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吾妻
2024-03-19 18:18:56
4351文字
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アークナイツ
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perch
弊テキ博♀(できてる)前提のラ・プルマちゃんの秘録の前日譚捏造話です。秘録、お兄ちゃんと完全に対でとってもよかった……
いつだって、前を歩いてくれる背中を探していた。
一歩間違えたら、あちこちに転がる死体の仲間入りをしてしまうような荒野を歩きながら。わたしの手を引いて、安全な場所に導いてくれる頼もしい背中を。
だってそのほうが。
自分で考えるより、きっと『正しい』。
わたしなんかが考えるよりも、もっと早く、もっと正しく、行くべき道を選べるはずだ。
でも、もしかしてわたしは、自分で何かを選ぶのが怖いのかな?
ロドスに来てから、ぼんやり、そんなことを考えるようになった。
「こんばんは」
バーカウンターの向こう側に腰を下ろした人が、優しい声でそう言った。
平日の深夜、艦内のバーには客がまばらにいるばかりで、バーメイドとして手伝いに入っていたラ・プルマは、正直暇を持て余していたのだが。
「
……
あれ、ドクター?」
いらっしゃいませ、より先に驚きの声が出てしまった。
珍しい客だった。特に、独りでバーに飲みに来たのを見たことがない。酒が飲めないわけでもないようだが、そもそもゆっくりと飲酒を嗜む暇がない、ということらしい。ここを訪れるのは、大体がオペレーターたちに引きずられてきた時で、それでも一二杯で切り上げてしまう。
「一杯お願いできるかな」
さらに珍しいことに、ドクターはいつものマスクをつけていなかった。ここまで被ってきたであろうフードを下ろすと、普段は隠されている素顔がそのまま晒される。
「ひとりなの? お兄ちゃんは?」
「私だって別に、常にテキーラと一緒にいるわけじゃないんだけどな」
「でも、大体一緒でしょ?」
「あー、まぁ、そうかもしれないけど
……
今日は一緒じゃないんだ。君と飲みたくて」
「わたしと
……
」
ラ・プルマにとって、ドクターはロドスで一番信頼している人で、職務を差し引いても親愛の情を抱いている相手だ。だが、同時に義兄の恋人でもある。
ただでさえ多忙な彼女を、これまで見せたこともないような惚れ込みぶりで独占している兄について思うところがないではないが、このまま事がうまく運べば、ゆくゆくは「お義姉ちゃん」になるかもしれないので、できる限り頑張ってほしいと密かに願ってもいる。
ともあれ、ドクターがわざわざバーに出向いて自分に会いに来てくれたのは素直に嬉しい。が、同時に胸の奥がひやりと冷えた。
ラ・プルマには今夜の訪問の意図が、なんとなく、わかるような気がした。
「
……
じゃあ、何を飲む?」
「そうだな、君が前にくれたカクテルブックの中で、あまり甘すぎないものがあれば」
「うん、わかった」
もはや鼻歌を歌いながらでも作れるレシピの中から最適なものを選んで、いくつかのリキュールのボトルを取り出した。
もはや鼻歌を歌いながらでも作れるレシピのはずなのに、シェイカーに氷を入れる手が少しだけ震えていたので、緊張しているのだと自覚した。
それでも、なんとか納得のいく一杯を作り終えて、カクテルグラスをドクターの前にそっと押し出した。
「
……
ねぇドクター、聞いたんでしょ? わたしがお休みもらう話」
向こうから切り出すのを待てずに、ラ・プルマは自分から口を切った。
ドクターはカクテルを一口含んでから、目元に柔らかな笑みを浮かべる。
「聞くも何も、部下の休暇申請に決裁を下すのも私の仕事だからね」
「そっか
……
そうだよね
……
」
「里帰りするんだろう?」
「
……
変だって思ってる? ついこの間、お兄ちゃんがドッソレスに帰ったばっかりなのに、って
……
。こんな近いタイミングなら、一緒に帰省すればよかったのに〜
……
とか
……
」
「そのへんは別に。君たちに事情があるのはわかっているつもりだし」
「もしかして、お兄ちゃんが何か言ってた
……
?」
「いや。私が君に会いに来たのも、私個人の意思だよ」
「うん
……
」
すぐに話が続かなくなってしまって、ラ・プルマは口を噤む。よく磨かれたカウンターに目を落とすと、しょぼくれた自分の瞳と目が合った。
「何か不安があるのかな」
「え?」
「ここしばらく、緊張しているみたいだったから」
「そっかぁ
……
」
やっぱり、全部見透かされてしまうんだな、と思ったら、口の端に自嘲がこみ上げてきた。彼女相手に自分を取り繕うなんて、土台無理な話なのに。
「緊張
……
してるのかな? 自分でもよくわからないの。パパに会いたいって気持ちは本当だよ。でもね、ボリバルのことを考えると、懐かしいっていう気持ちと、何かしなきゃっていう気持ちで、心の中がグルグルする
……
」
「うん」
「わたしは、難しいことを考えるの得意じゃないし、お兄ちゃんみたいにうまくできないし、あの事件のときにリンさんに言われたことも、まだ半分も理解できてる気がしないし
……
。時間ばっかり過ぎていって、自分だけずっと、立ち止まってるみたいで
……
不安なの」
「君は、ロドスに来てからずいぶん変わったと思うけど」
半分ほど中身の減ったグラスのふちを指でなぞって、他愛のない会話の続きのようにドクターが言う。
