つぶ
2021-08-05 23:59:39
2182文字
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捕食者くん

王獄 / なかよしイチャイチャ
王馬は頭の中でさえ意味の分からん嘘言ってたら良いな~




「じゃあ、王馬君。目を閉じて」
 鬼の形相でゴン太が言う。脅迫じみているその声色はいつも無意識だ。その辺で通り魔をうっかり返り討ちにしてしまい、目撃者であるオレに死体処理をする様を見せない様ゴン太なりに気を遣っているのかも知れない。それか、こいつ自身が殺人鬼だということに気付いたオレをなるべく苦しまずに殺す手筈なのかも。友人のよしみでお楽しみを返上して優しく息の根を止めることにしたんだろう。健気なヤツだなぁ、お前って。オレなんかに見つかっちゃったばっかりにさ。
……わ、笑ってないで、目を閉じて!」
 殺人鬼の顔がよく見る困り顔に変わったので、少し肩を竦めてみせる。仕方ない、あんまり刺激しては碌な死に方を期待出来そうにないので大人しく言う事を聞くことにした。
「ハイハイ」
 瞼を閉じて数秒、聞こえてくる呻き声はとてもじゃないが紳士のそれとは思えない。あぁだかうぅだか苦しむ声を聞いて瞼の裏に浮かぶのは、名前も言葉ももたない獣の姿だ。色んなことを知らなくて、色んなものを持っていなくて、色んなところが愚かで、悲しい獣。檻の中から見上げる夜空はさぞ小さく遠いものだろう。かわいそうに、檻に鍵なんてかかってないのに今日も冷たくて固い床に寝転がって泣いている。自分はここから出られないんだと、何もしていないくせに知っている。
 動物愛護の観点から手を差し伸べてやっても良かったけれど、生憎とそんな高尚な精神は持ち合わせていない。
 ここまでの思考できっかり五秒。なんのためらいもなく瞼を開けば、そこには顔面を真っ赤に染め上げて目を閉じているゴン太が居た。
 吹き出しそうになるのをすんでのところで堪える。よくよく見たらまなじりに涙が浮かんでいた。目を閉じていても紳士じゃないし、目を開けていても紳士じゃない。全く紳士詐欺も良いところだ。口角がつりあがっていくのを止めないまま、ぐったりした速度で近付いてくる顔から同じ速度で後退する。
……? 王馬君……
 赤い顔に疑問が混ざり始めてもゴン太が瞼を開くことはない。なにしてんの、早くしろよ、催促すれば更に眉が下がって、うん、と不安がなみなみと張った声を出すので気分が良くなる。
 もう少しだ。もう少しで檻から出てくる。そこから出てくるのは殺人鬼だ。それか獣か、箱入り息子か、恋人の幻影という可能性もあった。こちらへ首を伸ばすゴン太と、ゴン太の上に乗り上げた後退を続ける自身の身体と、いつも綺麗に整えられているゴン太の部屋のベッド。後ろへ倒れそうになる寸前で片腕を目の前の首にかけると、怯えた様子で動きを止めるので益々心が躍っていく。
「王馬君、どこにいるの? そ、そこにいるんだよね?」
「そりゃあ勿論。ずーっと居るよ」
 もう片方の腕で肩を捕まえて、トントン、と指で叩いてやれば、瞼を閉じたゴン太の表情が見るからに安心していくから面白くって仕方が無い。こうして肌が触れているのに居ないことを疑うとは高等技術だ。こいつはもしかしたら接触反応を備えていない旧型のロボットなのかも知れない。ネタ被りしている点については今度キーボにみっちりと説教してやらないといけない。
「ゴン太。オレはずーっと、お前の目の前に居るよ」
 目の前にあるロボットの鼻先を、ぐに、と弱く押し潰す。う、と怯んだように漏れる声が、やけに人間染みていて感心する。背中に回されている大きな両手も、腕を掛けている首筋も、恐らく顔も、熱暴走しているんじゃないかというほど火照っているのがよく分かった。じっくりと迫りくる巨大ロボの持つ長い髪が視界をこいつ以外排除していく。天井も見えないくらいの至近距離で、潜められた息を口元に感じながら、もしかしたら髪の毛にすら熱が籠もっているんじゃないかと考えていた。
 ぽすん。
……くっくく、……
 後退を続けていた身体がとうとうベッドに倒れ込む。それと同時にほんの少しだけ口が触れた。
「え? ……あ、あれ?」
「くっくっく…………
 触れたのだか触れてないんだか分からない事故みたいなキス。それを、アリってことにしたゴン太が目を開いて、訳が分からない、という間抜け顔を見たらもう、笑いをこらえる事は出来なかった。
「だっ、ははははは!」
「え、えっ!? どうして王馬君は寝ているの!?」
「あーっははは! バッカ、お前……
「どうしてゴン太、王馬君の上にいるの!?」
 本当に理解していなさそうな、困惑しきった赤い顔を見て確信する。こいつは殺人鬼でも獣でもロボットでもないのだと。
 ゴン太の髪の毛で閉ざされたちっぽけな密室の中で、滑稽なほど満ち足りている両腕が目の前の幻影を引き寄せる。
「うわ、」
「そんなの、ゴン太がケダモノだからに決まってんじゃん」
 言い終わらないうちに唇を掠め取ると、欲しかった困り顔でゴン太は被食者の声を上げた。
「えぇっ……!」
「オレを捕食するんでしょ?」
「し、しないよっ! 紳士は、こ、恋人を捕食したりしないんだ!」
「そりゃ残念」
 涙を溜めた瞳ににんまりと笑ってみせる。鼻筋、頬、耳たぶと、唇で触れたところは予想通りに熱かった。檻を指先でくるくると弄びながら声にはしないで呟いた。
「オレはゴン太になら、捕食されても良いんだけどなあ」