スサ
2024-03-15 19:42:53
2917文字
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【ゲ】家族の時間

ほのかに家族をこえそうな、こえなさそうな思いがある幽霊親子のような、目+💧+👹くんの何でもない夜のほのぼのです

 その夜、目玉と鬼太郎の親子は何やら妖怪達の集まり、いや軽い揉め事に呼ばれて不在となった。急なことだったようで、鬼太郎は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。普段ならそんなことはないのだろうことは、呼びに来た小鬼が怯えている風情なことから察せられた。毛も逆だっているのでは、と思う程のあからさまな不機嫌だった。
 水木は苦笑して、ぽん、と茶色い髪のまあるい頭を軽くなでた。ハッとした様子で、今は離れて暮らす養い子は水木を見上げる。今夜は久しぶりに水入らずで飯でも食おう、おでんでも作っておこうか──そんな約束の夜だった。鬼太郎の不機嫌の理由がそれを邪魔されたからなのだとしたら(十中九、十そうなのだが)、水木としては、寂しさよりくすぐったさが勝る。
「遅くなっても起きて待ってるよ。行ってきなさい」
 上からやんわり引き寄せ、抱きしめれば、鬼太郎はポスっと水木の胸に顔を埋め、しばし黙っていた。だが、そんなに長い間のことでもなかった。
「親父どの、頼んだぞ」
「わしを誰だと思っとるんじゃ。なあに、ちょちょいのちょいじゃ!」
「豪気だねえ。頼むぜ」
 わしゃわしゃ茶色い髪をかきまぜ、それから水木は背中を丸め、鬼太郎に顔を近づける。義息は顔を上げなかったが、水木は構わずそのつむじに唇をくっつけた。途端、慌てたように鬼太郎が顔を上げる。ぎょろりとした目が驚きに丸くなっている。かわいい、思いはもしかしたら口に出ていたかもしれない。ニュッ、と鬼太郎が唇を尖らせたので。そうしたらますます可愛く思えて、水木は鬼太郎をぎゅーっと抱きしめた。
「ちょっと
 不機嫌そうな声までかわいい。今は一緒に暮らしていないから余計にそう思った。

 そんなわけで、かなり後ろ髪ひかれる様子で鬼太郎は出ていき、せっかくだからと呼ばれた彼らの家、ツリーハウスというか、その中で水木はひとりになった。
 これが自宅なら何かすることもあるのだが、そうではないのでやることもない。暇だったらこれでも、と目玉の親父編纂の幽霊族史を渡されたが、あの体躯で書いているせいで字がとても小さく、しばらく読んで挫折してしまった。本当に字が小さくて。プレゼンなら怒られているのでは、と詮無いことを思った。
 ひとりになるとあたりは静かで、不思議な気持ちになる。これでもっと汗ばむ季節だったなら、遠い過去の戦地の記憶にとらわれていたかもしれない。
 水木はどちらかといえばじっとしていることが苦手だったので、勝手知ったるとまではいかないが、初めて見るわけでもない台所をのぞき見る。おでんは家で仕込んで鍋ごと持ってきた。だがそれ以外は乾き物くらいだ。
「竈なんて何年ぶりだ?」
 水木は今夜炊くつもりで米を持ってきたわけではなかったが、たまたま米があり、土鍋があり、竈があった。そして時間もある。だらだらする性分ではなく、結果、米を炊くことにしたのであった。
 井戸(あった、というか、水木が顔を出すようになったのでわざわざ整えたようだ。鬼太郎は何も言わないが、おしゃべりなネズミがそんなことを言っていた)で水を汲むのも久しぶりだ。釣瓶じゃないのは助かったな、と思いつつポンプで汲み上げつつ、思い出すのは昔のことばかり。まだ歩き始めたばかりの頃の鬼太郎とたくさんのことをし、多くのものを見、他愛のない日常を重ねたあの日々は、水木の中でいつまでも輝いている。一番星のように。
 水を汲み、米をとぎ、吸わせている間に思い出したのは、火加減が難しい竈を釣瓶火が手伝ってくれて大助かりだったことだった。
「釣瓶火にはほんと、よく助けてもらったなあ」
 思わずぽつりと声に出した時のこと。ポゥ、と上方に明かりがさし、まさか、と水木は上を向いた。
 そのまさかで、そこには釣瓶火があの顔をして浮いていたのである。はは、と水木は思わず笑いをこぼした。そして、顔をくしゃっとさせて笑う。
「ちょうどお前さんがいたら助かるなって思ってたんだ。あいつらに炊き立ての米で握り飯作ってやろうと思ってさ」
 待ってたよ、と笑った水木に、釣瓶火が応えるように火影を揺らした。

