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shirajira
2024-03-16 20:36:37
7089文字
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返す返すのその先は
2024.3.16ビマヨダワンドロにて。お題「お返し」
「ビーマ。ドゥリーヨダナからだ。お返しだそうだ」
そう黒衣のボクサー姿であるカルナ
――
サンタであるらしい、意味がわからない
――
に呼び止められ渡されたのは多大な額のQPで、ビーマは怪訝な顔をした。何もかも意味がわからない。
「ついでに一週間、あの男はお前の前に姿を現すつもりはないそうだ」
「は?
……
どういう意味だそれは」
「そのままの意味だ。アルジュナたちとでも、楽しむといい」
並みの者なら震え上がるであろう、地の這うような声にもカルナは顔色一つ変えず、淡々とそう返すと、用は済んだとばかりに背を向けた。ビーマはその背中に怒鳴る。
「おい!」
「
……
ドゥリーヨダナは賢くありながら愚かな男だ。だが、お前もそれに勝るとも劣らない」
そう言い残すと、カルナは走り去ってしまった。追いかけて問い詰めようか考えて、ビーマはやめた。きっと余計に腹が立つだけだ。手の中に残されたQPに目をやる。
それから、今日という日に想いを馳せる。三月十四日。ホワイトデー。
ビーマがドゥリーヨダナにバレンタインのチョコを贈ったのは、ちょうど一ヶ月前のことだ。
ほとんど事故のような経緯で恋人同士となった男に、ビーマはフォンダンショコラを作ってやった。ドゥリーヨダナはうまそうに食べた後、ハッと顔を上げた。
「おいまさか、これ
――
バレンタインのチョコか!?」
「おう、よくわかったな」
「わ、わし様、何も用意しとらん
……
」
青ざめたドゥリーヨダナが時計を見た。時刻は夜の十二時手前を指しており、それを確認した途端に、ドゥリーヨダナは怒り出した。
「これではお返しを選ぶ時間もないではないか! お前、わし様をはめたな!」
「俺がそんなことするかよ。別に、お返しなんていらねえから、気にすんな。お前から何かもらえるとか期待してなかったしな」
本当に何も気にしてなかったので、ビーマはそう言った。作ってやりたかったから作った、それだけであったので。
しかしドゥリーヨダナはそれでは納得いかなかったらしい。顔を赤くしたり口をへの字にしたり眉を寄せたり目をつり上がらせたりした結果、はたと手を叩いた。
「そうだ、バレンタインデーのお返しは、当日だけでなくホワイトデーとやらにしてもいいと聞いたぞ! ただし三倍返しだとか
……
」
ううむ、と食べ終わった皿に目をやり、ドゥリーヨダナが難しい顔をする。ビーマはもう一度、「別にいいって。期待してねえから」と言ってやった。だが、それが却って火をつけたらしい。
「いいや、このままおめおめと恥をかけるか! 必ずホワイトデーにお返しをしてやる! 期待して待っていろ!」
「へえへえ。ま、お前の好きにすりゃあいいさ」
「何だその態度は!」
ぎゃあぎゃあうるさいドゥリーヨダナを、ビーマはその時キスで黙らせた。ビーマから触れると、大体ドゥリーヨダナは静かになる。その時のキスはチョコの甘苦い味がした。
期待して待っていろ。そう言われたものの、別に期待はしてなかった。でも。
「さすがにこれはねえだろ
……
」
ビーマは呟いた。手の中の重みが煩わしく、そのまま気持ちまで重くなりそうだった。
カルナの言った通り、それからドゥリーヨダナは一週間ビーマの前に姿を現さなかった。基本は霊体化でもしているのか、周回帰りを捕まえようとしても姿が見えないし、ビーマがドゥリーヨダナの部屋を訪れても不在だった。
他の者の前では姿を現し、普通に生活しているらしい。ビーマの前でだけ、姿を消しているのだ、あの男は。
ドゥリーヨダナのいない生活を、ビーマは一週間過ごした。
「どうだ、わし様のお返しは? 気に入ったか?」
にやにや笑いながらドゥリーヨダナがビーマの部屋にやってきたのは、ホワイトデーから一週間後のことである。ビーマは仏頂面で、一週間ぶりのドゥリーヨダナの手を引いた。左膝の上に座らせて腰を抱くと、ドゥリーヨダナの耳が少し赤くなって、それでほんの少し溜飲が下がる。
