【カスティエル】
地獄で彼の魂を見つけた時、なんと美しいのだろうと魅入った。カスティエルは手を伸ばし優しく包み込み引き上げた瞬間を今でも覚えている。永遠を生きる天使にとって、あの瞬間ほど輝かしい出来事はこれから先廻ってこないだろう。
そして、今、目の前から美しい魂が神の指先ひとつで消え去ったことにカスティエルは伸ばした手が届かなかった事実に恨めし忘れない。
「どうして
……! ディーンをどこに」
神が相手でも関係なかった。カスティエルは不敵に微笑むチャックから視線をそらさず睨んだ。ディーンの姿が文字通り消えたのだから。チャックがただディーンを消したわけではないと直感で悟ったのは、企み含む神の視線からだ。底意地の悪さはルシファーに似ている。
ジャックはまだ呆然としゃがみ込んだまま動かなかったが、カスティエルの後方にいたサムは今にもチャックに殴りかかりそうな勢いで駆け寄った。殴りたいのはカスティエルも同じだ。
チャックの胸倉を掴んだカスティエルは神に問いただす。「ディーンに何をした!?」と、怒気をはらんだ声で叫ぶ。しかし、チャックはそれも気に入らなかったらしい。眉を寄せ、カスティエルを虫けらのように見つめた。
「
……そうだな、君にもムカついていたから、同じように飛ばしてやろう。せっかくだからディーンのそばにいさせてやる」
指を鳴らした音と共にカスティエルもまた、姿を消した。
× × ×
雷鳴轟くと、納屋に突如として姿を現した得体のしれない存在を目の当たりにすれば人はどういう反応を示すのか、カスティエルは充分理解している。ただ、こちらも唐突で混乱した頭では咄嗟に身構えることはできなかった。
気付いたら、胸をナイフで突かれている。驚いたカスティエルは速やかに器の損傷を癒やす。そこですぐに違和感を覚えたのだ。器の魂が彼の中に宿っていること。さらに、見間違えるはずのない最愛の人間ディーン・ウィンチェスターが敵意を露わにナイフを握りしめていたこと。
「ディーン
……?」
カスティエルが呟くと、ディーンは驚き胸に突き立てたナイフから手を離した。
「お前は、一体何者だ!?」
困惑と憤怒が入り混じった声は少し震えている。ディーンから目をそらさずにカスティエルは、胸からナイフを引き抜き地面に捨てる。背後から振りかぶる攻撃を受け止めてから視線を向ければ、こちらも見知った人物がいる。
「ボビー・シンガー
……?」
ボビーは目を丸めた。しかし、これはカスティエルが名前を言い当てたことに対して驚いている反応だった。
「ここは
……」
カスティエルは眉を寄せる。ここは、ジミー・ノヴァックを器にして初めてディーンと対峙した日だ。ディーンに再び顔を向けると、彼の瞳にはカスティエルに対しての親愛は無い。得体の知れない者に対しての警戒心で溢れている。11年前の振出しに戻されたと愕然とした絶望がカスティエルの脳裏を殴る。
「おい、答えろ! お前
……人間じゃないな?」
何も答えないカスティエルに焦燥を覚えたディーンが問う。緊張している様子はまだあったが、狼狽えているのはカスティエルも同じだと感じ取ったのかディーンに冷静さが戻る。
「私は
……」
カスティエルは自身の掌を見つめた。人間の年数でいえば11年前だろうと、カスティエルにとってはまるで昨日のことのような出来事だ。地獄で極めて光り輝いていた魂。ディーンを真っすぐに見つめる。
「地獄で君の魂を掴み救った天使カスティエルだ」
名乗るカスティエルに対し、ディーンは信じられないと突っぱねる。彼の反応に当時は苛立ちを感じていたが今だと至極真っ当だと理解できる。天使は黙示録までハンターたちに存在を明かさず身を潜めるように手出しをしてこなかった。神の計画通り見て見ぬふりをした。カスティエルは目を細め思考を照らし合わせる。
再び同じことを繰り返すつもりはない。
今度は強い意志を持ち翼を広げる。枯れかけた恩寵の力が戻っていることを実感した。カスティエルの背後の壁に大きく広がる翼の影にディーンとボビーの動揺する声と感嘆とした息が漏れる。
地獄から救われた美しい魂。傷ついた彼はとても脆く儚いことも知っている。
「君は救うに値する魂だ」
それはずっと変わらない。カスティエルはディーンの傍で自由意志も慈しみも学び、間違いもたくさん犯したが、ディーン・ウィンチェスターが穏やかに過ごす幸をずっと願っている。世界の運命がそれを許さなくてもカスティエルは何度でも手を差し伸べるだろう。
「俺にそんな価値はない」
視線を逸らしたディーンの言葉はカスティエルの表情に影を落とす。一歩踏み出しそっと彼の頬に手を添える。
「地獄での所業を言っているのなら、あれは君にとっても不可抗力だった」
「
……見てたなら知ってるだろ
……俺がどんなクソ野郎か」
添えた手を振りほどきながらディーンはカスティエルを見ようともしない。
「殺伐とした地獄の中でひと際輝いていたのは君の魂だけだ」
