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つぶ
2021-06-21 03:54:27
4738文字
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プリズム
王獄 / 夏休み連作のひとつ。これだけでも読めるので上げちゃう。
かき氷パーティーは楽しいよね。
食べられる分だけ作ろうよとか、みんなを呼んできて振舞ってあげたいなとか、獄原のそういった要求は完全に黙殺されていた。そもそもここは教室だから本当はかき氷など作ってはいけないのだ。夏休みに絶対やらなければいけない必須研究だと言うからクーラーボックスを運んだというのに、その中身がかき氷バラエティセットだったなんて酷い嘘だ。
「いやこれについては嘘じゃないから! むしろ必須研究なのに知らないゴン太の為に準備したオレの優しさに感謝して欲しいくらいだよ」
王馬が珍しく真剣な表情で詰めてくるので、獄原はそれ以上諭すのはやめることにした。クーラーボックスを置くために借りた百田の席に「ごめんね、少しだけ置かせて」と小さな声で謝り、もうさっさと机を移動させている王馬のもとへと向かう。
「ほらそっち持てよ、とっととやらないと氷溶けるだろ!」
「う、うん」
誰も居ない教室に机を六つも集めて作った大きな調理場、その上に所狭しと並べられたガラスの器、シロップとジャム、駄菓子の詰まった袋、王馬のプァンタ。それらに囲まれるようにして置かれた全自動かき氷機は何やら王様のように堂々としていた。かき氷機の前に陣取った王馬が袖を捲り、楽しそうに器をセットしている。そんな彼の隣に座る自分はどこか場違いな気がしている。
どれもが全て経験したことない状況で、なぜだか胸がどきどきとしている。開け放した窓から吹き抜けるぬるい風を首筋に感じると、獄原は益々言いようのない不安に駆られ、胸元で両手を握り締めた。
「お、王馬君、」
「なに?」
「
……
いいのかな、やっぱり、こんなこと
……
」
自分の身体の内側を渦巻く感情を上手く説明することが出来ない。警報のような声がどこかから聞こえてくるのだ。常識を外れてはいけない、礼節を弁えなければいけないと、ずっと昔に聞いた気がする責め立てる声が、どこかから。だからきっとやってはいけない。そういう思いがあるのに、
……
それが、言葉として出てこない。
獄原はぐっと奥歯を噛み締める。こういう時に自分が心底嫌になる。ああ、本当にゴン太って、
「全くゴン太はバカだなー」
軽い口調で王馬が呟いた。機械の下に置かれた器に氷が山となっていくのを見つめながら、手持ち無沙汰なのか持ってきたペットボトルを両手で回しながら話し始める。
「誰もダメなんて言ってないじゃん。お前は誰かからダメって言われたの?」
「う、ううん」
「じゃあダメじゃない。ゴン太が勝手にダメにしてただけだろ、それって」
ふとこちらを見た彼の瞳は雑談をするときの気楽さで、獄原は自分の張り詰めた神経がほどけていくのを感じる。気負いのない言葉が何でもない事なのだと言外で言われたような気になり、きつく握り締めていた両手から力を抜いた。
「みんな勝手に線を引いてるだけだ。その線だってバラバラでさ」
「うん」
「だからダメなことってほとんどない。お前はバカだけど、ダメなことはないんじゃない」
「
……
うん」
王馬の言葉にはいつも不思議な説得力が伴っていた。獄原の心の中のもやを、その的確な表現でもって晴らすのだ。もしかしたらそうやって操作されているのかも知れないけれど、獄原にはどちらでも良かった。彼の言葉を信じると、馬鹿な自分のことでも信じたいと思えた。
「ま、オレは絶対ダメって言われたことほどやりたいけどね」
「えぇっ、そ、それはダメだよ」
そんな行いは紳士じゃないと慌てて獄原が止めるけれど、知ったことかよと笑う王馬には獄原の言葉はいつも効かない。
まだ、胸はどきどきしていた。
「お、良い感じじゃん」
かき氷機の下から器を取り出している王馬は、ここへ来る前から変わらない機嫌の良さそうな口で呟いている。
「なぁ、これ何味にする? 半分はゴン太の好きなヤツかけて良いから」
まだ真っ白なままの氷の山を獄原と自分の間に置いて、王馬はさっさとシロップを選び始めてしまう。そう言われても初めてのことでよくわからない。獄原は困惑したまま視線をシロップの山へと向けた。さっさと決めろと横から催促する声に慌てて一番近くにあったいちご味と書かれたシロップを手に取る。
「は? つまんな」
「えぇっ、ご、ごめん」
「まーでもいいか。最初だし」
すもも漬けとラムネ菓子を持っている王馬は妥協した様子で頷いている。そうして始まったかき氷作りは、時には混迷を極めた迷作を生み出しながらも獄原にとってはとても楽しいものだった。
「あ、これ美味い」
「本当?