「あんなの、気に入るも何もねえだろ」
ビーマが吐き捨てると、ドゥリーヨダナはにやにや笑いを引っ込めた。不安げな顔で、こちらを見下ろしてくる。
「あれでは足りんかったというのか? お前らが一週間遊び歩くには十分な金のつもりだったが
……
森育ちは遊び下手だからな、ぼったくられでもしたか」
誰にやられた? 言ってみろ。そう静かに言う男の顔を、ビーマは見上げた。真面目な顔をしている。もしビーマが誰かの名前を上げたら、きっとこの男はその相手をありとあらゆる手を使って、悪辣に追い詰めるだろう。そういう顔だ。
「
……
ドゥリーヨダナ。念のため聞くが、あのお返しは悪ふざけじゃなくて、マジであれがお前が真剣に考えたお返しなのか? ありゃあどういう意味だ。お前は俺に、何を贈ったつもりだ」
「何って、そのままだ。金と時間」
「
……
何のために?」
「何のためって、お前がわし様から解放されてアルジュナたちと遊ぶための金と時間だ。欲しかったんだろ?」
きょとんとした顔をする男に、ビーマは眉間に皺が寄るのを感じた。怒鳴りたくなるのを抑えて、尋ねる。
「誰がそんなこと言った」
「誰って
……
お前がアルジュナと話してたんじゃないか。わし様がいるからアルジュナたちと遊ぶ暇がないとかなんとか。あ、いや、わし様だって聞きたくて聞いたのではないぞ! たまたまだ! たまたまわし様がカーリーから逃げ隠れていたところをお前らが
……
」
ビーマは天井を仰いだ。確かに、アルジュナからの誘いをドゥリーヨダナを理由に断ったことはある。ある、けれども。
「だからって、それがお返しはねえだろ」
「仕方ないではないか。わし様の持ってる物で、お前が欲しがるようなものなんぞないのだから。
……
わかっとるわ、貴様が義務感だか正義感だかでわし様に付き合っとることはな。だがな、言質はもう取ったのだ。お前はわし様のもんだ」
ぎゅ、と首にしがみつかれる。ぼそりとドゥリーヨダナが呟くのが聞こえた。
「
……
何を言われようが、せっかく手に入ったのだ、お前を手放す気は一切ないからな。お前が嫌と言おうが、お前はもうわし様のものになったんだから! 少なくともこの現界の間は、わし様はお前の恋人という立場を主張し続けるぞ!」
ビーマは黙り込んだ。この、本来相容れない敵同士であった男と恋人関係になったいきさつを思い出す。
簡単に言えば、ビーマにとっては青天の霹靂、ドゥリーヨダナにとっては事故だった。嘘をつけない何でも正直に話してしまうという、悪辣な男にとっては地獄のような特異点で、ドゥリーヨダナがビーマに対する想いを吐露したのだ。
その場には、ビーマとドゥリーヨダナの他に、マスターとキャスターのアルトリア、それからレディアヴァロンがいた。ビーマは青ざめ、次いで赤くなるドゥリーヨダナの顔を見て、もしここで自分が受け入れなければ、ドゥリーヨダナはマスターを害するかもしれない、と思った。
それで、ドゥリーヨダナの気持ちを受け入れると、そう答えた。キャスターのアルトリアはまるで自分が当事者のように顔を赤くし、レディアヴァロンは祝いだと花を降らせた。マスターは二人が仲良くなるなら嬉しいとニコニコ笑い、ビーマは頭が追い付いていない様子のドゥリーヨダナの手を取った。
ビーマは、ドゥリーヨダナのことをそういう目で見たことは一度もなかった。ドゥリーヨダナからそういう目で見られていると、思ったこともなかった。もし特殊な特異点でなければ、悪い冗談だとでも思っただろう。
ドゥリーヨダナの手を取った時点では、まだ少し疑っていた。けれども、ビーマに手を取られたドゥリーヨダナが、泣きそうな顔をしながら赤子のようにふにゃりと笑ったので
――
信じることにした。
特異点から戻った二人が恋人関係になったのを知り、アルジュナは卒倒し、アシュヴァッターマンは絶句した。カルナとアルジュナオルタは平素と変わらぬ様子で、それぞれ祝いの言葉を述べてきたが、大半のものはアルジュナかアシュヴァッターマンに近い反応だったように思う。
そんなだったから、アルジュナにはことあるごとに心配された。ビーマが今までアルジュナたちに割いていた時間を、ドゥリーヨダナに割くようになったのも、アルジュナにとっては不安なことだったのかもしれない。うまくいっていないのではないか、マスターの手前我慢しているが、ビーマの負担になっているのではないかと、そう考えられているようだった。
