ナスカ
2024-03-20 08:53:41
4053文字
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跡地に咲く花②

前回の続きです。今度は女神様がお話するターン。

女神も多忙の身だろうに、おれが語る師の思い出話に何度も付き合ってくれた。その機会を重ねるほど、喪失の悲しみは遠ざかっていく。忘れることは無くとも少しずつ距離を取ることで、おれは師が居ないという現実を上手く飲み込めるようになった。女神には深く感謝している。
あの御方はおれが『話をしたい』と思った拍子に姿を現す。不思議なものだが、神とは本来そういったものなのだろう。しかし女神の表情を見ていると、とても神のようには思えない。降臨した際の御姿は紛れもなく『守護神』としての威厳と威光にあふれていたが、二人きりで話をする時の女神はまるで親しい友人のような顔をする。それこそ、オービルですらしてくれなくなった表情を女神は見せてくれた。
「まあ、彼はそんな事を?」
楽しそうにしかし優美にクスクスと笑う姿は、神であろうとも一人の人間のように感じる。そんな姿を見ていると、おれの心は自然と明るくなった。
「あぁ。その時、おれはどうも可笑しくて可笑しくて……
おれは笑うという行為どころか、獄中にあらゆる感情を置き去りにしてしまったらしい。牢から出たばかりの頃、「真顔だと不機嫌そうに見えて新兵が怯えるぞ」と仲間の一人に言われてしまったこともある。だが女神との対話は表情筋の動かし方をおれに思い出させ、周りの皆からも「昔のリンクみたいだ」と言われることが増えた。これは良いことだろうと自分でも思う。戦に身を費やす日々の中で、女神との時間は『英雄リンク』を『ただのリンク』に戻せる貴重なものだった。
「ところで、女神よ」
「はい」
「おればかりが話を聞いてもらっているのも忍びない。今度はおれが聞く番だ」
そう言うと女神は驚いたようで一瞬目を丸くしたが、すぐにいつもの優しい笑みを浮かべる。
「貴方からそんな言葉を聞けるなんて、とても嬉しいです。私は貴方の心を癒せましたか?」
「過分なほどに」
「それは良かったです。貴方は本当に、優しい子ですね」
そう言って女神は手を伸ばし、母親のようによしよしとおれの頭を撫でてきた。最初は女神から与えられる無償の愛を強く求めたが、今は少しばかり恥ずかしい。
見た目こそおれと変わらぬ年に見えるが、女神は長命不老。故に向こうからすればおれなど赤子も同然なのだろう。だがそれでも、おれは『自立した一人の男』だ。騎士として禄を受け取っていたし、生活も営める。何も出来ない子どもではないのだ。
そう思いながらも女神の愛撫を拒みたくない。求めてしまうのだ。『ハイリアの子』としてではなく『ただのリンク』として、女神の優しい手を。
「では、少しお話してもいいでしょうか?」
「勿論だ。女神の知っている、我が師の話を聞かせてくれ」
女神の手がおれから離れることをやや淋しく思いながら、それを表情には出さない。表に出せば女神を気遣わせてしまうし、彼女の話を聞きたいのは事実だからだ。
「ふふ、ありがとうリンク。貴方が聞いたらちょっと驚きそうなお話が多いけど、大丈夫ですか?」
「あぁ、平気だ」
「そうですか。では……お話させていただきますね」

