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つぶ
2022-01-21 03:11:46
1777文字
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おんじゅう
王獄 / og1w_tb - 06
(⇔ぼうあく)
起こされることは嫌いじゃない。暗い瞼の裏、そこに少しずつ光が差し込む感覚、朝特有の澄んだ匂いと静かな空気、人の気配。深い寝息に気を遣い、物音を立てないようにベッドから抜け出す傍らの温もりがそろそろと動く様を想像すると面白い。寝返りを打ってシーツに残る熱を探る。
「
……
!
……
王馬君?」
起きてるの、と尋ねる声は独り言じみていた。しばらくひっそりと時間が流れて、小さく息をついた気配はまたそろそろと動き出す。
カチャ、パタン。クローゼットを開く音に、する、と滑らかな生地を撫でる音。スラックスを穿いているのだろう、僅かな衣擦れに瞼の裏で輪郭が浮かぶ。ハンガーからシャツを引き抜き袖を通す後ろ姿をもう何度も盗み見ている。もう何度も、こんな朝を迎えている。
ボタンを留めて、ベルトを通す。緩慢な動きと控えめな金属音の後にいつもの静寂。ベッドに転がったままの存在を気にしているのだ。向けられる視線はきっと焦りに揺れている。それでも深く呼吸を繰り返すばかりだと、コツコツ、部屋に響く秒針の音が妙に無機質に感じられる。
「
……
うーん
……
」
思案する声は、真剣に悩んでいた。
もう一度寝返りを打つ。今度は朝の光が瞼の裏まで届いてくる。ちりちりと、とても細い針先で刺すかのようなむず痒さがいつも嫌いだった。陽射しが爽やかなものだと決め付けた奴を目の前まで引っ張ってきて、その理由を問い詰めたい位には嫌いなもののひとつだった。逃げるように顔をシーツに押し付ける。この部屋のベッドはいつも、日向の匂いと草っぱらの匂いがしている。
「王馬君、」
寝返りを打った背後から、小さな、本当に小さくひそめられた、不安げに揺れる声が聞こえてくる。
そもそも寝起きが悪いほうではない。陽射しは嫌いだったが、低血圧ということもないし、なんなら目覚ましなど使わない。夢を見る事も少なくて、目を閉じて、また目を開けば、それがもう起床のタイミングだ。誰に起こされることもなく、そこに不便を感じないまま、ずっと、ただ過ごしてきた。
「王馬君、ねぇ、もう朝だよ」
小さく、優しく、胸の中までゆっくり浸透していくような、声がしている。
横向きに寝ている身体に触れられる。左肩を包む指先はそれでもやはり控えめで、揺すりすらしないのだから本当に起こす気があるのかいつも不思議だ。ぎゅう、と軽く握られて、もう一度名前が呟かれる。声はもう耳元まで迫っている。
「起きて、王馬君
……
」
嫌いじゃない。というより、もうすっかり癖の内のひとつなのだけれど、どんな朝でも穏やかだからどうしたって繰り返してしまう。
枕の下に挟んだ右手がぐうっと強くカバーを握る。今日のオプションは何が付くかと心を躍らせるモードに入った。根気強く呼び続けるのか、何かしらの強硬手段に突入するのか。この前は割と大胆な作戦で、窓を開けてその肌寒さで起床を促す、
……
つもりが、外から迷い込んできた蛾の相手をするうちに遅刻が確定していて堪らなく面白かったことを思い出す。
「
……
ふ、
……
」
遅刻しちゃうよ、置いて行っちゃうよ、本当だからね、
……
うーん、どうしよう。本当に遅れちゃう。
ねぇ起きて、王馬君。
そういう言葉のひとつひとつが、あまりに愚鈍で、誠実だから、つけ込まれてしまうのだ。
「
……
? あれ、」
起こされることを楽しみにしている。暗い瞼の裏、そこに少しずつ光が差し込む感覚は、もうずっと苦ではなくなっていた。朝特有の澄んだ匂いと静かな空気、それらに感慨を覚えることなど全く予想していなかった。身体を横たえた部屋の中に感じる人の気配、気を遣われている雰囲気、そういうものが、違和や不快を引き連れないことなど予期出来ようもなかった。
「
……
あれっ? あ、ねぇ、
……
ねぇ!」
間違いなく一生の不覚だ。簡単につけ込まれてしまって、手に負えない、どうしようもない。
「王馬君、起きてるんでしょう? 今、ちょっとだけ笑ったでしょう!」
そのくせ、もう何度もこんな朝を迎えている。
その滑稽さで笑っている。胸の内を巣食うこの声が、どこまでもやわらかく浸透していくから、余計に。
「もう、王馬君!」
初めて強く揺すられた身体が、今までの自分自身を悔いているのか小刻みに震えている。
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