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chu!ppiness
2024-03-17 06:27:23
3981文字
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chu!ppiness第6話「陽だまりと勇気」
nanaにて活動予定のアイドルユニット「chu!ppiness」結成秘話🌸
第6話「陽だまりと勇気」
遠山日菜の抱えた痛みと勇気のお話です。
書き手:柚鈴 (
https://twitter.com/Citlisamusic
)
🐣遠山日菜>>
https://nana-music.com/sounds/06afeeba
chu!ppiness 公式nanaアカウント>>
https://nana-music.com/users/10589522
chu!ppiness 公式Twitterアカウント>>
https://twitter.com/chuppiness_
❁遠山日菜
「今日も、声かけられなかった
……
」
静かな雑踏みたいなまばらな音を立てながら、窓の外には雨が降り募っている。壁に沿うようにして反響するその音を聞きながら、日菜は靴箱へと続く階段をとぼとぼと降りていた。頭に浮かんでくるのは、昨日と同じこと。今日もまた、勇気が出なかった。一歩を踏み出さない理由ばかりを探して、逃げ出してしまった。声をかけてみると決めたのは、誰でもない日菜なのに。
隣のクラスの柏木あんなという子が、アイドルグループを始めるらしい。そのためのメンバーを探していて、色々な人をスカウトしているらしい。そんな噂を耳にしたのは、つい先週のことだった。話していたのは、クラスでも派手めな格好をした、ちょっぴり怖い人たち。高校生にもなって、アイドルなんて。夢見すぎじゃない? 馬鹿にするような響きに、ぎゅっと心臓が掴まれたみたいに縮こまった。瘡蓋になりきらない傷が、ズキズキと痛み始めるみたいな感覚。随分と時間が経ったというのに、まだあの日の記憶は日菜の中で風化していないらしい。アイドル。小学生の頃に、日菜が呼ばれていたあだ名だった。賞賛ではない、きっと侮蔑だったのだろう。日菜に向けられるその言葉にはいつも、嘲るような含み笑いがくっついていたから。今でもその四文字を聞くと、自分が笑われているのではないかと、怖くて足が震える。何より大好きだったはずの言葉に、耳を塞ぎたい日が来るなんて思ってもいなかった。ずっと幼い頃から、誰よりも何よりも、アイドルが大好きだったのに。
日菜が初めてアイドルに出会ったのは、小学校に入る前のことだ。テレビの歌番組で、一生懸命歌って踊るキラキラした人たち。可愛い衣装を纏って、眩しいライトを浴びて、誰より輝いている彼女たちに、日菜はたちまち夢中になった。毎日頑張って歌やダンスを覚えて、祖母の前で披露した。当時の日菜にとって、その「アイドルごっこ」は、何より楽しい遊びだったのだ。小学校に上がってから、同じようにアイドルが好きな友達が出来た。日菜にとっては初めて、好きの気持ちを共有出来る友達だった。彼女たちと四人で過ごす時間は、これまで過ごしたどんな時間よりも刺激的で楽しいものだった。休み時間のたびにテレビや新曲の話をして、放課後になるとアイドルの真似をして遊んだ。近所の公園に集まって、四人で歌やダンスを合わせた。衣装のデザインを考えたり、グループ名を決めてみたり。デビューまでの道のりの話で盛り上がっては、嬉しくなっていた。日菜たちなら本当にアイドルになれるかも、なんてことを思っていた。だからクラスのお楽しみ会の話を聞いて、真っ先に思いついたのだ。グループでの出し物として、みんなでアイドルになろう! 四人の歌とダンスを、クラスの子たちに見てもらおう! その思いつきは日菜にとって、冒険へと連れ出してくれる宝の地図だった。アイドルとしてデビューするための、輝かしい一歩のように思えていた。日菜の提案を、みんなは喜んで受け入れてくれた。やってみよう。四人で、アイドルになろう。心が一つになったみたいで嬉しくて、その日から毎日頑張って練習に励んだ。当時流行っていたアイドルアニメみたいに、みんなでたくさん話し合って、最高のステージにしようと思っていた。だけど発表当日、拍手の代わりに降ってきたのは、馬鹿にするような笑い声だった。
「なにあれ、ダサ
……
」
「遠山、ホントにアイドルになれると思ってるのかよー!」
揶揄うように野次を飛ばす人、気まずそうに顔を見合わせる人。想像もしていなかった反応に、ショックで目の前が真っ暗になった。たくさんの拍手がもらえると、信じて疑っていなかった。四人の歌もダンスも最高だと思っていた。プロにだってなれると思っていた。みんなが褒めてくれて、本物のアイドルみたいに、ファンがつくかもしれないなんて思っていた。だけど、全部、日菜の思い上がりだった。都合のいい空想だった。日菜の思いつきは彼らにとって、ダサくてカッコ悪いものだったのだ。グループの一人が静かに泣き出して、あとの二人は責めるような目で日菜を見ていた。すぐに先生がやってきて、お楽しみ会は白けた空気のまま終わりになってしまった。帰りの会のすぐあとに、日菜は彼女たちに謝ろうとした。きっと誰も悪くなかったけれど、言い出したのは日菜だったから。だけどそれより先に、教室中に大きな声が響いた。
