幸せな時間を

MHRウ教×ハ♀。 相思相愛。同棲中。
本編ネタバレあり。

王国で流行っているお菓子『クッキー』をエルガドに持ってきたフィオレーネ。
それを食べたハ♀が、ウ教用に持って帰れば良かったと思いながら里に帰還した、ある日のこと。

さくらんぼのジャムに、チョコ。
バターにキャラメル、ココナッツ。
市松模様に、くるりと巻かれた渦巻き模様。
名が示す通り、雪のような砂糖のスノーボール。

それらは王国で『クッキー』と呼ばれるお菓子。
今、王都では、その『クッキー』がたくさん入った、花柄や動物柄の可愛い缶を贈るのが流行っているらしい。カムラの里にはない、西洋のお菓子。

里の英雄『猛き炎』たる娘は、里の代表として海を隔てた王国の地、観測拠点エルガドに滞在中、フィオレーネが王都から持ってきたというそれを何枚か食べさせてもらったことがあった。
色々な味、色々な食感。蕩けるように甘いものから、香ばしいもの。
さく、さく、と心地良いものから、口に入れれば、たちまちふわりと溶けるものまで。
初めての世界が広がって、とても美味しかった記憶がある。

『すっごく美味しいです、フィオレーネさん! 初めて食べました!』
『喜んでもらえて私も嬉しい。このお菓子はまだ王都でしか買えないから、貴殿も知らないだろうと思ってな』
『美味しくって、つい全部食べちゃいました。あー……少し持って帰れば良かったなあ』
『フフ……ウツシ教官に、か? そういえば今回は、エルガドで姿を見ていないな』
『里の任務が忙しそうで。いつか一緒に王都に行って、一緒に食べられたらいいな』
『その時に案内人が必要なら、是非声を……あっ、ふ、不要か……! お、お邪魔になってしまうな……!』
『!! も、もう、そんなことないです! フィオレーネさんったら!』
『し、失礼した!』

互いに顔を赤らめる結果になったものの、何気ない会話。
だが、そんな会話の内容でさえ、至誠しせいの騎士フィオレーネはしっかりと記憶に刻んでいたらしい。

それが判明するのは、『猛き炎』たる娘が里に戻って、数日後の夜のこと。

「やあ! おかえり、愛弟子! お疲れ様!」
「はい、ただいま戻りました」

自宅に戻った娘を、いつもウツシは笑顔で玄関まで来て出迎える。もちろん、彼女が自分より後に帰ってきた時だけ。立場が入れ替わることもしばしばだ。

その後で、すっかり習慣のように慣れた様子の優しい口付けを交わせば、互いの体にのしかかる息苦しい疲労感は、あっという間に霧散する。
土間で武器を下ろす娘の背に「そういえば」とウツシが板の間の囲炉裏端いろりばた、い草の円座に腰掛けながら笑顔を向けた。

「愛弟子、フィオレーネさんから贈り物が届いていたよ」
「え? フィオレーネさん?」
「うん。土間の、そこの棚に置いといた。とっても可愛い缶だったよ」

笑顔のウツシが指差す先に娘が視線を滑らせると、土間の炊事場の近くの棚の上で輝く、小さな四角い白銀の缶。
一際ひときわ華やかで、東洋の家屋の中では異質な存在感を放つもの。

娘が近寄って見ると、缶には小さな青い鳥が飛び交い、鮮やかな花畑の中に、ふわふわの毛並みの白いうさぎが一羽、描かれていた。フィオレーネの人柄が滲み出ているような、非常に可愛らしい角缶かくかん
絵柄に更なる彩りを添えるように、彼女の騎士正装を思わせる赤いリボンもかかっていて、その隙間には、細い金色の蔓枠つるわくが輝く白いカードが挟まっていた。

『幸せな時間を。フィオレーネ』

丁寧な文字の流れ。これにもフィオレーネの性格が出ていて、娘が思わず「ふふっ」と笑声を零す。
彼女は缶の正体が何かを察し、すぐにそれを大切そうに両手で持って、小走りでウツシの隣へ。
無意識に彼に身を預け、寄りかかるように座り込んだ。