その会話を、この男は聞いてしまったのだろう。
ドゥリーヨダナは猜疑心の強い、臆病な男だ。けれども後先考えない、貪欲な男だ。宣言通り、ドゥリーヨダナはビーマを手放さないだろう。その心が自分にないと、そう思っていながらも。
どうして、とビーマは思う。どうしてお前はそうなんだ。どうして。
「
……
わし様のお返しは、気に入らんかったか」
ビーマが黙っているからか、ドゥリーヨダナがぽつりと呟いた。
「気に入るわけねえだろ」
思わず吐き捨てるような声が出る。ドゥリーヨダナが身を震わせるのがわかった。その体を逃げないよう抱き寄せながら、ビーマは息を吐く。
「お前は、俺がお前に何かしてもらったお返しにって、金をやってお前の前から姿を消したらどう思う」
「は? そんなの許さんが?」
「だろ?」
伝わっただろうか。思いながらビーマがドゥリーヨダナを見上げると、ドゥリーヨダナは「いやわし様とお前とでは違うだろ」と口をへの字にし、目を逸らした。
「わし様はお前のことを
……
その、憎からず思っているがな、お前は違うだろ」
「違くねえ」
「
……
下手な同情はやめろ。惨めになる」
首にしがみついてくる力が強くなったのを感じながらも、ビーマはそのままにしておいた。呆れる思いのまま、抱いた腰を撫でる。
「お前は俺を買いかぶりすぎだ。俺は同情だけで男を抱けるほど、達観もしてねえし性豪でもねえ」
「嘘が下手くそか? 少なくとも性豪ではないは無理があるだろ」
それで悦んでるのはお前なんだから、いいじゃねえか。言い返しながら、ビーマはだんだん気落ちしていく自分を感じた。
結局のところ、自分はこの男にだいぶ絆されてしまっているし、それなりに期待していたのだ。
別に何かいいものをもらえると思っていたわけではない。ただ、このビーマにとっていいところより悪いところを数えたほうが早いような男が、自分のために何を贈ってくれるのか、それが純粋に楽しみだったし、その日は共に時間を過ごせると思っていたのだ。
言ってしまえば、ビーマはドゥリーヨダナを愛してしまっていた。そういう気分になっていた。
だって、可愛いと思ってしまったのだ。ヒマラヤのようにプライドの高い男が、ビーマに触れられただけで生娘のように顔を赤くし、鍛え上げられた体からふにゃふにゃと芯をなくしてしまう。全身で好きだと、愛しいと伝えられて、絆されないままでいるほど、ビーマがドゥリーヨダナに抱いていた想いは単純なものではなかった。
ドゥリーヨダナやアルジュナはビーマが義務感か何かでドゥリーヨダナとの時間を過ごしていると思っているようだが、そんなことはない。ビーマは好んでドゥリーヨダナのために時間を割いていた。この現界のみの関係だとお互い割り切っていたからこそ、大事にしたかったのだ。
弟たちとの時間を削ってでも、ドゥリーヨダナに時間を割きたいと思うほどに。
「俺は、ホワイトデーもお前と一緒に過ごしたかった。それはお前が俺に何かくれるからじゃなくて
……
」
お前は俺の恋人だから、と言おうとして、ビーマは口を噤む。これだと、義務感で時間を持とうとしたと思われる。
言葉は難しい。うまく伝わらないし、信じてもらえないこともある。この胸を裂いて自分の気持ちを見せてやれればいいのにと、そう思う。
そんな楽な道はない。ただ、言葉や物に想いを託すので精々だ。だから人は愛を語り、贈り物をし合う。
ドゥリーヨダナからの贈り物は、ビーマにとって喜ばしいものではなかったが
――
ドゥリーヨダナは一生懸命考えてくれたのであろうことは、むくれた顔から察せられた。ついでに、渡し損ねた贈り物があることを思い出す。
「
……
ちょっと待ってろ」
ビーマは膝からドゥリーヨダナを下ろした。ベッドに腰かけたドゥリーヨダナに逃げる素振りがないのを確認してから、備え付けのチェストを開ける。目当てのものはすぐ取り出せた。
「これ、ホワイトデーに、お前にやりたかったもんだ」
「
……
ガラス細工か?」
ドゥリーヨダナが小首を傾げたのは、ビーマが差し出したもの
――
プラスチックのケースに入れられたそれが、透き通っていたからだろう。蓮の花を模したそれは、ほんのりと色づきながらも透けている。
「いや、飴細工だ。弓兵と女将に教わった」
故郷にも飴細工はあるが、日本のものはまた違う。繊細な細工は芸術品のようであった。
