chu!ppiness
2024-03-17 06:20:51
4160文字
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chu!ppiness 第4話「ももいろの夢」

nanaにて活動予定のアイドルユニット「chu!ppiness」結成秘話🌸
第4話「ももいろの夢」
鶴橋ももの夢見る「かわいい」のお話です。
書き手:柚鈴 ( https://twitter.com/Citlisamusic )

🎀鶴橋もも>> https://nana-music.com/sounds/06b0127e
chu!ppiness 公式nanaアカウント>>https://nana-music.com/users/10589522
chu!ppiness 公式Twitterアカウント>>https://twitter.com/chuppiness_

 ももは、「可愛い」が好きだ。天蓋付きのベッド。ピンク色の壁紙。ふわふわのぬいぐるみ。可愛いものに囲まれていると、まるでプリンセスになったかのような、幸せな気分になれる。だけど特別に好きなのは、自分をとびきり可愛くする瞬間だ。チーク、アイシャドウ、リップ。魔法をかけるみたいに、鏡の中の自分を彩っていく。最後にお気に入りの春色ワンピースを纏えば、その日のももは世界で一番可愛くなれた。いついかなるときでも、可愛さのための努力は怠らない。それがももの信条だった。毎朝五時に起きて川沿いを走り込むし、どれだけ疲れていたとしても、夜にはストレッチと筋トレを欠かさない。それだけストイックに努力を続けられたのは、ひとえに昔の原体験のおかげだった。十歳の誕生日に、化粧品メーカーで働く母がももにメイクを施してくれたのだ。あの日の感動は、一日だって忘れたことはない。鏡に映った自分が、まるで魔法にかけられたシンデレラみたいに輝いて見えたのだ。だけどこの魔法は、十二時で解けるような儚いものじゃない。もも自身が努力すれば、いつでも手に入るものだ。カボチャの馬車に頼らなくても、ガラスの靴を手にした王子様が迎えに来なくても、ももはいつだって自分の力でお姫様になれる。そう気付いた日から、ももはすっかり「可愛い」の研究に夢中になった。あの日の感動をもう一度体験したくて、毎日のようにメイクを練習した。栄養の勉強もして、母と食事を相談して、運動の量も増やした。ももの日々のすべては、憧れた可愛いを叶えるためにあった。
 アイドルになりたい、という新しい夢に出会ったのも、そんな折だった。きっかけは些細なことだった。ももが小学生の頃、クラスの女の子たちの中で、アイドルアニメが流行っていたのだ。カードを集めるアーケードゲームが原作の、夕方に放送されているもの。ももは初めのうちは興味を持てなかったのだけれど、友達に何度も勧められて、一度だけのつもりで見てみたのだ。その物語は、「可愛い」に溢れていた。童話に出てくるお姫様のような、生まれついての可愛さじゃない。アニメの中のアイドルたちは、これまでももが送ってきた日々と同じ努力を重ねていた。アイドルという夢を目指して、ひたむきに頑張り続けていた。何があっても諦めず、夢に向かって手を伸ばす。そんな姿に心を打たれて、ももはすっかりそのアニメに夢中になった。それだけではない。自分自身も、同じ夢を目指してみたくなった。アイドルという煌めく一番星に向かって、思いきり走ってみたかったのだ。アイドルになればきっと、最高に可愛い自分になれる。それだけじゃない。アイドルになって、ももの信じる可愛さを世界中の人に届ければ、きっとみんなが「可愛い」に夢中になる。自分に自信がなくたって、一歩を踏み出す勇気になれる。ももはそんな風に、可愛いの道標になりたかった。誰もが見上げる北極星になりたかった。