……
! ううっ! す、すっぱいよ
……
!」
「バーカ、それが良いんじゃん! 分かってないなーゴン太は」
その楽しさはきらきらとしていて、あたたかくて、何がどう、というわけじゃないけど、優しくて、
「うぅ、ゴン太はこっちの方が好きだよ
……
」
「え~?
……
うーん、悪くないけどさぁ。パンチが足りないんだよな
……
」
「そ、そんなことないよ! ゴン太、一番好きだなぁ」
獄原の心のどこかにある、一度も埋まったことのない穴を満たしていくような嬉しさがあって、獄原はそこに穴があったことも知らなくて、彼が教えてくれたせいなのか、なんだか、
「ふーん。それが大好きなんだ?」
「うん、大好き。
……
、どうしたの? 王馬君」
「
…………
。はーぁ、ゴン太は全くセンスがないよ」
「う、ご、ごめん」
「仕方ないからオレのとっておきを作ってあげる」
泣きたくなるほど胸が詰まって、彼の提案には一つ頷くだけで精一杯になっていた。
「
……
うん」
いちごとメロン、抹茶練乳きなこ棒差し、レモンとオレンジペコのジャム、わたあめこんぺいとうソーダ。王馬のとっておきだと言うシロップ全部がけの茶色いかき氷は今までの成功例と比較しなくても見るからに美味しくなさそうで、獄原は先ほどの感慨などすっかり霧散した胸中で「ひどいよ」と王馬を罵った。
「ゴン太が食べるって言ったんじゃん」
しっかり心を読まれながら獄原はスプーンを持ち直す。作ってしまったものを残すのは紳士とは言えないはずだった。一口分掬い上げ、意を決して口に運ぶ。
「くくっ、なぁそれって結局なんの味がすんの?」
獄原に見せつける為だけに作ったチョコバナナミルクの氷をつつきながら、王馬はプラスチックのスプーンをカツンカツンと鳴らしている。
「う、うーん
……
舌がつめたくて、よくわからないよ」
「えーっ、感想として0点! もう一回作るから次はちゃんとやれよ」
「ま、待って!
……
うん、んっと、いちごとメロンとブルーハワイと」
「かけたヤツ順番に言うのはナシだから」
「えぇっ!? そんなの
……
」
あまりの理不尽さに震えるも、それが何故だか無性に面白かった。
「ふふっ。
……
それじゃあ、ゴン太には難しいよ」
獄原は左手で口元を押さえる。妙な気分だった。笑顔は隠さなくていいものなのに、それを王馬に見られてしまうと思うと自然と手が動いていた。
「
……
ゴン太はバカだからなぁ」
頬杖をついてこちらを見ていた王馬が呆れたような声を出す。その割には目元が穏やかで、いつもは見ない表情をするから獄原もよくわからなくなってくる。
どうしてこんなことをしてるんだっけ、こんなことをして良いんだっけ、そういう疑問が浮かんでは消えて、まだ胸はどきどきしたままで、王馬もずっと機嫌が良い。ぬるい風が時々入るだけの教室は蒸し暑いし、だから仕方ないんだよと王馬が言う。そうなのかな、そうなんだろうなと、スーツの上着を脱ぎながら獄原は自分に言い聞かせた。腕まくりをしてからゴン太も作る、と器を王馬に差し出せば、乗るの遅すぎと悪態を付きつつも王馬は自分の席を譲った。
両手で抱えたガラスの器を壊さないよう、慎重にかき氷機の下に差し込む。すぐに機械が動き出してしゃらしゃらと氷を削る音が教室に響き始めた。綺麗で細かい氷の粒がみるみるうちに山になり、獄原は「すごい」と呟きながらもっとよく見ようと前のめりになっていく。
「すごいね、すぐに氷の山になるよ!」
「ゴン太髪の毛邪魔そうだねー。結んでやるからあんま動くなよ」
