つぶ
2021-09-19 02:02:52
998文字
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人間に戻る日

王獄 / #og1w_tb - 01




 夢を見た。まだ、人間だった頃の夢だ。
 その時仲良くしていた人間がこちらにむかって笑っている。柔らかい光の中、その人物は満面の笑みで、なのにどこか寂しさが滲んでいて、その寂しさが伝わる者はその時はきっと自分しかいなかった。その人間の感情はいつもよく分からなった。けれどその寂しさだけは、自分はよくよく理解出来た。
 ぱ、と画面が切り替わる。瞬きをするような自然さで、世界は気付けば暗転している。暗闇の中でその人間は泣いていた。どこか狭苦しい空間に身を縮こませて汚い嗚咽を垂れている。悲壮感と絶望感でいっぱいの顔で、なのにどこか解放されたかのような安らぎが見え隠れして、その安らぎを知っている者はその時はきっと自分しかいなかった。その人間の来歴はいつもよく分からなかった。そしてその安らぎだけを、自分はいつも忘れることが出来なかった。
 笑い顔と泣き顔が瞬き一つで交互する。よく覚えている。よく知っている。あいつは、そういう奴だった。
 無垢で愚かで残酷で、自分のことを気の置けない友達だと信じて疑わなかった唯一の人間だった。人間だった。人間だった。
 オレはあの頃、人間だった。
 あいつはあの頃、友達だった。
 間違いようもなく、いっそのこと笑えてしまうほどに、たった一つだけの意味で、友達だった。
 瞼を閉じる。
 もう一度瞼を開けば、そこにあるのは無垢で愚かで残酷な友達の笑顔ではなく、……暗い自室だ。
 北側一面の窓を背負うように置かれた簡素なデスク、窓の外から入り込むビル群と航空障害灯の赤いライト。夜闇に赤がちかちかと点滅しているのを、自分は客人用の1人掛けソファの上から眺めている。身体をぐったりと横たえて、右手はだらりと床へ落として。
「総統。時間です」
 部屋の角から掛けられる声。聞き慣れた怪物の名前。計画実行の合図。全てが滞りなく現実だ。自らが望み、待ちわびた日だ。……だから、いま胸に広がっている憂鬱と空虚は、夢のせいに違いない。
 軋む身体を無理矢理起こして、床に落ちていた軍帽を拾い上げる。
 そういえば。
 人間だった頃の名前を、最後に呼ばれたのはいつだったろう。
 瞼を閉じる。
――王馬君!」
 瞼の裏に残った夢が笑顔でこちらに手を振っている。
…………ゴン太」
 瞬きをするだけで消えてしまったそれを、拾い集めるように名前を呼んだ。