「そう
……
かな
……
」
ドクター以外の言葉なら、お世辞を疑うところだった。
けれど彼女は、こうしてラ・プルマと向き合うとき、一度たりとも嘘をついたことがない。
カクテルグラスから顔を上げて、ドクターはラ・プルマの不安げに揺れる瞳を見つめた。常日頃、難解な仕事や過酷な戦場と向き合っているドクターの双眸は、凪いだ海面のように静かだった。
「君が着任した当初、私は意識して君への指示を明確化していたんだ。つまり、ふわっとした指示はしないようにしていた。特定のボイントに、何分後に到着して、何時の方向からくる対象に対応してほしい
……
みたいな」
「
……
うん」
それらの指示は、ラ・プルマにとってありがたいものだった。
信頼のおける人に指し示してもらえる道は、自分で選ぶよりも迷わず進むことができた。
昔からのクセだ。自分で考えるよりも、自分よりも賢い誰かに行く先を示してほしい。
その考え方が、決して良いだけのものではないと、自分でもわかっていた。甘えであるとも自覚していた。けれど、そうしたほうが往々に物事はうまく行った。
ボリバルでは、ほんの一瞬の判断ミスが生死を分ける場合が多々ある。だからこそ、自分で何かを選ぶのは恐ろしいことだった。間違えたとき、責任を取れる自信がなかった。
ドクターには、そういった自分の性格を改まって話したりはしなかったけれど、彼女にはお見通しだったのだ。
「でも、最近そういう指示が減っているのを、君は気づいている?」
「
……
え?」
言われてから思い返してみると、確かにそうかもしれなかった。
以前ほど詳細な指示は減って、ラ・プルマの裁量に任される場面も増えていた。意識しなければ気付けなかったのは、それらの指示にラ・プルマがストレスを覚えていない証拠だった。
「それでも君はちゃんと、任務を完遂している」
「だって
……
それは、ドクターとずっと一緒にお仕事してきたから
……
こんなとき、ドクターはどうするだろうって、考えて
……
」
「君は、何も考えてないわけじゃない。前に進んでいないわけでもない。じっくり時間をかけて物事に向き合う。それは君の資質だよ。君がくれたカクテルブックもそうだろう? 長い時間をかけて、一人ひとりに向き合って、自分なりの
答え
アレンジ
を見つけてきた。だから、私と仕事を一緒にするうちに、指示がなくても動けるようになったんだ」
「そう
……
かな
……
自分じゃわからないよ
……
」
「そんなものだよ」
柔らかく微笑まれて、ようやくラ・プルマも笑みを浮かべることができた。
強張っていた肩から力が抜けて、思わずうっかり、口が滑った。
「
……
なんかね、お兄ちゃんもパパも、わたしにボリバルに戻ってほしくないみたい」
それはずっと感じていた疎外感だった。
「あの国は危険だから、わたしに生きたい場所を見つけて、その場所で自由に生きてほしいって思ってるんだ。でも
……
わたしはふたりの家族だから、血がつながってなくても家族だから。ずっと一緒にいたいし、辛いことがあったら支えたいんだよ。それって、間違ってるのかな
……
?」
父にも兄にも、一度も訊けなかった問いだった。
どんな答えが返ってくるのか恐ろしくて、踏み込めなかった。
愛情からくる心配だとしても、飲み下せる気もしなかった。
だって、家族なのに。
まるで自分だけ、あの国に居場所がないかのように。
「その答えを出したいと思っているの?」
「
……
わかんない。でも、ずっとグルグルしてるのも、イヤだよ
……
」
一年ぶりに父に会って、何を話すのか。まだラ・プルマは決めかねている。
普段通りの父娘の会話をして別れるのか、それとも、心にわだかまる迷いをぶつけるのか。
ドクターの顔を見ていると、「どうしたらいい?」と喉元まで出かかってくる。
どうすればいいのか、本当は教えてほしい。
ドクターの指示なら、迷うことなく前に進める。
でもそれは、本当に前に進んでいると言えるのだろうか?
「たとえ君がどんな選択をしたとしても、私は君の味方だよ。それは覚えておいて」
カウンターの上で握りしめた拳の上に、グローブに包まれたドクターの細い指先が重ねられた。
「君が精一杯悩んで選んだ選択を、私は尊重する。でもそれは、君が何をしても全てを受け入れて許すってことじゃないんだ。君と真正面から向き合って、異なる意見があれば話し合うし、喜びや悲しみを分かち合いたいと思ってる」
「ドクター
……
」
「ロドスは間違いなく、君の居場所のひとつだ。私がここで君の帰りを待ってるということも、心のどこかで覚えておいてほしいな」
ラ・プルマは、数度まばたきをした。
度数の高いアルコールが喉を伝って落ちていくように、向き合ったドクターの言葉が仄かな熱を帯びて胸の奥まで下りてくる。
ドクターは言っていた。君はもう自分でちゃんと考えられている。
自分の〝するべきこと〟じゃなく、自分の〝したいこと〟、自分が〝正しいと思うこと〟に向き合えるようになっている。
本当だろうか? ドクターが言うほど成長できただろうか。自分では全くわからない。
けれどもし、何らかの選択が必要になったとき。
誰かを頼らず、自分の心に聞いてみよう。
何かを間違えても、きちんと真正面から向き合おう。
「うん、いってくるね、ドクター」
そして、休暇の土産話を目一杯聞いてもらおう。
たとえ悲しい話になってしまっても、それでいいとラ・プルマは思った。
【終わり】
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