「ねぇ王馬君っ、次は何のシロップにする?」
「お前髪の毛多すぎじゃない?」
今まで作ってきたかき氷と同じくらいに削れたので、獄原はそっと器を取り出した。できた、と言いながら王馬を振り返ると、いつの間にかストールを外して獄原の斜め後ろに立っていた王馬が「ハイハイ良かったね」と面倒そうに相槌をした。
「で、それ何味にすんの。初心に返って氷味?」
開け放された窓の外には綺麗な入道雲が浮かんでいる。夏の空を背負った王馬が首を傾げ、意地の悪い笑顔を浮かべて獄原を見下ろしている。
首筋を通りぬける風が少しだけ涼しくなっていた。獄原は、胸がどきどきするのもいつの間にか気にならなくなっていた。
「
……
ゴン太ね、王馬君が」
王馬からゆっくりと視線を外し、雑然とした机の上に滑らせる。使った後に閉めないから沢山の蓋が転がっていた。後で閉めておかないと。考えながら左手を伸ばして、かき氷機の横に置かれたペットボトルを持ち上げた。
「時々くれるでしょう、これ。買いすぎたからって」
飲みかけのプァンタは蓋の締まりが甘かったらしく、ぷし、と炭酸が弱く抜ける音が面白い。
「炭酸が喉でしゅわしゅわして、たくさんは飲めないんだけど。
……
王馬君がくれると、嬉しいんだ」
舌がひりつく感覚を思い出して唾液が出る。喉がしゅわしゅわするのも、舌がひりつく感覚も、自身の心に残っている王馬のようで嬉しいのだと、獄原は上手く言えなかった。
「だからゴン太、次はこれをかけてみたい。
……
あっ、もし王馬君が良かったらなんだけど」
「うーん、59点ってとこかなー。ゴン太にしては良い方か」
獄原が言い終えるよりも先に王馬が仕方なさそうにため息を吐いた。
「まぁ、その前に」
「え?
……
あ、」
こちらに腕を伸ばす王馬の表情がよく見えない。傾き始めた日差しが彼の顔に影を作るのだ。だから獄原は反応が遅れた。スローモーションのようにゆっくりと、彼の影の中に飲まれていく。
ペットボトルを握る左手に彼の右手が重ねられる。うなじに回された彼の左手が、じっとりと汗ばんだ肌の表面を撫で上げた。
薄く開いていた唇の隙間を何かがなぞる。温度の低いそれがひやりと下唇を撫で、ぞわ、と背筋が粟立つ。獄原は反射的に目を瞑った。う、と短く声が漏れて、それを切欠にするようにぬるいものが押し付けられる。
「ん、
……
う、ぅん、
……
」
歯列を割られ、舌を探られ、形を確かめるように奥から掬い上げられて。獄原が理解するよりも先に知らない感覚が押し寄せて、何が何だかわからないままひたすら身を縮こませていた。身体が熱い。涙が出そう。ねばつく唾液が甘い気がする。口の中から溢れてしまいそうで思わずごくりと飲み込むと、瞬間、全身を包む嫌悪感に獄原はようやく我に返った。
「んうっ
……
、はあっ」
同時に唇が解放されて大きく息を吸い込んだ。しかしそうすることで濃厚な匂いがはっきりと獄原の嗅覚を刺激して、やっぱり唾液が甘く感じたことは現実だったのだと獄原に教えていた。
「お、おうまくん、まさか今のって」
溢れそうな涙を堪えながら彼を見れば、王馬はひどく凶悪そうな顔で特徴的な笑い声を漏らしていた。
「にしし
……
どう? オレの作ったかき氷の味は」
口の中いっぱいに広がるチョコバナナミルクの嫌悪感に、酷いよ、と言いながら獄原はとうとう涙を零した。
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