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chu!ppiness
2024-03-17 06:58:21
3745文字
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chu!ppiness第7話「霹靂と一番星」
nanaにて活動予定のアイドルユニット「chu!ppiness」結成秘話🌸
第7話「霹靂と一番星」
松岡侑莉の憧れと、自分を変えるきっかけのお話です。
書き手:柚鈴 (
https://twitter.com/Citlisamusic
)
🦄松岡侑莉>>
https://nana-music.com/sounds/06b037f3
chu!ppiness 公式nanaアカウント>>
https://nana-music.com/users/10589522
chu!ppiness 公式Twitterアカウント>>
https://twitter.com/chuppiness_
❁松岡侑莉
「ももちゃんのSNS、更新されてる
……
」
どんよりと淀んだ曇り空が、窓の外を満たした夕暮れ。数日間降り続いた雨は止んで、名残のような分厚い雨雲の切れ端が夕景を覆っていた。鞄の中でくぐもって鳴った通知音に、侑莉はちらりと周囲を見回す。放課後の音楽室に、自分以外の人の気配はない。それでもなんとなく気が引けて、隠れるようにスマホの画面を確認した。時代の流れに沿ってスマホ使用禁止の校則はすっかり死文化していたけれど、一応生徒手帳には記載があるままだ。叱られないと分かってはいても、堂々と規則を破るのは気が咎めた。ギリギリまで画面の光度を落として、更新されたSNSを確認する。鶴橋もも。侑莉にとって一番の憧れであるインフルエンサーだ。上がっていたのは、幾つものフリルとリボンで彩られた新作だというワンピースの写真。ツインテールに結われた髪は、今日もばっちり丁寧に巻かれている。侑莉の憧れは、今日も世界で一番可愛い。インターネットに上げられる可愛さなんて虚構だって言う人もいるけれど、侑莉はももの可愛さが決してハリボテではないと知っていた。なんせ侑莉とももは、同じ学校に通う同級生なのだ。ほとんど関わりはないけれど、一度だけ廊下ですれ違ったことがある。動揺して手にしていたプリントを落としてしまった侑莉に対して、ももは柔らかく微笑んでくれたのだ。はい、落としたよ? ほんの少し小首を傾げてプリントを差し出されたとき、どんな返事をしたかなんて覚えていない。彼女の纏う雰囲気すべてに圧倒されて、記憶が飛んでしまった。仲良くなりたいとか、また話してみたいとか、そういうことを考えないわけではない。だけどいつでも笑顔を絶やさず愛らしいももは、学校生活でも常に人に囲まれている。人付き合いが苦手な侑莉にはそこに加わる勇気がなくて、一人で静かに遠くから応援していた。陽が落ちて眠りにつく前に神様に祈る信徒のように、毎日の片隅で遠くに光る一番星みたいに信仰していた。数あるインフルエンサーの中で、ももだけが侑莉の特別になった理由は明確だ。彼女は決して、自分の好きなものを曲げない。過剰にも思えるような王道で純粋な可愛さを、どこまでも貫いている。時に心ない人々から「ぶりっこ」なんて叩かれても、たった一度の投稿を除いて、彼女は決して折れることがなかった。変わらないその信念に、侑莉は心を打たれたのだ。自分には叶えられない憧れを、叶えてもらえたような気分になれるから。自分の憧れを託すみたいに、ももに夢を見ていた。
侑莉も本当は、一度でいいからもものような可愛い服を着てみたかった。おとぎ話のお姫様みたいな、可愛いロリータファッション。だけど、侑莉には叶えられない。そういう系統の服装は、両親の好みじゃないから。侑莉の両親はどちらも、代々続いてきた医者の家系だ。幼い頃から真面目に勉強して、多くの命を救ってきた立派な人たちだ。そんな両親のことは、心から尊敬している。だけど、だからこそ、侑莉は両親に自分の気持ちを伝えるのが苦手だった。きっと二人に悪気はない。自分たちがいいと思うものを、侑莉に勧めてくれるだけだ。流行りのアイドルソングより、クラシックを聴きなさい。漫画なんて読む暇があるのなら、美術館に行きなさい。侑莉が憧れたものを、両親はいつもやんわりと否定した。侑莉が好きになるかもしれないものを、ダメなものみたいに扱った。そんな風に言われてしまうのが、侑莉はずっと悲しかった。大好きな人たちに、自分の好きなものを否定されることほど悲しいことはないだろう。どちらのことも嫌いになりたくないから、興味を覚えたことがあっても、逃げるように突き放す癖がついてしまった。そんなときに出会ったのが、ももの言葉だった。「ももはずっと、自分の好きなものを好きでいたい」。傷つくことを恐れてばかりの侑莉には、彼女の言葉が眩しくて仕方なかった。だから憧れの気持ちを昇華するように、彼女のファンになったのだ。
「ほんとだよ! すごく綺麗なピアノが聞こえてくるだもん!」
