百鬼夜行/長光の行方/井戸の話/舶来物

狸本丸、お盆のお題リクエストすぺしゃる

百鬼夜行の通る庭


 こんのすけが言うには、今夜、この本丸に百鬼夜行が来るのだそうだ。正月の獅子舞の様に、百鬼夜行がすべての本丸の庭先を巡り歩くらしい。
「すべてって、全部の本丸?」
「まあ、百鬼夜行がひとつとは限らんしなぁ。分担するんだろう」
「俺、百鬼夜行なんて初めて見るぜ」
「和泉守の生まれた頃には、もうほとんどやらなくなっていたからね」
 皆、一様に楽しげであり、庭に面した広間を開いて酒宴の肴にしようと決まった。
 部屋の隅でそれを聞いている自分の心は、実に平らかである。百鬼夜行。それがなんだと言うのだろう。ただの化物の行列だ。皆がそれに価値を見出している理由が分からない。しかし、己の心中など誰に案ぜられることもなく、あれよあれよと酒宴の席は整えられた。
 夜も深まり、風に混じって祭囃子が聞こえてきた。笛、鐘、太鼓、鈴。流石に筝や三味線の音まではせぬが、近く遠くと徐々に大きくなってくる。
「あ、来たよ!いち兄!!」
「わあ、すごく楽しそうです……!」
 短刀故の偵察力か。暗闇に薄らぼんやりと提灯が見えた程度でも、彼等には充分らしい。次第に脇差や打刀も明後日の方を指差して笑っている。
 ぞろぞろと姿形が見て取れる様になると、酒宴も酣である。烏口の幇間が先頭を走り、割れた鍋や欠けた壺が後を行く。大八車に乗った葛籠の破れ目からは、丸太ほどの脚がはみ出している。そのまわりを一ッ目やら豆腐やらがはしゃぐように駆け回る。
 こんのすけの言うことには、
「定約により、彼の者達は生きているモノとは目も合わせません。審神者様は勿論、ひと時の人の身である刀剣様達も同様です」
 なので、何を気にすること無く物見遊山に興ずるがいいらしい。定約と言うのが気にはなるが、害無きモノならば案ずることもないだろう。一人手酌で百鬼夜行とやらを眺めていたら、茶釜が目に付いた。大体の器物は九十九神であったが、そいつは狸、昔語りに聞くぶんぶく茶釜の風体であった。百鬼夜行に削ぐわぬ様に思い、じっと目で追っていると、地面を嗅ぎながら歩いていたそれが顔を上げた。こちらを見ている。こちら、いや、己だ。じっと視線を返す様に、目が合った。生きているモノとは目も合わせぬのではなかったのか。何故か分からず、何とも知れず、恐慌仕掛けた時。狸が声を上げた。それが合図であったのか、全てがぴたりと止まり、全ての目がこちらを向いた。
「いた」「あれだ」「あいつだ」「あの者だ」「引き込め」「連れて行け」
 百鬼夜行。化物の群れ。その中に、いつの間にか見知った顔が混ざっている。刀剣だ。
 何故だ。
 生きているモノには、
 手を、
 生きている、
 生きている?
 私は、
 俺は、
 我は、
「お前は死んでるよ」
 狸を抱き上げた、刀、あれは、加州清光、
「だから、お前もおいで」
 遠の昔に死んだ審神者など、誰にも見えちゃいないから。
 ああ、わたしは、わたしは……


「あれって、一七零番本丸さんだよな」
「そうだよ。この時期、ご先祖の帰省に紛れて変なのが本丸に入り込むから、ああやって回収してるんだって。ボーナスも貰えるらしいよ。あっちの俺が言ってた」
「清光、詳しいな?」
「あー、うん。俺、あっちの俺とメル友だから」
「マジで!?おれもあそこのさにわさんと文通したい……
「あのもふもふ、字とか分かんないんじゃない?」




長光の行方



 小豆長光を鍛刀したのは謙信景光で、鍛刀キャンペーンの最終日に札代の五百円玉を握り締めて万屋までお使いに行って、それでもってやっと成功したのだった。
 長船派の祖が一振である燭台切光忠は素直に手を叩いて喜び、縁と円を持ってして馴染みを呼び寄せた謙信は「うわぁん」と泣いて抱きつき、数日の差で先に鍛刀されていた小竜景光は短く口笛を吹き、では直接の兄弟であるところの大般若長光の反応はというと、面食らった様に「そう来たか……」と呟いただけであった。当の小豆も「わたしはこうなったようだよ」と苦笑いを浮かべていた。
 その後も、長光の兄弟は独特の間合いを保ち続けた。決して不仲ではないが、互いに存在を手探りしているかのようで、時おり酒を飲み交わしながら、
「あんたは、今、何処に居るんだろうなぁ」
「さあ?きみこそ、いつからきみなんだろう」
「さてねぇ。昔からこうだったかもしれないし、あの時に変わったかもしれない」
 などと禅問答のようなことを語らっている姿が、頻繁に目撃された。その姿をじっと見ていると、彼等の名が、声が、姿が、ゆらりと揺らぐ瞬間があるという。あれは何なのかと当人達に聞いた猛者がいた。
 ふたりは、
「俺は一度曲がったからなぁ」
「わたしはどこにいるかわからないからね」
 と、似ていて似ていない笑いを浮かべるだけであった。