 だから中学生になってすぐ、アイドルになるためのオーディションを受け始めた。すぐに合格する自信があった。自分の持てる時間はすべて、アイドルになるために注ぎ込んできたから。アイドルを目指して頑張る女の子はみんな可愛いけれど、中でもももが特別に可愛い。その上、自分の魅力を最大限に分かっている。そんな自信があった。だけど現実は、そんなに簡単じゃなかった。どのオーディションを受けても、書類審査は通るのだ。ほとんどの場合、一次審査だって突破出来た。だけど最終審査になって、実際に面接官と話をすれば、いつも落とされてしまう。彼らはいつだって、口を揃えてこう言った。
「今時、ぶりっこキャラは流行らないからね」
「そういうキャラは、もう売れなくなってきてるから」
 ももを面接した人たちは、まるで口裏を合わせているみたいにお決まりのセリフを披露した。その言葉を聞くたびに、ももは理解が出来なかった。何の話をしているのだろう。流行らない? 売れない? ももの可愛さが? こんなにも可愛いのに! 彼らが紡ぎ出すその言葉は、これまで積み重ねたももの努力をすべて否定するに等しいものだった。今でも思い出すたびに、胸がじくじくと抉られるように痛む。ぶりっこキャラは、売れない。反芻するたびに分からなくなる。ももが愛する可愛さは、誰にでも喜んで受け入れられるものではないらしい。突きつけられたその事実が信じられなかった。ももがそうであったように、誰もが憧れる可愛さだと思っていた。ももの可愛さは、もものすべてだ。あの日初めてメイクの楽しさを知ったももが、初めてアイドルを夢見たももが、必死になって今日まで生きてきた証だ。それを「キャラ」なんて安っぽい言葉で片付けられたくなかった。アイドルになりたいのなら、キャラを変えた方がいい。繰り返されるその言葉が、心の底から理解出来なかった。キャラを変えるって、何? どんなときであっても、ももは変わりなくももだ。ひとつだって偽らない、鶴橋もものまま生きている。誰かに好かれるための偶像なんかじゃない。自分が自分を好きでいるための努力だ。それなのに、どうして分かってくれないんだろう。オーディションに落ちるたびに、悔しくて毎晩のように泣き続けた。
 捨てるしか、ないのだろうか。夢を叶えるためには、自分らしさを諦めるしかないのだろうか。オーディションを受け始めて四年目、もはや数え切れないほどに溜まった落選通知を見て、ふとそんな考えが浮かんだ。アイドルになるという夢を叶えること。自分の憧れた可愛さを貫き通すこと。もしかするとこの二つは、両立しえないのかもしれない。二者択一なのかもしれない。アイドルになるためには、「ももらしさ」を捨てなければならないのかもしれない。自分らしいままアイドルになるのが一番だと思っていた。自分の可愛いを信じ続けた道の先に、アイドルという花が咲くのだと思っていた。だけどそれは、間違っていたのかもしれない。愚直にひたむきに走り続けているだけではダメで、どちらを選ぶか天秤にかけなければいけないのかもしれない。それはももにとって、究極の選択だった。大好きな可愛いをみんなに伝えるために、ももはアイドルを目指したのだから。それでも、一度芽生えたアイドルへの憧れは、簡単には捨てがたいものだった。キャラ。吹けば飛ぶようなその軽い三文字に、どれだけ心を痛めてきただろう。「ぶりっこキャラは売れないから」。たったそれだけの理由で、ももは窮屈な仮面を被って、今まで信じてきたものを見捨てて、歩いていかなければならないのだろうか。悩みに悩んだ末に、ももは決心した。アイドルになるという憧れを、諦めないことを。自分の手技を曲げてでも、夢を追いかけることを。まずは試してみるつもりで、いつもと違う自分をSNSにアップしたのだ。普段ならしないメイクに、普段なら着ない大人びたワンピース。清楚で綺麗で素敵だけど、ももの趣味ではない。それでもアイドルになるためには、「キャラ」を作るしかないと思った。その投稿は悲しいことに、普段よりもずっと伸びた。可愛い。憧れます。欲しかった言葉がいくつも並んだけれど、ももは少しも嬉しくなかった。本当になりたかったものから、遠ざかっていくような気がしたのだ。それから数日、ももは毎日続けていたSNSの更新をストップした。このまま本当に、ももらしい可愛さを諦めるのか。考える時間がほしかった。そんな折、SNSのアカウントにメッセージが届いたのだ。
「初めまして。いつも可愛いももちゃんに憧れています」
 そんな書き出しで始まった手紙のようなメッセージは、次のように続いた。
「最近投稿をお休みされているので、何かあったのか心配です。お姫様みたいに可愛いももちゃんに、自分の憧れを叶えてもらったような気がしていました。強くて優しいももちゃんの言葉に、いつも救われています。私はももちゃんにずっと、自分の好きな可愛いももちゃんでいてほしいです。押し付けのように感じてしまわれたらすみません。これからもずっと、応援しています」
 届いた。そのメッセージを読んで、一番に芽生えた感情はそれだった。伝えたかったももの可愛いは、確かに届いていたのだ。流行らないと言われても、売れないと言われても、全人類がももの愛する可愛さを受け入れないわけじゃない。メッセージをくれた彼女のように、共感してくれる人はいる。好きだといってくれる人はいる。それならももは、自分を曲げるべきじゃない。ももらしくいることを、愛してくれる人たちがいるのだから。ももは、自分の可愛いを叶えるために、届けるために、アイドルを目指したのだ。自分の主義を曲げて、信じる可愛いを貫かないのは、鶴橋もものやり方じゃない。ももはももらしくいられる場所で、アイドルになるんだ。そのメッセージをはももにとって、かけがえのない宝物になった。オーディションに落ちるたびに、自信を失いそうになるたびに、何度だって立ち上がれる勇気をくれた。きっといつか、ももらしくいられる場所が見つかる。それだけを信じて、アイドルになるための努力を続けてきた。

「鶴橋ももちゃん、だよね? SNS、見ました! すっごく可愛かった!! 私たちと一緒に、アイドルやりませんか!」
 だから、あんなからの誘いは渡りに船だった。歌い手でもアイドルでも、セルフプロデュースグループが人気を博している時代だ。オーディションに頼らずとも、自力でアイドル活動を始めるという道についても検討し始めていた。そんなときに、あんなに声をかけられたのだ。彼女は言った。ももちゃんの可愛さが、グループに必要なんだ! その言葉を聞いて、見つけた、と思ったのだ。ももらしくアイドルになれる場所。自分を曲げることなく、信じる可愛いを貫ける居場所。ここでならきっと、ももの夢を叶えられる。土を育てて花を咲かせるみたいに、ももの大好きな「可愛い」に、憧れたアイドルという夢に、思う存分手を伸ばすことが出来る。かけがえのない幸せの予感を胸に抱きながら、ももは最上級の笑顔を浮かべて言葉を返した。
「誘ってくれて、ありがとう! もも、一緒にアイドルやりたいな!」