「ウツシ教官! これ! これ、クッキーですよきっと! 一緒に食べましょう!」
「ん? 何を食べるって? くっ、きー?」
「はい! エルガドにいた時に食べたら、とっても美味しくて! すごくサクサクして甘くって、あ、でもホロホロなのもあって……! 教官とも一緒に食べられたらいいなぁって、フィオレーネさんと話していたんです!」

フィオレーネが会話を覚えていて、王都にしかないものをわざわざ送ってくれた喜び。
それをウツシと一緒に食べるという、ささやかな夢が叶う喜び。

興奮気味に口数多い娘を落ち着かせるように、ウツシが優しく片手でその頭を撫でた。楽しげな愛する人の姿は、彼の心の栄養そのもの。

大きく温かい愛しい人の手の感覚に、気持ち良さそうに目を細めつつ、娘はそっとカードを外してから、しゅるりと角缶の赤いリボンを解く。
蓋に手をかけながら、彼女はちらりと上目にウツシを見やった。

「では……! 開けますよっ? ウツシ教官!」
「フフ、お願いします」
「じゃじゃーん!」

ぱか、と娘の手が角缶の蓋を外す。
直後に「わあああっ」と彼女とウツシの声が重なった。
目を輝かせて二人が見つめる、箱の中の甘い西洋の世界。

さくらんぼのジャムに、チョコ。
バターにキャラメル、ココナッツ。
市松模様に、くるりと巻かれた渦巻き模様。
名が示す通り、雪のような砂糖のスノーボール。

あの時、娘がフィオレーネと一緒に食べたクッキーたちがそのまま、所狭しと可愛らしく缶の中に並び、早く食べてと言わんばかりに芳醇なバターの香りを漂わせていた。

「わ、わ、やっぱりクッキーだ! ウツシ教官! これっ、これですよ! わたしが食べたの! フィオレーネさんと! これ! 教官と一緒に食べたかったお菓子です!」
「ハハハ、そうだったんだね。どれも可愛い形だし、甘くて良い匂いがするね」
「た、食べましょう教官! どれがいいですか!? あ、ちなみにわたしは、これとこれが美味しくって……!」
「うんうん、教えて教えて」

これはこんな味で、こっちはサクサクで。
これは甘さが控えめで、ほろほろしてて。
こっちは教官には少し甘いかも、など嬉しげに、とても饒舌じょうぜつに説明をする娘の横顔が、隣で説明を受けるウツシの目には新鮮に映った。

まるで欲しかった新しいおもちゃを与えられた子どものような、最近こんなに楽しそうな顔を見たことがあっただろうか、と考えそうになってしまうほど。

フィオレーネに感謝しつつ、ウツシは「うんうん」と笑顔で相槌を打ちながら、愛する人から彼女が持つクッキー缶の方に視線を落とす。
一種類につき何枚か入っているので、純粋に何が食べたいかで決めて良さそうだった。

「うーん……! 話を聞かせてもらってたら、どれも美味しそうに見えてきちゃったな。愛弟子は説明が上手だね?」
「ふふ、ちょっとは伝わりました? ウツシ教官はどれにしますか? 先に選んで下さい!」
「そうだなあ、じゃあ、これにするよ」

ウツシが手に取ったのは、四角い形のチョコとプレーンの市松模様。王国風に言えばアイスボックスクッキーだ。
愛する人がクッキーを一枚手に取っただけでも、娘の瞳は星空のまたたきのように煌めく。

「わ、それ、美味しいですよ! 色が違うところで、ちゃんと味も違ってて!」
「フフ、そうなんだね? 楽しみだな。愛弟子はどれにするの?」
「わたしは、これです! これもとっても美味しいので、後で教官も食べて下さいね!」

笑顔で娘が迷わず手に取ったのは、花の形をした見た目にも可愛らしいクッキーで、その中心部には、赤くとろりとした小さな丸いジャムが乗っている。

ウツシは自分の持っていたクッキーを、彼女の持つ花形クッキーに、そっと近付けていった。

「それじゃ、かんぱーい! ……なんて、ね! フィオレーネさんに感謝しながら、美味しく頂こう!」
「はい! えへへ、かんぱーい! いただきまーす!」
「うん! いただきます!」