「バレンタインの贈り物はチョコ一択だが、ホワイトデーってのはいくつか選択肢があって、渡すものによって違う意味を託したりもするらしい」
ドゥリーヨダナの手の上にケースを乗せてやりながら、ビーマはドゥリーヨダナの顔を覗き込む。不安そうな顔だった。恐らく、また何かお返しを用意しなければ、今度こそ喜ぶものを、とでも考えているのだろう。
そんなの、必要ないのに。
「飴を贈る意味は
――
お前のことが好き、だ。この時間を長く続けたい、そういう意味を込めて、贈るんだと」
ぱちり、とドゥリーヨダナが瞬きをする。まだよくわかってなさそうな顔に、言い含めるように伝える。
「これは今まで俺がお前からもらった気持ちに対するお返しだ。こんなんじゃ全然、三倍返しどころか対等にもなりゃあしねえだろう。俺の気持ちは、お前には全然伝わってねえみたいだし」
「お前の、気持ち
……
」
「お前は俺が、義務感でお前に付き合ってると思っているようだが
……
俺は好きでお前に付き合ってるし、お前のことが好きだ。心配しなくとも、俺だってお前を手放す気はねえよ」
「
……
嘘だぁ。嘘に決まってる。騙されんぞ」
泣きそうな顔でドゥリーヨダナが呟いた。ビーマは呆れてしまう。
「何で信じねえんだよ、お前は」
「だって、そんなの、わし様に都合がよすぎる
……
」
「いいことじゃねえか」
「お前の気に入るお返しも用意できなかったのに
……
」
「だから、お返しはいらねえんだって。俺はもう、十分お前からもらってる。俺がお前にしてやってるのは、俺からお前に対するお返しみたいなもんだと思え。お返しなんて無理にしなくていい」
「それじゃあわし様の気持ちが収まらん! わし様ばかり得るものがあり、返せるものが何もないというのは
……
恥だ
……
」
俯くドゥリーヨダナに、やっぱり、うまく伝わらないかとビーマは笑ってしまった。自分とこの男では噛み合わないところの方が多くて、きっとこんな関係にはならない方が、よかったのだろう。
それでもビーマは、自分の懐にうっかり飛び込んできた男を、手放す気にも、追い出す気にもならず、そのまま囲いこんでしまいたいと、そう思うのだ。
幸い、無限とまではいかないが、ある程度の時間はある。ドゥリーヨダナは愚かだが、賢くもある。いつかはビーマの気持ちが、伝わることもあるだろう。
ビーマの気持ちが本当に伝わった時、ドゥリーヨダナは笑うだろうか。それとも泣くだろうか。怒るだろうか。
何だってよかった。その視線が、声が、心が、変わらず自分に向けられていれば、何だって。
「
……
お返しって言うなら、今度の休みは一日俺に寄越せ。俺も合わせて休みを取るから」
「それはお返しにならんだろ」
「俺にとっちゃ、なるんだよ。
……
俺からお前を、勝手に取り上げるな」
ドゥリーヨダナがはくり、と口を開け、声も出さずに閉じた。困惑を浮かべた顔は、けれども赤く染まっていて、少しは何か伝わったのかもしれないと、ビーマは思う。
そうだったらいい。与えられたものにふさわしいものを返すにはまだまだ先が遠いが、きっと自分たちの本当の始まりは、そのお返しが終わった先に、あるのだろうから。
ビーマ、と掠れた声で名前を呼ばれる。身を寄せれば、ん、とみぞおちの辺りに固い感触。くれてやった飴細工を、突っ返されている。
「
……
おい」
「勘違いするな、返すわけじゃない。これはもうわし様のもんだからな。
……
預かっとけ」
「あん?」
「わし様のお返しは気に入らんかったんだろ。仕切り直しさせろ。わし様も、お前に飴をくれてやる。それで、その、その時に、交換だ」
うろうろと落ち着きなくさ迷う視線や、赤くなった耳を見て、ビーマはなんだかもう、堪らなくなってしまって、ドゥリーヨダナを抱き締めた。
後日、ドゥリーヨダナはそれは見事な飴細工を用意してきた。三倍返しだからと、ヴァーユの乗り物である鹿に、ハヌマーン、それから旗槍に宿る竜、三つも作ってきた。紅閻魔の特訓コースを受けたのだという。
喜んで受け取ったビーマは、自分に渡されたのは完成品で、その試作品はカルナやアシュヴァッターマン、ハヌマーンの再現のためにアドバイスをくれたラーマの口に入ったのだと知り、むくれる羽目になることを、まだ知らない。
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