突然廊下に響いた声に、びくりと身を震わせてスマホを隠す。連なるような騒がしい声と足音に、侑莉は反射的に眉を顰めた。家じゃなくて廊下なんだから、もっと静かに歩けないのだろうか。思わずそんなことを考えて、浮かんだ感情が僻みであることを自覚する。別に、彼女たちは何も悪くない。授業中ならまだしも、今は放課後だ。侑莉だってさっきまではピアノの練習をしていたのだから、彼女たちが責められるいわれはない。ただ、友達と楽しそうにしている姿に嫉妬しただけだ。侑莉には、放課後に騒げるような友達がいないから。欲しいと思っても、作り方が分からないから。変に思われるのが怖くて踏み出せないまま、高校生活も三年目を迎えてしまった。いつだってそうだ。失敗することを恐れて、手を伸ばすことを諦めて、くだらないって見下すふりをしている。洋服も、人間関係も、無難なものしか選ぶことが出来ない。取り返しのつかないことになって、後悔したくないから。何もしない方がマシだったって、思っていたいから。隠すようにスマホの電源を切って、ピアノの蓋を閉めた。時計の針は夕方の五時を示している。そろそろ帰らなければ、両親に心配されてしまう。鞄を手にした侑莉が立ち上がるのと同時に、突然大きな音を立てて音楽室のドアが開いた。入ってきたのは、五人ほどの知らない生徒。先程廊下で大声を上げていた集団と同一人物だろう。
「な、なに
……
?」
そのうちの一人が無遠慮に、侑莉の方へと向かってくる。戸惑って言葉を零せば、目の前の少女は満面の笑みを浮かべて口を開いた。
「私、柏木あんな! C組の松岡さんだよね? 私たちと一緒に、アイドルやろうよ!」
それはまさに、青天の霹靂と呼ぶに相応しい言葉だった。澄み渡った空に突然轟いた雷だった。何の脈絡もない、突然の申し出。アイドル? 急に? 何の話? 混乱だけが頭を占めて、気付いた時には反射的に言葉を返していた。
「悪いけど、暇じゃないので」
突き放すような言葉に、また自己嫌悪する。彼女の言葉を理解するより先に、防衛本能が働いた。人と距離を詰めることが怖い。嫌われることが、傷つくことが怖い。だから先に突き放して、嫌っているのはこちらだというふりをする。そうすれば、最悪の事態は免れえるから。
「そういう言い方は、ないんじゃないですか」
冷たい言葉に肩を落としたツインテールの少女──あんなを庇うように、集団のうちの一人が責めるように口を開いた。客観的にも侑莉の方が悪いのは、自分でも分かっている。だけど複数で責めるみたいな言い方をされれば、素直に謝るのが癪になった。何も言葉を返さずに、少女を睨み返す。弾ける直前の静電気みたいな雰囲気を打ち破ったのは、開きっ放しの扉の外から聞こえた声だった。
「お待たせ〜! SNS更新してたら遅れちゃった、ごめんね?」
カフェラテに山盛りの角砂糖を加えたみたいな、ふわふわした甘い声が耳朶を打つ。殺風景な音楽室を彩るみたいに、ピンク色のツインテールが揺れた。さっきまで、侑莉が見ていた画面の中にいた少女──鶴橋ももが、そこにいた。本物だ。衝撃で心臓が止まりそうになって、思考がフリーズする。そんな侑莉に構うことなく、ももがこちらに近付いてくる。
「その子が、新しいメンバーさん?」
頬に人差し指を当てて小さく首を傾げ、ももがそう尋ねた。ひとつひとつの動作が、徹底的に可愛い。
「ももは、鶴橋ももだよ! これからよろしくね〜!」
にっこり微笑んだももが、侑莉の手を握った。
「は、はい、よろしく、お願いします
……
?」
憧れの存在を過剰摂取して、知らず知らずの間に頷いてしまう。ぱっと表情を明るくしたあんなが、嬉しそうに迫った。
「ほんと? メンバーになってくれる?」
この空気からは、どうしたって断れない。侑莉の知らないうちに、塞は投げられていた。
「勉強と両立できる範囲でなら、いいです、けど
……
」
流されるようにそう答えながらも、微かに胸が高鳴った。怯えて咄嗟に断ってしまったけれど、本当は嬉しかったから。一緒にやろうって、声をかけてもらえたこと。奇跡みたいな出来事が重なって、侑莉はアイドルへの一歩を踏み出していた。もしかしたら。はしゃぐあんなたちの様子を眺めながら、期待に似た感情が湧き上がるのを感じる。長く降り続いた雨が止む瞬間を、空を見上げて待つみたいな気持ち。もしかしたら侑莉も、なれるかもしれない。好きなものを好きって言える、新しい自分に。憧れたももみたいな、煌めく一番星に。
「そ、の
……
これから、よろしくお願いします
……
!」
芽生えた感情に背中を押されてそう言葉を紡げば、温かい笑顔が返ってくる。侑莉がずっと、憧れていたもの。嬉しくて泣きそうになって、誤魔化すみたいに目元を拭った。好きなものを、好きだと言える自分になりたい。ももに託していた夢が今、自分の手元にある。今度は叶えるんだ、自分の力で。心の中でそう誓えば、今よりほんのちょっとだけ、強くなれたような気がした。
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