望月 鏡翠
2024-03-18 23:04:22
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14、特別訓練

ブツメツフツマ/平 均

 心労選択はようやく学園内から姿を消した。
 だがゆっくりしている暇はない。最近、大規模は七億不思議の発生が立て続いている。
 特製のカラーボールは追加で注文し、十分な数を確保する。相部屋の一部が積み上げられたカラーボールの箱でいっぱいになってきた。ここまでなくてもいいのかもしれないが、また何かあるかもしれないし、一度異変が起こったらいつまで続くのかわからないという不安が、二人を用心深くさせていた。
 休めるうちに休息はしっかり取るが、体力作りは欠かせない。日月に付き合って走り込みなどしていたから、前より少しだけ体力がついた気がする。
 シャワーを浴びてから部屋に戻ると、荷物を片付ける。
 無論、学校の課題も引き続きあるのだが、流石に非常事態なのだから少しくらいいいのではないかという油断があって、成績は下降気味だ。
使ったあとのグローブを定位置に戻す。ポケットの形が崩れてしまうから、運ぶときもしまうときも、捕球面を潰してはいけないらしい。
「あ、そうだ日月」
「ん?」
「暗いところで戦うことも多いわけじゃん、俺ら」
「そうだな」
 七億不思議は夜に活発になる。学校内に出た場合は夜でも明かりをつければいいが、屋外に出ればお互いの姿を確認することすら難しくなる。
 懐中電灯をつければいいが、両手は自由にしておきたい。
「だからこう、内側に蓄光塗料を塗るのはどうかな。そしたら俺がグローブを構えたときに、ここに投げてってわか……いや、やめとこうか」
 日月の顔が眼鏡をなくしたときくらい真ん中に寄っている。提案が駄目だったということは、すぐにわかった。
「革が痛むから、ちょっと」
「そうなんだ」
 傷んだところで試合に使うわけでも無し、と軽く考えていたのだが、そういうわけでもないらしい。
「でも確かにそっちの方が、わかりやすいし、絶対にダメってわけでは……
「や、他のやり方探そう。光ればいいわけだから……物でもいいよな。練習のとき以外はボール受け止めないし」
 革に何かつけるのが悪いなら、他の場所でもいいわけだ。なんなら、平自身につけてもいい。どちらを向いているのかがわかればいいのだ。
「子供むけのおもちゃにありそうだな」
 子供のときとにかく暗闇で光るものが好きでみるとワクワクするという時期がある。少なくとも平にはあった。寝巻きの一部が無駄に光ったり、文房具を光らせてみたり、特に何に使っていたのか思い出せないおもちゃが青黄色っぽい蓄光素材の色をしていたりしたものだ。
 ボタンでもいい。結びつけておけばいいのだ。
「女の子との髪留めとかあるかも」
「明日探しにいくか。ついでに俺も試したいことあるんだけどいいか?」
「いいよ。放課後?」
「そう。グラブ必須な」
 なんの憂いもなく街に出ることができる喜びを噛み締めながら、雑貨屋を物色する。球を取るときに邪魔になるから女児向けの髪飾りの案はなくなったが、手芸店に蓄光する布地があることがわかり、一度戻って作戦を立て直すことにした。
 日月の用件は学校内で済むことらしく、空いているグラウンドの片隅を借りた。標識化が解けていない人もいて、流石に部活が活発にやっていた頃と比べると閑散として見える。
「練習?」
「特訓」
 日月はボールを握って構えるような動作をした。だがその手には何も握られていない。バッターはいないが構えが手が見えないような握りは癖になっているのだろう。その手の中に、力を集中すると何もなかったはずの場所にボールが形取られる。
 それを投げた。
 構えたグローブの中に真っ直ぐに飛んでくる。キャッチしても人体に衝撃を与えることはなく、そのまま体を通り抜けて霧散した。受け止めたあと日月の顔を見る。
「決め球?」
 好きなときに発動させることができるようになったが、使い所は多くない。体力を消耗するから、回数が限られているのだ。
「そ。これ、もう少し威力落として回数増やしたいんだ」
「なるほど」
 ただ壁に向かって玉を投げるより、受け止めてくれる人間がいた方がやりやすいと言っていた。
 具体的なイメージ。体に染みついた感覚。
 それはきっと一人で形作るものではない。常にここで自分が日月の球を取る側として立っていれば、より形ははっきりとしていく。
「今、一つ投げたよね」
「そう。今のは全力のやつ。これを……
 日月がもう一度構える。
 平も球を取る姿勢になった。
 投げる。
 だが、日月を指を離れてすぐ球は急激に実態を失い、グローブに届く前にかき消えてしまった。
「あぁ」
 どちらともなく声が上がる。
「もう一回」
「大丈夫?」
「今くらいの薄さなら全然余裕」
 ただあの威力だと敵まで届かないだろう。球数を増やそうと思ったら、形を保つことができるギリギリを攻める必要がある。
 再度日月が投げた。
 今度は届く。人には触れられないが、風圧を錯覚するくらいの勢いで、駆け抜けていった。
 できたね、と声をあげようとした平の前で、日月がよろめいて膝をついた。
 駆け寄り肩を貸す。
「悪い。ちょっとくらっとした」
「特訓の続きはまた明日だね」
 今のところ全力投球は二度で限界だ。それ以上をやろうとするとふらついて立っていられなくなる。気を失うほどではないが、戦闘中は致命的だ。
 つまり練習も、そんなに長くは続けられない。
 もっと近い距離でボールを取って見たらいいかもしれない。途中で消えてしまったが、形は作ることができていた。届くというイメージを固めて、距離は少しずつ伸ばすとか。あとは球を小さくしてみるとか。
 幸いその球は人に当たっても怪我をする心配がないから、どれだけ至近距離で受け止めてもいい。
 寮の部屋に戻りながら、平は早速明日からの練習方法について考えを巡らせた。
 最短だと一日二投で終わってしまう。何をするのか、部屋に戻ってからも、あれこれ話し合った。
 平の考えた球を小さくする案は、投球の感覚を失ってしまうから結局採用はされなかった。だが蓄光素材をグローブにつける方はなんとか形になり、光を頼りにキャッチボールもできるようになった。
 先輩たちが卒業するまであと少し。
 あとは任せたと言えるように、できることは少しでも増やしておきたかった。