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つぶ
2022-01-07 05:39:19
2441文字
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進化
王獄 / og1w_tb - 05
変わらないものなど存在しない。物は壊れる、人は死ぬ、と、いつかどこかの昔々に言った奴がいるように、変わらず在り続けるものなんてこの世に存在しないのだ。
こわばるこめかみに唇をくっつける。たったそれだけのことで、大げさなほど身体を震わせるこの男でさえ永遠に変わらない、ということはない。伏せた瞼を恐る恐る持ち上げて、赤の虹彩を涙で滲ませて、王馬君、たどたどしく名前を呼ぶ、そういう気に入りの仕草はいつか絶対に失われる。だからこそこんなに胸が高鳴る。いつか無くなると分かっているから、記憶に残しておこうと躍起になる。
記憶なぞ全くあてにならず、それすらいつかは変わっていくのに。
「ククッ。ゴン太ってば、いつまでそんなウブなフリしてる訳?」
もう飽きちゃった、と言いながら人差し指で額をつつく。ええ、とおののく悲鳴は弱い。一体いつから、この弱々しい悲鳴をもっと聞いていたいと思ったのか。一体いつの瞬間から、興味が欲望に変わったのか。そんなことよくよく覚えてなんかいないのに、今日は少し声が掠れている、そういうことは分かるのだ。
まあ、昨日あんだけすればなあ。
むしろ、いや、当然のこととして、昨日もしているから、やっぱりウブというのはフリだ。
「う、うぶ、って、」
「キスもセックスもさんざしたでしょ」
「わああ!」
「うっわ声でっか!」
思わず耳を塞ぐがもう遅い。耳の奥がきーんと鳴っている。わざとらしく恨みを込めた視線を作れば、ごめんね、と謝罪が飛んでくる。でも、だって、というお決まりの言葉がぽつぽつと続いていく。
「き、キスも、こういうことも」
「こういうことって?」
「
……
王馬君と、くっついて」
「は? くっつくって何?」
「
……
、
………………
セックス、だって」
長い髪の毛に隠れるようにして俯き呟くこいつの声が、いつの頃からか鮮明に聞こえる。他の音よりずっとはっきり、記憶に仕舞っておけるほど形を持っている。
胸の中を深く、深く潜っていく。いつか、言葉がそういう質感に変わっていった。
「お、おんなじじゃあないもの。昨日も、今日も、
……
きっと、これからも」
おなじものなんてないんだ。妙に強い言い切り方で、目尻はまだ赤いものだから笑える。
「ふうん。それはまあ、そうかもね。だから何? って話だけどさ」
「だから
……
だから、ゴン太はね」
決意に満ちた瞳が向けられた。組み敷いた身体に力がみなぎる感覚が腕を通して伝わってくる。背中に腕を回されて、右の頬は大きい手のひらで包まれる。赤い虹彩をぐるりと囲む長い睫毛、それがゆっくり瞬くのを見つめながら、変わっていくものに一抹の名残惜しさを感じたりしている。
物は壊れるし人は死ぬ。大事にしていてもいつかは失う。
けれど変わっていくものの過程は、こんなに重く胸に響く。
唇が塞がれる。ことさら優しく、けれどすぐに離れていって、険しい瞳がこちらの様子をうかがうのでただ無感情に見つめ返す。さまよう視線。迷いながら、もう一度近付く気配にひそかに胸を撫で下ろしている自分を自覚する。
「
……
は、
……
」
そうして、その後は。何を言うのかが気になっていた。細く吐き出された息を吸ってしまうほどの距離で、こいつの瞳が険しいものからどう変わるのか、見逃さないように見つめていた。
「で、できた」
「出来た?」
「ようやく出来た!」
ぱ、と表情を明るく崩したゴン太が嬉しそうに叫ぶのを、オレは目を細めて見つめている。
「
……
出来た、って、もしかしてキスのこと言ってんの?」
呆れた顔をようやく作って、は、とすげなく吐き捨てる。左手で拳を作って目の前の頭に落とすと、うわ、と全然効いていなさそうな呻き声が返ってくる。
「でも、でもゴン太は、ずっとしたかったんだ」
「何をさ」
「
……
じ、ぶん、から
……
王馬君に、」
「オレに?」
「き、」
言い掛けた言葉を遮るようにぐいと近付く。額同士がこつんとぶつかり、予想の通り止まった口を望む形に導いた。
「オレに
……
?」
「お、王馬君に
……
キス、したくて
……
」
たったこれだけのことを言うだけで顔を赤くする男の、一歩も半歩とも言えない進歩がどうしてここまで欲しいのか。
変わる前の自分のことなど全く思い出せないのだから、やっぱり記憶など信用ならない。
「へえ。
……
やっぱりさあ。ゴン太なんか全然、ウブじゃないよねー!」
「え、ええっ?」
丸い瞳も赤い顔も下がった眉も、好みの仕草の何もかもが、いつかは違うものに変わる。失われて、忘れられて、ふとした数秒の間だけよみがえるようなありふれた思い出に変わる。
噛み付くようにキスをしていた。うぐ、と不意を突かれた呻きごと飲み込んで、無理に舌を差し込むと鋭い犬歯にぶつかる。構わず侵入すればほんのり血の味が滲むから、それを擦り込んでやろうと内頬をなぞった。
「んぐ、ぅ、
……
んっ、んっ
……
」
背中がしなり、首筋から力が抜けるのを察知して両手を耳の下に差し込む。く、と少し上向かせれば、ずっと深くまで潜っていける。目の前の顔が無意識っぽく傾く気配、身体の底から熱くなっていく感覚、耳の形を辿るのを止めない指先、湿っぽい音。
「は、ぅ、
……
おうまくん
……
」
涙の膜の奥にある、知っている快感を期待する瞳と、そこに映る分かりやすい欲望にまみれた男の顔。
「はぁ
……
、あはっ
……
ほら、この有様だよ
……
?」
血の混じる唾液でべとべとになった唇を見ながら言い放つ。変えているなんて思い上がりだ。変わっていくのは自分自身の選択だ。
これからどんな形になるのか、目をつぶらずに、見ていたいから、最後までここにいるだけだ。
「こんなに上手い誘い方、本物のウブな奴が出来るわけないからさ」
嘘つきなゴン太。そう囁いて血を舐め取ってやる。びく、と肩を震わせる様は、けれどやっぱり今一番好きな仕草に違いなかった。
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