さくっ、と二人の口から弾けた音。
甘く香ばしい、口いっぱいに広がる幸せな世界。

ウツシは「ンッ!?」と目を見開いて、愛する人の方に顔を向け直す。
彼の顔と瞳に揺らめく光は、紛れもない至福の証。

「お、お、おいっしいねえ!? 愛弟子! すごいよ、こんなの初めてだ!」
「ですよね!? すっごく美味しいですよね!」

良かった、と言葉を足して微笑む娘の顔にも笑顔が浮かぶ。
クッキーによる幸せと、ウツシとその美味しさを分かち合えている、幸せの効果。

二人はそのまま楽しそうに、次々とクッキーを頬張っていったが、半分減ったところで「また明日に取っておこう!」と意見が一致する。

その日、幸せを呼ぶクッキー缶の蓋は、中身を残したまま閉められた。


次の日も娘の帰宅が後となり、彼女は昨日と同じように、ウツシに出迎えられる。

「ただいま戻りました、ウツシ教官」
「おかえり、愛弟子。待っていたよ、俺の愛する人」

躊躇ためらいなく静かに顔を寄せ合い、優しく唇を重ねる。
互いの感触に、今日も無事に帰ってこられたのだという実感が湧いた。

「教官、今日もご飯食べたら一緒にクッキー食べましょうね?」
「あ、ご、ごめん! 俺、我慢できなくて、さっき少しだけ食べちゃったんだ……!」
「ええっ!?」

せっかく一緒に食べようと思ったのに、と
一日の疲労感もあって娘が頬を膨らませる。

だが昨日感じたあの至福の味や、何より目の前のウツシの、八の字に眉を下げた申し訳なさそうな顔を見ていると、これがなかなか、怒るに怒れなくなってしまう。
惚れた弱みということか。

「全くもう。まあ気持ちは分かりますけどね」
「少しだけだから大丈夫だよ、後でちゃんと残ってるの食べよう! 愛弟子が好きな味を選んでたくさん食べてよ!」
「んもうー……!」
「ごめんってばぁ。ほら、疲れたでしょ? 用意はできてるんだ、食事にしよう!」
「はーい」

板の間の囲炉裏に吊り下がっている鍋から、ぐつぐつと美味しそうな音と、食欲をそそる匂い。
娘はウツシが料理上手なことを誰よりも分かっていた。

今日の食卓に心躍らせながら、彼女は土間で武器を下ろし、ふと、炊事場の棚に置かれたクッキー缶を一瞥いちべつした。

(教官ったら、どれくらい食べちゃったんだろう)

一緒に食べる分がなくなっていては困るので、娘はこっそり棚に近寄ってクッキー缶を開き、中を確認してみる。
クッキーはウツシの自己申告通りで、昨日よりも少し量が減っていた。

明らかに空間が増えている缶の中の景色に溜息をつきそうになった娘だが、そのクッキーたちを見て、ふと気付く。

(……あれ? ……残ってるクッキー、わたしの好きな味ばっかり……!)

ジャムつきのも、花形のも。
市松模様のアイスボックスクッキーも。
ほろりと崩れる、スノーボールも。

味の説明の時から特に饒舌に語り、娘が特に美味しい美味しいと言って食べていたものは、缶の中に全て手付かずで残っていた。
減っていたのは、彼女が何となく慣れない味で、手が遠のいてしまったものばかり。

………ふふ」

愛おしげな笑みを零しながら思わず瞳を閉じ、娘はクッキー缶の蓋を閉じた。
彼女の背中に、きょとんと首を傾げたウツシの声が優しく降り注ぐ。

「愛弟子ー? どうしたの? ごはん出来たよ、早くおいでー!」
「はあーい、ありがとうございます!」

笑顔で、娘は目を開く。
両手で大切にクッキー缶を抱え、愛する人の待つ食卓へ急ぎ、ほっと胸を撫で下ろした。

ああ、怒らないで本当に良かった。
あとでちゃんと聞かなくちゃ。
大好きなあなたの、好きな味を。


@acadine