 どうにもけじめがつかんのだと呼ばれた妖怪同士のしょうもないやりとりでは、鬼太郎は半ば強引に仲裁をし、父を置いて帰ることにした。普段ならあいわかった、と残って酒盛りでもしていきそうな父だが、その日は「わしも帰る!」とぴょこぴょこ主張したので、若干顔に影を作りながらも渋々鬼太郎は受け入れた。あわよくば水木とふたりきり、と思ったことに、どこまで父が気づいているかは謎だ。
 とにもかくにも巻きに巻いて帰ってきた鬼太郎達の耳に入ってきたのは、楽しそうな水木の声。電話でもしていふのか? と思った鬼太郎だったが、もしこれが誰ぞ不審な妖怪であったらと思ったら肝が冷え、慌てて家に飛び込んだ、のだが。
「おかえり!」
 早かったなぁ、とご機嫌に声をかけてくれる水木の斜め上には青い火の玉。釣瓶火だ。なんで釣瓶火がと思いつつ、条件反射で「ただいま帰りました」と口にする。
「水木! なんじゃあ、わしらじゃなく釣瓶火と酒盛りか?」
 対して、鬼太郎の髪からぴょこんと頭? 目玉?を出した親父はプンプンと怒る。この辺性格もだが、水木に育てられた鬼太郎がどれだけ彼に影響を受けているか、その違いが如実に出ている部分だろう。
「釣瓶火は米炊くの手伝ってくれたんだぞ。悪く言うな」
 腰に手を当て、めっ、とたしなめる水木には何かしら母性のようなものがある。懐かしくて、鬼太郎は目を抑え、そっと胸を抑えた。
 父たる目玉の方はぴょーいと息子の頭から飛び降り、水木や〜、ととことこ小走り。正直で、あけすけで、ストレートすぎる感情──愛情表現が鬼太郎は少し面白くなく感じる時があり、まさに今がそうだった。
 かがんだ水木の差し出した指にくっついた(抱擁か握手のつもりだと思われる)父を見ながら、僕だってそうしたいのに、と思う。人間の思春期のような悩みだが、鬼太郎の環境ではそれを指摘する者も相談できる者もおらず、胸に秘めるだけになる。
「鬼太郎」
 けれども。
「!」
 目玉を自分のワイシャツの胸ポケットに入れたあと、水木は両手を広げて鬼太郎を呼ばう。ふっくらとした目元をうんと優しくして見つめてくれるのは、いつだって鬼太郎の特権だ。水木の名を呼ぶこともできなかった赤子の頃から変わらず。
っ、ただいま!」
「うん。お帰り。おつかれさん。早く帰ってこれて良かった、まだ握り飯あったかいぞ」
 腹減っただろう、頑張り屋さん、とぎゅっと抱きしめた体をゆらゆら揺らしながら水木は甘やかしてくれる。今は─釣瓶火はいるけれど、釣瓶火は誰かに言いふらしたりはしないから─幽霊族でも強い妖怪でもない、水木のかわいい鬼太郎でいても誰にも何も言われないし、思われない。実父については今さらだろうし。
「はい。おなかすいたな
 でも、もう少しこのままで、鬼太郎は自分からもきゅっと抱きしめて、胸いっぱいに懐かしい匂いを吸い込んだ。