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つぶ
2022-03-16 02:09:07
2730文字
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ぼうあく
王獄 / og1w_tb - 07
(⇔おんじゅう)
夜中に目覚める時の恐怖について、誰かに話したことは無い。
「
……
ッ、ハ、!
……
ぁ、
……
」
眠りから無理やり引き剥がされる感覚だった。汗ばみ、熱い全身と、浅い呼吸、ぼやけた視界、瞼の裏の夢の跡。そういう風に目覚める時は決まって深夜で、いつだって、その夢の光景が思い出せない。散り散りになってばらばらになって、思い出せないけれどたしかに見ていた。そして、思い出してはいけない夢だと、それだけははっきり分かっていた。
「
……
は、は、
……
」
毛布の中、胸の前で固く握り締めていた両手を視界に入るまで持ち上げる。震える拳は頼りない。誰よりも大きいはずなのに、今はやけにちっぽけに見える。身体じゅうが熱いのに、指先だけは冷え切っている。
恐怖だ。
きっとこの拳は、思い出せない夢そのもの。
だからこれが、恐怖なんだ。
……
という確信を、誰かに話したことは無い、けれど。
「
…………
――
。はぁ
……
」
冷たい拳を額につけ、目を閉じる。もう一度眠れれば良いのだけれど、こんな夜に眠れた試しがなかった。それはよくよく知っている。
もう何度も、こんな夜を迎えているから。
「ゴン太は
……
」
か細く頼りない声が漏れる。
いつも、いつも思うことだ。煩い動悸に隠れるようにして胸の奥に巣食う恐怖に、いつまでも打ち勝てない自分にうんざりしていた。
「自分が、
……
情けないよ
……
」
――
森から戻り、本当の家族の元で生活を始め、会話が出来る頃にその夢はやってきた。
最初はほんの少しの痙攣で。変な夢を見た気がする、疲れていたのかな、そう思う程度の症状で。“友達”と話した内容を家族に語った夜、皆に誇れる自分になりたいと思った夜、紳士を目指すことに決めた夜、と、日々を重ねるごとに夢が、
……
恐怖が、変わっていった。より恐ろしく、より冷たく、目覚めた時の自分が心底怯えるほどに、変容していったことだけは分かっていて。
……
そうだ。自分はその恐怖に怯えている。
日に日に重くなる自身の症状に、ひとつも覚えていない夢の光景に、その内容に、
……
いつか、真正面から向き合う日が来ることに、怯えているんだ。
情けなくって、仕方がない。
「こんなことじゃあ、いつまで経っても」
「お前ってホントにバカだよね」
「っ、え、!?」
突然はっきりと告げられた。荒々しい衣擦れに慌てて瞼を開き、ハッとする。何かが視界を暗くしている。持ち上げられた毛布の先、暗闇の中で輪郭がうっすらと浮かび上がって、そっか、今日ってひとりじゃなくて、
「あ、ぇ、おうまく
……
」
見上げながら呟いた言葉は途中で途切れていた。上半身を僅かに起こしてこちらを見下ろす彼は、
……
いや、見下ろしてはいなかった。
というか、瞼は完全に閉じている。
「
……
おうまくん
……
?」
眉間に浅くしわを寄せている彼はようやく、不安げに呼ぶ声にうっすらと瞼を開く。本当に、うっすらと、開いているんだか開いていないんだか分からないほどの細さで、多分、目が合った。
「あのさぁー
……
」
間延びした声と傾く頭、ゆるゆるとベッドに沈んでいく身体を見ながら、すっかり震えの止まっている拳を動揺しながらもぎゅうと握り締める。
「それって全部嘘なんだよね」
「は、
……
え?」
唐突な発言に今度はこっちの眉間にしわが寄る。彼は枕を引き寄せて、なにか納得している様子で頷いている。
「海底探検の時にも言ったと思うけど、敵を騙すにはまず味方から、って言うでしょ」
「う、うん、
……
うん?」
二人でそんなことしたことあったかな、でも王馬君が言うならそうなのかな。考えながら見つめる彼は枕に顔を埋め満足そうに息を吐いている。その瞳は、やっぱりどう見ても閉じている。
「だからそもそもの話、追手なんていなくてさぁ」
「うん
……
」
「お宝があるっている話も嘘で
……
」
「うん」
あれ、これって。もしかして、王馬君って。
拳を開き、指先で口元を押さえる。彼の声はどんどんふやけていく。
「オレたちがトレジャーハンターだっていうのも
……
嘘なわけ
……
」
いつの間にか、動悸は落ち着いていた。
「
……
ふふ。うん」
彼の話に耳を傾ける内に、とうとう少しだけ噴き出してしまう。だってあまりにもきっぱりと言うのだ。どう見たって瞼を閉じていて、きっと、全てが寝言なのに。
滑稽だと思ったわけじゃあない。彼の話を信じていない訳でも。むしろ、何ていうか、
……
詰めていた息をようやく吐き出せたと、安心するような心持ちで笑ったのだと思う。
「まんまとオレに騙されちゃってさ
……
ゴン太はほんとバカだよねー
……
」
「うん
……
そうだね。ゴン太は、バカだ
……
」
きっちりと瞼を閉じてふにゃふにゃと口角を上げるその表情に、安心しているなんておかしな話だ。
胸の奥に注がれていく暖かさが優しくて、それが痛くて泣きそうなんて、
……
馬鹿げた話に違いない。
「全部嘘なんだよ
……
夢なんか、全部さぁ
……
」
それきり彼が寝言を呟くことはなく、そっと近付いて窺うと、規則正しい寝息が聞こえてきた。身体を戻し、はだけた毛布を彼に掛け直して、自分も肩の上まで潜り込み、息をはく。
「
……
そっか
……
」
細く、細く息をはいて、瞼を閉じる。
静かな暗闇だった。
思い出せない夢のことを、恐怖のことを、
……
彼は、全部嘘だと言う。
彼が言うならそうなのだろう。そんなものあるわけがない、存在しない、お前だけが見ている幻覚だと言われるよりもよっぽど心の軽くなる言葉だった。もう何度もあんな夜を迎えていて、誰にも話すことなど出来なくて、無くなって欲しい、消えて欲しい、跡形も無く記憶も無くして、と、心のどこかでは願っていたのに。
「ゴン太は、嘘の夢を見ていたんだね」
その寝言で、たしかにここにある恐怖が無くなるわけではない。
きっとこれからも遭遇するのだとは、思う。
けれどこれからは怯えずに向き合うことが出来る。そういう確信があって、安堵があった。ひとりきりだった世界に彼が訪ねて来てくれたような気分だった。覚えてなんていないのに、彼があの夢の中までやって来てくれた、ような。
……
ああ、そっか。ようやく分かった。
「王馬君の言葉は、不思議だね
……
」
見付けて欲しかった。
ゴン太は誰かに、見付けて欲しかったんだ。
彼がゆっくりと身じろぎする気配がする。その拍子に彼の右手が、こつん、と左手にぶつかった。
いつもは自分より冷えている指が、今はずっとずっと温かくて、それがなんだか、
……
頼もしく感じた。
「王馬君。
……
ねぇ、もう朝だよ」
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