男性型ファティマという時点でまず珍しいわけだが、L型(身長や雰囲気からM型と間違われることもある)であり、さらには一時期謎の騎士としてあだ名だけが知られた強力な騎士のパートナーだった、今でも語り草となる辺境での大激闘の生き残りでもあり、その戦闘のおかげもあってとある辺境地域の独立が百年近く守られているのだから、どう考えても有名にならない方がおかしい。しかし、本人にだけはそれがわからない。
「だから、我慢してくださいって」
下っ端とはいえ騎士は騎士。それが居丈高になることなく、頭を下げる勢いで頼み込んでいるのだから、まさか相手がファティマとは誰も思うまい。
「なんで。俺が行った方が早い」
「だからぁ…」
泣きそうな顔で青年は嘆息する。
──目の前でえらそうに腕組みしているのは一部では有名な「伝説のファティマ」である。およそその肩書きから想像のつく風貌でも格好でもない。今日なんて整備士と一緒に作業しているものだから、作業服に機械油までくっつけている。本来はつるりとしているはずの肌まで黒くすすけさせて。アイカバーを外す堂々たる星団法違反で露わになっている目の青さ、その美しさだけが隠されていない。口調までくだけていて、アイカバーどころかダムゲートコントロールからしてぶっこわれているのではないか、というのがもっぱらの評判である。…もちろん、隊内での。
ここでは独立地域らしく警備隊が小さな領地を守っているが、隊は、百年近く前からひとりのファティマを預かっている。特例だ。大恩ある伝説の騎士のパートナーとして実際にこの地を守ってくれた、その恩に報いるという意義が大きい。だが今となってはそれだけでもなく、かのファティマが教師役となって、たいした騎士の血筋のものはいないここの連中を鍛えぬいてくれたから、という面もある。モータヘッド―ゴティックメードの整備だって、運営上必要な経理や資金調達、様々な面で惜しみないサポートをしてくれる。既に彼は、この地になくてはならない「人材」といえる。それに、ごく幼い日から少しやんちゃで、明るく愛嬌のあるこのファティマに淡い憧れをもって育つ者も多い。
ミズキという名の彼は、こうしているとファティマには見えないが、しかしその名は知られている。伝説となってしまった謎の騎士「GGG」のパートナーとして。スペックはそこまで高いわけでもないが、他のファティマより精神の安定度が高く、多くの戦場で生き残ってきたことから、非常に経験値が高い。名を売りたい駆け出し、商売に使いたい荒くれなどから無駄に狙われるのが日常茶飯事となってしまっているのが…本人だけはそれを理解しない。ファティマの超高性能な頭脳がそれについてだけはポンコツになるというか、ミズキの中では、マスターを守り切れなかった―通称GGGは妻と共に行方不明となっている―ことが大きな傷になっているせいだった。
どうせファティマだってばれないから燃料の買い付けに一緒に行かせろちうミズキをなだめすかしながら、小隊長は「なんでわかんないんだかねえ」と泣きたい気持ちを味わうしかなかった。
とりあえずいつまでもそんな格好をしていないで、と言われ。しぶしぶミズキはシャワーを浴び、作業服ではない服に着替えた。素材の問題でそう大量のワードローブを持つわけにも行かないが、一応普段着は持っている。
辺境を守る要塞。それがミズキの住まいだ。もう長いことマスターを持たないでいる自分をかつてのマスターへの恩でもって置いてくれている、気のいい連中の砦。ミズキは窓の外を見ながら、物憂げにため息をついた。
じっとしていると昔のことばかり考えてしまう。さすがにそれは、気が重い。
膠着する戦場で、その時ミズキはマスターの大事な奥方を守っていた。彼女は当時身重で、どうにかして安全な場所へ連れて行かなければいけなかった。だが、激化する戦闘に巻き込まれ、守り切ったはずだが、ミズキ自体が大けがをしてしまった。
長い時間をかけて治療、回復を遂げたあと、ミズキには何も残っていなかった。いや、正確には、マスターと共に駆ったMHは残っていたが、マスターがいなければ本領は発揮できない。
瀕死の重傷だった自分を抱えて治療に運び込んでくれたのはマスターだったが、「おぬしは無茶をしよる。次のマスターは、ちゃんと選ぶんじゃよ」という声を聞いた気がする。他にも何か言っていた気がするが、それは聞えていなかった。悲しくて悲しくて…、離別がなのか、それとももっと違う理由なのかはわからない。わからないが、本当は完璧に直せる目の上と欠けた耳の傷を、直さないでくれと懇願してしまった。