❋❋

私が貴方の師……つまりダギアニス卿と出会ったのはまだ彼が小さな子どもだった頃です。あら、やはり驚いていますね。いえ、詫びる必要はありません。彼と貴方は、親と子ほどに歳が離れているのですから。
私と出会った時の彼は……アルバートは六歳くらいだったと思います。とても真面目な子で、聞き分けが良く、手伝いを積極的にしている子でした。誰とも遊ばない子で、そういった面で言うと彼は子どもらしい日々を殆ど過ごしていなかったように見えます。……そうですね、あの頃のほうが堅い雰囲気だったかもしれません。
私は時折『我が子達』への理解を深めるために地上へ赴き、人として過ごしています。アルバートが幼かった頃、私は孤児院の修道女として住み込みで働いていました。ええ、そうです。貴方の師はみなし児でした。親に捨てられた、身寄りのない子だったのです。
彼と仲良くなったのは、礼拝堂の掃除がきっかけでした。人に変身している時、私は女神としての力を抑えています。なのにアルバートってば、掃除をしている私を見て「女神様!」って言ってきたのですよ。本当にびっくりしました。その時、この子には慧眼があると思ったのです。
私はアルバートが求める限り、あらゆる知識を授けました。彼が騎士の道を志したものその頃でしたね。一生懸命勉強して、十歳になる年、彼は貴方と同じように騎士学校へ入学しました。……えぇ、それを機に修道女としての私はアルバートと離れることになりました。あそこは全寮制ですからね。もちろん、寂しかったです。けれど夢を叶えにいくのは、誰にも止められませんから。
アルバートの入学から数年後、私は自身の神域に帰りました。ですからその間、彼に何があったのか詳しくはわかりません。けれど代理権者からの報告書で、その都度彼の状況は知ることができました。組織の中の一人としてでしたが、騎士学校を卒業し叙勲を受け、騎士団の一員として立派に勤めている……それだけでも、知ることが出来て嬉しかったです。逆に言うと、人の姿を纏って地上へ降りなければ、我が子等についてたったそれしか知ることが出来ないのです。彼が退団した時も、私はその理由すら知らずにいました。とても、申し訳ない思いでいっぱいです。まさかあんな悲惨な目に遭っていたなんて……
それから数年の間、アルバートがどこで何をしているのかわかりませんでした。
その後、ラネールにある時の神殿で、多くの民に尽くしている者がいるという話を聞きました。その人物は修道士でも修道女でもなく、ただ住み込みのお手伝いさんだったそうで……。そうです。それが近況も何もわからなくなっていたアルバートでした。
私は彼を我が神殿へ招き、是非とも公舎で働いてほしいと誘いました。いいえ、顔は見えなかったはずです。リンク、私は覚えていますよ。幼い貴方と会った時のこと。それを思い出せば、その理由がわかると思います。
話を続けましょう。彼は常に理想を追い求め、民の生活を良くしようと心がけていました。それこそ政の本懐。そして彼は私の誘いに応えてくれました。
最初はやはり、彼も新人ということで多くの者からやっかまれてしまったようです。それでも彼は公舎に籍を置き続け、昇進を繰り返していきました。
彼の前任にあたる代理権者が亡くなり、新たな我が代理人を決めるときが来ました。民の声はアルバートを新たな代理権者として求め、私もまた彼が適任だと思いました。幾つもの公共事業を成功させ、民を幸せにしてきた彼こそかの座に相応しい。無論、指名された側は断ることができるのです。大変な役目ですし、そう簡単にこなせるものではありません。ですが、またも彼は応えてくれました。
彼が成し遂げたことは多くあります。枚挙に暇がありません。リンクは若くして騎士団の要職に就くことを求められたそうですが、それも彼が行った改革のひとつ……『実力主義』を下地にしているのですよ。その他にも、地方ごとによる格差の是正や教育の充実。細かな制定を含めれば、本当に多くのことを変えてくれたのです。
代理権者となったアルバートとは、お互い顔を見ることができないものの何度も対話を繰り返してきました。そうなのです。代理権者になろうとも、私が神としてその場に存在している以上はその姿を見ることができないのです。けれどあの小さかったアルバートがこんなに立派になって目の前にいることが、本当に幸せでした。
彼が幼い貴方を連れてきた時、よく似た子を連れてきたと思いました。見た目の話ではありませんよ。他のために尽くそうという心の在り方が、よく似ていると感じたのです。貴方の成長ぶりを話す時の彼の嬉しそうなことと言ったら、まるで貴方を本当の子どもに思っているようでしたよ。アルバートの話を聞いて、私も貴方の成長を一層楽しみにするようになりました。……彼があんな事をするなんて考えられるはずもなかったのです。

❋❋

女神の深く俯いた顔に、おれはなんと声をかければいいのかわからなかった。慰め? いや、それは不躾ではなかろうか。励まし? 女神を追い詰めるかもしれない。
この御方があの人を遠い昔から知っている事に、確かに驚いていた。しかし女神は悠久の時を生きる、おれが死んでも生き続ける長命不老の存在。何人もの人生を見届けていてもおかしくはない。
……女神よ、貴女は……
「リンク、私はッ……!」
……我が師の、母だったのだな」
と言ったところでおれはハッとした。何を言っているんだ。女神が我らの母たる存在であることはわかりきっていることではないか。女神はすべての民の母。たとえ人としての親が居なかろうが、女神の目がある。当たり前の事を言ってしまっておれは焦った。
「いや、その、きっと師は貴女のことをそう思っていただろうという予測というか、これはおれの考えに過ぎないから、そのだな……
「私は、彼の母になれていたのでしょうか?」
女神が不安そうにこちらを見つめる。この御方もまた、あの人の死に心を痛めているのだ。この気持ちを抱えているのはおれひとりではなかった。その事に、大きな救いを感じる。
……おれは、そう思う。少なくとも、貴女が我が師を語る時の目は、優しい母の目をしていた」
「リンクっ……
「貴女が我が師を見守っていなければ、今のおれはここにいない。ありがとう。あの人を……おれの先生を、気にかけてくれて」
おれは女神に微笑みかける。きちんと笑えているか心配だったが、女神が涙を流しながらも微笑み返したのを見て「やっと心が通じた」と思えた。これまでは、『神と人』という線引きをしてしまっていたから。


荒れ果てた土地に、種を蒔く。もう一度ここに、花を咲かせるために。


続く