから目を合わせる。
 肝心なのは言葉にしないことだ。
「ついてる、口の端」
「え?」
「ポテチのカス」
「ええっ、本当?」
「む、心外だなー。んなつまんない嘘付かないよ」
 もちろん嘘だ。
 嘘には楽しいものしかないから、つまんない嘘、というのが、嘘。
 なにもついていない綺麗な顔に手のひらをあてるゴン太を見上げて、にたり、と口角を持ち上げる。
「にしし、だっさいなぁ。紳士のくせにさ」
「うぅ……そうだよね。紳士は口の端にお菓子を付けたりしないんだ」
 枕に顎を乗せて俯き、落ち込む仕草だって、紳士はやらないような気がするけれど。
「まぁ紳士じゃないならちょうど良かった」
 更に、袖を引く。肝心なのは、
「え、……王馬君?」
 言葉にしないこと。
 よくよくは見ない表情になって、ゴン太が薄く開いていた唇を、閉じた。
 体温と空気のぬるさが広がる。暗い部屋に落ちる小さな沈黙。それっぽい雰囲気だ、ゴン太がそう思っているかは分からないけど。これも、ちゃんと嘘だけど。
「あの、」
 湿っぽくなってる指先の汗がすこし気になる。サテンの生地にシミを作りそうだなあとか、本当にどうしてこんなの着るようになったんだか、とか。
「う、」
「なんだ……もう寝ちゃうの?」
 枕で見えなくなったこいつの今の表情が、どう考えても、とか。
「ね、ゴン太」
 言葉にはしない。さっきからどんな表情をしているか、頭で浮かべないようにしていることもそうだ。あの悪名高い王馬小吉が一般社会の一般市民の一般思考が最初に辿り着くことをしているのだから、天変地異ぐらい起きても良いかもしれない。むしろそうじゃないとおかしいが、実際には夜は静かなままでゴン太の察した表情を隠している。
 まあ、知ってるけど。
「つまんないのー。紳士じゃないゴン太が歯も磨かないで寝るってんならオレは歯も磨いてベッドの上も片付けて寝てやる! 悪の総統はやめて正義の紳士になってやるからな!」
………………うそつき」
「はぁ?」
 勿体ないから教えてやらない。
 誰にも、思考にも。今ここで見ているオレだけが知ってる、ってやつ。
「寝る、なんて。知ってるもん、ゴン太」
 笑えてくる。王馬は自嘲気味に肩を竦めた、だって。最悪なくらいだっさいよなぁ。
「なにを?」
……その、目」
 枕からすこし顔を上げたゴン太が、涙を溜めた不満そうな瞳でこっちを睨んだ。目尻と鼻先を赤くして、噛み締めた下唇を少し濡らして。
 あ。……あーあ。まぁいいか。
「ゴン太が寝ちゃうって、すこしも思ってないんでしょう」
「えー、すごいねゴン太! オレの考えていることが分かるんだ?」
「考えていることは、分からないけど……
 顔を寄せても抵抗が無いから、ださくて迂闊な自分のことも許してあげることにした。
「したいことは、すこしは、分かるよ」
 こいつとんでもないこと言うよなぁ。
 困ったみたいに眉を下げるくせに、くすぐったそうに笑うゴン太。それを真正面から食らってしまい、あの普通で有名な王馬小吉が心の底から驚いている。
 ざまあないよね。嘲笑しながら、王馬は自嘲気味に肩を竦めた。