だから気分転換のためにも…、と思った時、何かしらの気配を感じてミズキは目を上げた。だが、少し遅かった。窓の外、距離はあるが、一機のGMがこちらを狙っている。なぜ、どうして、と疑問が渦巻くが、どうしようもない。
次、ミズキが目覚めたのは、倉庫のようながらんとした空間だった。がらくたもないのを見ると、あらかた運び出されてしまったのか、なんなのか…。当然身体は拘束されている。だよなあ、と思う。無事だったのはいいが、しかし、本当に無事といえるのかどうか。
「おめざめですか」
思ったより近くから声がして、ミズキは顔を上げる。今、彼は、手を後ろに胴を強化ワイヤーでぐるぐる巻きにされ転がされている。声の主を見上げるしかできない。
見たことのない顔だった。
誰だ? という思いは正直に顔に出てしまったようで、不機嫌そうに眉をしかめた…、と思ったらすかさず蹴られた。突然の暴力ではあるが、ファティマということで、驚きはしなかった。
「まったく。こんなのが『伝説のファティマ』?」
「………」
ミズキもその噂は知っていたが、噂は噂だし、尾ひれはひれがつきすぎている。ミズキ自身はそんな風に思ったことは一度もない。だいたい、そんなにすごいファティマだったら捨てられていない。
ミズキを蹴飛ばした若い男の後ろにはあまりよろしくない風貌の男達が並んでいて、だいたいどういう集団なのかは想像がついた。
「人間様に対して随分生意気な顔するじゃないか」
「…っ」
「男の趣味はないが…」
舌なめずりするように、いや、実際に舌を下品に唇の上滑らせ、男は笑う。どうにかしてミズキを苛め抜いて楽しんでやろう、という意図がはっきりとうかがえる。
「なるほど、顔は悪くない。傷は消してやろう」
「…触るなっ!」
手のひらで自分の右目の上に触られ、思わずミズキは反応していた。この傷は唯一の、マスターとその家族とのつながりのよすが。神聖なものだ。傷物だといわれても、これを消すくらいなら死んだ方がましなのだ。それに無遠慮に触れられそうになり、ミズキは思わず声を荒げてしまった。
男の気配がとげとげしいものに変わる。目にも針のような剣呑さが満ちる。男は何も言わず、ミズキをひっくり返し、ついでに拘束も解いた。だが、何か薬を打たれているのか、まったく起き出すことができない。嗜虐心をあらわにした男は、ミズキを押し倒し、ぐっとその肩を冷たく、汚れた床に押し当てる。
口でここまで反抗できたのは以前のマスターの影響で、だが、その先は無理、難しい。
ビリリとシャツを裂かれる音に、ミズキは喉をヒュッと鳴らす。顔がかわいそうな程固まっているが、それは嗜虐心のつよい男にとってごちそうでしかない。
…今までもこんなことがあった。その都度忘れさせられていたし、身体的にひどい状況にあれば、目と耳の傷以外はミズキが混濁している間にすっかり治してくれていた。いやだ、とミズキの心が悲鳴を上げる。いやだ、逆らえない、人間に危害を加えてはいけない、でも、嫌だ…、頭がぐるぐるする。
「素直になればかわいがってやるものを」
残忍さを隠しもしない声に体が強ばる。こわい。いやだ、こわい…。気持ちがあふれそうになって、思わずぎゅっと目をつぶった時だった。
──凄まじい轟音と共に倉庫の天井が吹っ飛んだ。
「……迎えにきました」
一体全体どこから中に入ったのかわからないが、片目を隠した少年が不意にその場に加わったのだった。
「……………」
食い入るように見つめるしかできない人々の中、彼だけが冷静で…。
少年はミズキのそばまでやってくると、問答無用で若い男を放り投げた。見た目とは真逆で、少年とはとても思えない身のこなし。間違いなく騎士である。しかも強力な。
「──水木」
「…!」
ミズキ―─水木。
その違いを認識して呼べるのは、本当のマスター、しかいない。水木の目に涙が浮かび上がる。
マスター
思わず呼びかけていた。涙腺はとうとう決壊する。
少年、かつてのマスターの面影をこく残す、未だ幼い少年は目を丸くしたあとぎゅっと抱きしめてきて、会いたかった、水木、と甘い声で囁いた。
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