ピクリとディーンの肩が揺れる。やっと顔を上げた彼と目が合うと、ヘイゼルグリーンの瞳が揺れる。カスティエルの言葉の真意を図りかねているのだろう。それは、疑り深くけれど清らかな色を見せる。今、改めて気付かされる。地獄から甦ったばかりのディーンの魂は傷つき弱っていたが、若々しく無鉄砲で両手に抱えられる全てのものを救えると信じて疑わない純粋な希望も持っている。
長年、意図されたシナリオに組み敷かれ絶望を積み重ねることのないディーンの本当の人生を、カスティエルは与えたい。どうすれば叶うのか、神が再び嘲笑うために仕組まれた新たなシナリオかもしれない。
ボビーの咳払いが背後から聞こえたのは、カスティエルがあまりにも長い時間ディーンを見つめていたそんな時だ。
「あー
……、良いか? 天使がどうして今、わしらに干渉する?」
カスティエルの存在に畏敬を示すも、ボビーは臆することなく鋭く指摘した。
「それは
……」
カスティエルはそこで言葉を切ると同時に天使ラジオを切断する。天界の天使が神の計画に従順で好戦的で狡猾なのを知っているからだ。ここからは慎重に言葉を選ばなければならない。
そうして、ディーンとボビーを見やって話を進める。彼らにどこまで話せば良いかタイミングを誤れば過去と同じ轍を踏む。
「これから間もなく黙示録が始まる。ルシファーの封印が解かれ、ミカエルが地上で戦争を仕掛ける」
予想外な大きな事柄にディーンとボビーは言葉をなくした。悪魔だけではなく、天使もまた地上に戦争をもたらすことに躍起だと、告げればボビーの眉が釣り上がる。
「人間の敵は悪魔と天使というわけか? それでお前さんはわざわざそれを伝えたってことは、こちらの味方か? 何故だ?」
至極冷静で鋭い問にカスティエルは思わず微笑んだ。こういう時のボビー・シンガーは頼もしく、ウィンチェスター兄弟の保護者的な立ち位置だと身にしみて理解する。状況がまだ把握できていないディーンに対して、ボビーははっきりとここで線引きをしている。
カスティエルは敵か味方か。と、
「それは
……彼が大切にしている世界だから」
そう言ってディーンに視線を向けるカスティエルは、再びボビーの咳払いに我に返る。
「あー
……お前たち、初対面だよな?」
ボビーはディーンに目配せさせる。
「あ、当たり前だ!! こんなヤツ、俺は知らない!」
ギョッとしながらもディーンは頬を赤らめ喚いた。どうやらカスティエルの距離感が異様に近いせいだ。けれど、初めて彼と対面した時もこれくらい詰めていた気がする。カスティエルは首を傾げたが真摯にディーンとボビーに向き合う。
「私は黙示録を阻止したい。これから天使たちはディーン・ウィンチェスターの周辺を目ざとく監視するようになる。また、悪魔たちもサム・ウィンチェスターの周辺を彷徨くだろう。周囲にいる者たちも無関係に危害が及ぶ。そうなってからでは遅い」
突然現れたカスティエルが信用できない経緯も理解できる。ディーンは疑り深い。人間でないものなら尚更だ。今説明できる精一杯の言質を尽くすしかカスティエルはできない。あとは、行動で示すしかない。
「どうして俺たちなんだ?」
ディーンはカスティエルの真意を図る。
「ディーン・ウィンチェスターとサム・ウィンチェスターは、黙示録を仕掛けるための鍵だからだ」
封印のことを話すべきかと、カスティエルが迷いを見せると切断していた天使ラジオを無理強い繋げたザカリアから通信が入る。これ以上上官の天使に怪しまれるのも分が悪い。カスティエルは口を閉ざし、早急に話を切り上げるしかない。
「すまない、私は天界に戻る」
「おい!」
ディーンがまだ聞きたいことがあると、叫ぶがカスティエルは遮った。代わりに胸ポケットからメモとペンを取り出す。天使の盗聴から身を守る護符の紋様をメモに記し、それをボビーに渡した。
「これを」
受け取ったボビーは眉を顰める。
「この紋様を建物を囲うように壁に記せ。天使は常にアンテナを張り巡らせ盗聴している。天使除けだ」
「はっ、悪魔だけでも厄介なのに天使まで警戒せねばならんのか」
ボビーは表情を歪ませたが興味深そうにカスティエルを見やる。まだ測りかねているような顔だ。それでも最初に見た時よりカスティエルに向ける表情は柔らかくなっている。
「私も今は上官の天使に警戒されるのは避けたい。上から呼ばれたら従う振りくらいはしなければならない」
話しの続きは次会う時に必ずすると、彼らに約束する。
「お前を信用できる根拠は?」
ディーンが去り際に言い放つ。カスティエルは思考を巡らせ、答えた。
「私以外の天使が君に接した時、違いが分かるはずだ」
今いる天使たちがどのような振る舞いを見せるのかカスティエルは知っている。ディーンはすぐに気付くはずだ。彼は一瞬、目を丸めたがすぐに不敵に微笑んだ。カスティエルの返答が気に入ったらしい。
カスティエルは口元を緩め、翼をはためかせ飛んだ。ディーンとボビーには姿が消えたように見えただろう。彼らの反応に思わず郷愁に駆られる。
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