井戸の話



 勝手口の脇に井戸がある。時は2205年、武家屋敷に見えてもインフラは最新設備が敷かれているので、言うまでもなく水だって蛇口から出る。付喪神だの妖怪だの言われて古風なイメージを持たれがちだが、なんだかんだで現代まで生きてきたのだ。最新技術に適応できなくてどうするか。竈のばあ様もIHと茶飲み話をするし、小鬼達は自律式掃除機に乗っかってより汚れた方へ誘導して手伝っている。という訳で、現状として井戸は使われていない。

「井戸、使ってないんだよな?」
 御手杵は首を傾げる。甘い甘いコーヒー牛乳を作ってやっていた燭台切光忠は、それかどうかしたのかと、やはり首を傾げた。
 御手杵が言うには、井戸は手押しポンプ式なのだが、時たまそこから血だか泥だかクチナワだかが出るのだと聞いた、と。
「その噂って、誰に聞いたんだい?」
 その手のことは大概が噂好きの家鳴り連中が言い触らしており、しかも一切根拠がない。
「あー、誰だろ?障子に影が映ってはいたんだけどな」
 思い返せば、家鳴りの大きさではなかった。この本丸で廊下を縄張りにしているといえば光忠の兄か大倶利伽羅の龍なのだが、二者とも光忠攻防戦に忙しくて噂話などしはすまい。
「うちの子達にしては、なんだか本格的な感じだね」
「そうだなぁ」
「ちょっと調べないとよくないかな」
「そうだよなぁ」
 そういうことで、件の井戸を見に行くことになった。どうせ、勝手口を潜ればすぐそこだ。

 しかして、井戸はいつも通りに静かに鎮座していた。使った形跡もなければ、見慣れぬモノの気配もない。 では、何故に血だの泥だのクチナワだのが出るなどと言う噂が立つのか。
「よし!」
 考えても仕方がないと、光忠がおもむろに手押しポンプに手を延ばす。御手杵の制止もなんのその、だ。ガシャンガチャンと動かせば、錆の混じりもない綺麗な水が流れ出た。
「なんだ、普通の井戸水じゃないか」
 御手杵が拍子抜けしていると、水に混じって赤いものが流れ出てきた。なんだと顔を近づけてみれば、それは小さな花であった。
「紅梅だね」
「紅梅だな」
 これはあれかなぁ、と光忠と御手杵は顔を見合わせる。
「構って欲しかった、とか」
「使われてこそ、だもんなぁ」

 後日、井戸の水質調査が行われ、冷却水として最適な水が湧いていることが判明した。大量の水が必要な時に重宝されている。




舶来ものの彼女


「問題ないとは思うんだけどね」
 珍しく自信なさげに、蜂須賀虎徹は所感を述べた。歌仙兼定が新しく買い付けた舶来物のティーセットは、依然として沈黙を守っている。この本丸に来る以上は、大なり小なり化けているものだと思うが。
「ねえ、君。せっかくこの本丸に来たのだから、物同士仲良くしようじゃないか。そうだ、最近、紅茶のブレンドに興味があってね。ご指導願えないかな」
 歌仙の呼び掛けにも、応える気配は無い。歌仙と蜂須賀、ふたり顔を突合せて頭を捻っていると、ひょこりとにっかり青江が顔を出した。
「多分その子は、僕の方がお好みだと思うよ」
 正確には僕の連れの方、だけどね。
 言うなり、例の女が姿を現した。女がティーセットに音もなく何かを語りかけると、ゆらりと揺れた。現れたのは、少しばかり質素な身なりの少女であった。しばし女と少女は何かを語り合い、さんにんはそれを眺めるのみ。
 話し終えた女が、そっと青江に耳打ちした。
「彼女のお祖母様の形見だそうだよ。どれだけ困っても、それだけは手放したくなかったんだって」
 ティーセットをじっと見詰めている少女の姿に、成程と歌仙も蜂須賀も納得した。
 僕達は主に応えて心を得るけど、君達は主の心そのものが宿るのか。