「だから、アイドルなんてダサいって言ったのに!」
響いたその声は、さっきの発表で泣き出した──毎日一緒に練習していた、大好きな友達の声だった。追従するように、他の二人も口を揃える。
「変だと思われるよ、ってちゃんと言ったのにね
……
」
「日菜ちゃんが、無理に誘うから
……
」
じとりと湿った梅雨の空気が、日菜を責める言葉を運んだ。初めは、信じられなかった。悪い夢を見ているような気分だった。だって、みんな、好きだって言っていたのに。アイドルが何より好きだって。歌もダンスも楽しいって、アイドルになりたいって、何度も言ってくれたのに。昨日までは、みんなに見てもらうのが楽しみだねって、四人で笑いあっていたのに。ノートの要らないページを破いたみたいに、これまでの日々が一瞬でなかったことにされてしまった。チョークの文字を消すみたいに、呆気なく見えなくなってしまった。友達をやめる、と言われるのならまだよかった。少なくとも、楽しかったこれまでの日々は思い出に出来るから。今までの言葉は、全部嘘だったのだろうか。本当はみんなアイドルなんて少しも好きじゃなくて、日菜に話を合わせてくれていただけなのだろうか。思い当たった可能性が恐ろしくて、声が出なくなって、日菜は踵を返して教室から逃げ出した。酷く重いランドセルを背負って、ひとりぼっちで帰路についた。悔しくて、悲しくて、寂しくて、まとまらない気持ちがぐしゃぐしゃになって心を汚していた。その日から卒業まで、日菜は「アイドル」と呼ばれるようになったのだ。しばらくすればみんな忘れてくれると思っていたけれど、アイドルの話題が出るたびに、ひそひそと視線を向けられた。毎日が怖くてたまらなくて、眠る前には必死に祈っていた。どうか明日は誰も、アイドルの話をしませんように。アイドルのことは大好きなままなのに、そんなことを願ってしまう自分自身が悲しかった。
中学校に進学して、かつてのクラスメイトと離れてから、日菜は心の中で固く誓った。絶対に誰にも、自分の好きなものの話をしてはいけない。嫌いになりたくないものほど、どうでもいいふりをしていた方がいい。きっと寂しい毎日になるけれど、それ以上に傷付くことが怖かった。今でも変わらずに、アイドルのことが大好きだ。だけど何があっても、その話をしてはいけない。また、同じように笑われてしまうから。好きなものを嫌いにならないためには、そうするしかないのだ。高校三年生になるまでの五年間、日菜はひたすらにその主義を貫き通して生きてきた。
だけど──それでも日菜は、アイドルが好きだった。アイドルに憧れていた。夕焼けに晴れを願うように。星を航海の導きにするように。幼い日々から変わることなく、同じ夢を抱き続けてきた。太陽よりもずっと眩しいスポットライトを浴びながら、沢山の人の前で歌って踊ってみたかった。だからあんなの話を聞いたとき、真っ先に思ったのだ。これが、最後のチャンスかもしれない。この機会を逃したら、二度と変われないかもしれない。これから先も一生、自分の好きなものをひた隠しにして生きていくしかないのかもしれない。そんな人生を歩みたいかと聞かれれば、答えは断固としてNOだった。勇気を出してみれば、世界は変わるかもしれない。だけど、笑われるのが怖い。ゆらゆら揺れる心の天秤に頭を悩ませているうちに、一週間が経っていた。それでも今日こそ、声をかけようと思っていたのだ。踏み出してみると決めたはずなのだ。なのにいざ声をかけようとすれば、振り絞った勇気は瞬く間に萎んでしまう。まるで、日陰に置かれたままのたんぽぽみたいに。このまま何も出来ずに、時間が過ぎていくのだろうか。そのうちメンバーが揃ってしまって、アイドルグループが動き出すのだろうか。それを見た日菜はもしかしたら、考えてしまうかもしれない。いっそのこと、みんなに笑われればいいのにって。そうしたら、勇気の出なかった自分への言い訳になる。あのとき声をかけていたら、ああして笑われていたよって。酸っぱいブドウに悪態をつくみたいに、嫌なことを願ってしまうかもしれない。そう考えてぞっとした。自分を守るために、大好きなものを悪く言う人間にはなりたくなかった。好きなものには正直に、好きだって言っていたかった。燃え上がるような衝動が、嫌な自分を掻き消すみたいに日菜を突き動かす。気付いたときには、来た道を戻って走り出していた。きっと、考えてはダメなのだ。日菜にとっての勇気はきっと、しゃぼん玉みたいなものなのだ。ぐずぐず考えているうちに、パチンと弾けて消えてしまう。だったら消えてしまう前に、走り出せばいい。後戻りの出来ない場所まで駆けていけば、きっともう勇気は要らないから。逃げ出したい気持ちに追いつかれないように、日菜は廊下を駆け抜けた。あんなのいる教室の前まで辿り着けば、微かな歌声が耳に届く。引き返せなくするために、日菜は勢いよく教室の扉を開けた。驚いたように目を丸くしたあんなが、真っ直ぐにこちらを見つめている。深々と息を吸い込んで、日菜は言葉を発した。ちょっぴり裏返った不恰好な声だったけれど、太陽みたいな憧れへと踏み出す一歩だった。
「私を、アイドルにしてください!!」
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