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つぶ
2021-12-28 03:02:40
1875文字
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鼻歌
王獄 / og1w_tb - 04
言葉にならないことはたくさんある。二、三歩前を行く小柄な背中、歩くたびに揺れる外はね気味の髪の先が、ふよふよと上下する様を見ていると指の先がほんの少しだけ痺れたような感覚になる理由とか。振り返り、こちらを見上げる得意げなしたり顔が放つ、ぴかぴかとした暖かさの訳だとか。
(なんだろう、
……
なんて、言うのかな)
獄原の心の中にはそういった、いくつもの形を持たない言葉があった。それらは雲のように胸の内をただよい、さまよい、相応しい姿が与えられるのを、今か今かと待っている。
……
待っている、ような気がしている。
(なんて言うのかな
……
)
彼は鼻歌を口ずさんでいた。
獄原は、その鼻歌が口ずさまれるのが、どんな時かを知っていた。
けれどその歌を聞いている自分が、どうしてこんなにぐるぐるとしているのかが、分からない。
「おいゴン太」
彼は獄原のよく知るしたり顔で振り返る。やはりその表情にはあたたかな光が宿っているように見える。まぶしくて、獄原が目を細める中彼はつらつらと言葉を放つ。この計画はお前の行動が重要なんだからな、ちゃんとオレが教えた通りにやるんだぞ。そういう指示を出す彼の瞳が暗く光って、獄原はうなじがそわそわとする。口の前に人差し指をかざす仕草に、なぜだか視線を伏せてしまう。
「えっと
……
う、うん」
頑張るよ。ぎこちなく返す自分の声の、ほんの少しの喉の震えが彼に勘付かれてしまったかどうか。そういうことばかりが気になっている。
彼はまた前を向き、楽しそうに鼻歌をうたっている。
獄原は、
…………
獄原は、
……
考えていた。ずっと、考えている。
自分は紳士になりたいのだ、と。
優しくて、強くて、頼りになって、皆の役に立てるひと。きっとそういうひとが、紳士と呼べる存在なのだ。ずっと、そういうひとになりたくて、
……
だから、その為には。
言葉にならないことはたくさんある。
たくさんあって、嫌になる。思考にずっと薄いもやがかかっている感覚だった。そのもやは深く濃くなるばかりで、言葉は一向に言葉にならず、時間はただ無為に過ぎていた。
相応しい形を見付けたかった。自分の力で見付けてあげたかった。そうすれば、きっと。彼にだって、もっと。
先行く小柄な背中に、かけてあげられる言葉があったはずだった。
迷わず進むその道を、付き従うのではなくて
……
横に並び、一緒に歩けるはずだったのだ。
「王馬君」
鼻歌が止まった。
呼び止める声に彼が振り返る。彼は機嫌が良さそうに笑っている。あたたかな光だと思うのは、彼が見せてくれたこの道の先のお陰なのだろうか。よく分からない。それだけではない、ような気がする。もやが強くけぶっていて、ほんの少し先にいるだけの彼の姿ですらかすんで見える。
「なーに、ゴン太」
うたうように彼が言う。計画を決行する寸前の緊張などまるでないかのように見えた。
……
きっと、本当に無いのだろう。始まれば、後に残されるのは結果だけだ。自分だけなのだ、こんなにぐるぐるしているのは。
もう時間がなかった。
(王馬君なら、
……
分かるんだろうな)
言葉にならないことの話だ。彼ならきっと、相応しい形を見付けられる。なんだか、そう思える。
いいや。彼なら絶対に見付けられる。
そういう話をしたかった。
王馬と、そういう話をしてみたかった。
そうだ、彼ともっと話をしたくて。彼のことをもっと知りたくて、きっと自分のことも知って欲しくて。自分じゃあ分からないこの胸の中心のもやが彼ならどんな言葉にするのか、獄原は聞いてみたかったのだ。
時間がない。
……
獄原の中にようやくひとつ、たったのひとつだけだったけれど、言葉になった思いが残った。
きっとそれが嬉しくて、自分は笑ったんだろう。
「ゴン太、ちゃんと頑張るね」
「うん」
「だから安心して。ちゃんと、
……
やり切るよ」
笑顔をたたえていた彼の顔から、ふ、と。
表情が消えてしまった。ように、見えた。またたきをするその一瞬だけ、彼はなにもまとわせていない顔をしていた。
「もちろん、ゴン太のことは信用してるよ! 期待してるから、ちゃんと頑張ってねー」
今は笑顔で返す彼の声が、なぜなのか、今までの声とは少しだけ違って聞こえた。
「うん、任せてよ!」
「
……
ホントにさ、期待してるよ」
これは嘘じゃない。
そう言ったきりもう振り返ることはなかった彼の鼻歌が、獄原の足元に静かに降り積もっていく。
決行の時間だ。
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