Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
いを
2024-03-15 17:45:25
3909文字
Public
刀神
Clear cache
テーブル上で金魚が渇く
小夜子のこと。
・八雲さん【yasuinokikaku】
お借りしています。
卒業式は意外とすんなり、そして呆気なく終わった。
卒業証書をもらい、最後のホームルームも終わったあと小夜子は賑わう校門前のすみに体を寄せていた。
手持ちぶさたに卒業証書が入った焦げ茶色の筒を持っている。無意味に筒を振ってみると、紙の音もなにも聞こえなかった。ぴっちりと、筒にくるまっている証だろう。
桜の木にはまだ花が芽吹いておらず、芽がほんのすこしくっついている程度だった。
卒業生と教師、そしてほんの少しの在校生が賑やかな声で話している。その輪に踏み込む勇気もなく、ただ達筆な字で「卒業証書授与式」と書かれている看板を見ていた。このセーラー服に袖を通すのもこれで最後かと思うと、なんだか呆気なく感じた。
べつに、制服に未練はない。が、「学生だから」という甘えはもう通用しなくなる。小夜子は天照に入り、命がけで戦う毎日が続く道を選んだ。それは誰でもない、小夜子自身の意思だ。
「雨宮さん」
ふと、静かな、大人しそうな声が聞こえて振り向く。図書委員の女子生徒だった。顔は知っている。名前も。昼休みによく熱心に受付で本を読んでいた子だ。
「三年間、早かったね」
彼女も卒業証書を持っている。小夜子は「そうね」と頷いた。
「でも実りのある毎日だった。本もたくさん読めたし」
「
……
あなたも、とても本が好きだったわね。きっとわたしよりも好きだったんじゃない」
「好きの大きさは、自分以外には分からないよ。私自身も、雨宮さん自身も。重さがないから」
詩をうたうようにつぶやき、彼女は笑った。いたずらっぽく。あまり見たことのない笑顔だった。
「あなたは、第一志望だった大学へ行くんでしょう? 大学、受かってよかったわね」
「あ、覚えていてくれたの」
彼女はほおを自然と赤く染めて、嬉しそうに顎までの髪の毛を揺らす。白い耳がかすかに見えた。
「私、小説家になるのが夢なんだ。雨宮さん、もし私の名前をどこかで見かけたら、手に取ってね」
「あなたの本名だったら分かるわ」
「きっと本名で出すよ。私は私の名前が好きだから」
「そう」
「雨宮さんは天照に行くって聞いたけど、本当?」
彼女のまっすぐな視線が、小夜子を見つめている。心配そうな表情だった。
小夜子は頷き、「本当よ」と答えた。
「わたしくらいの年齢の子だってたくさんいる。命の保証はないけど、やることがあるから」
「強いね」
「
……
だったらいいけど」
「それじゃあ、私行くね。お母さんが待ってるから。また、連絡するね」
「ええ」
彼女は軽く顔の横で手を振って、セーラー服のスカートをひるがえして去っていった。
視線をつ、とあげる。
「いつからそこにいたの」
「数分前です。ご友人との会話は聞いていないのでご安心ください」
桜の木の枝に、ふくろうがとまっていた。片翼、片目のふくろう
――
軍刀、天霧の姿だった。
「
……
ふうん。べつにいいけど。聞いていたって」
「目立つのは本意ではないでしょう、主。人間の卒業式というものをこの目で見ておきたかったのです。私を振るってきた代々の主はみな大人だった。学校にこうして通う学生はいませんでしたから」
「あなた、結構珍しい物好きなのね」
「そうかもしれません」
「卒業式はもう終わりよ。じきひともいなくなるわ」
「私はもう少し眺めています」
「ああ、そう」
興味深そうに天霧は同じ背格好をした学生たちを見下ろしている。人間の姿にならないのは、せめてもの良心だろう。
小夜子は鞄を持ち、脇に卒業証書が入った筒を挟んで校門から出た。生暖かいようで、すこし冷たい風が小夜子の髪の毛をさらった。
そのまま街路樹が立ち並ぶ道を歩く。もう少し歩くといつも通っている本屋がある商店街に入る。
商店街の中で視線をふと横に向けると、見知った柄シャツが見えた。サングラスごしに、なにか見ている。なにを見ているのか分からないが、少しの間それを眺めていた。ぼんやりと、身長が高いなと思う。柄シャツの主、八雲は視線に気づいたのかこちらをみとめたようだった。
「小夜子ちゃん」
いつものトーンの声で、八雲は笑った。小夜子は表情を変えずに首を動かした。
「どうしたの。学校早い
……
あ。もしかして卒業式?」
「ええ」
「今日だったんだ。おめでとう」
「どうも」
ぽつりと呟くと、八雲は苦笑する。彼が出てきた店は古着屋だった。ここは小夜子も知っている。よく通る場所だから。
「なにを見ていたの」
「服をね。ちょっと」
「ふぅん
……
。今日はお供つれてないのね」
「お供
……
白映くんのこと? 今日はオフだから、俺も白映くんもお休みだよ」
そういえば白映はいつもなにをしているのだろう。すこし気になったが、小夜子には関係のないことだ。
相づちをうって下を見ると、コンクリートの道に丸い黒いしみが見えた。雨粒だった。すこし肌寒いと思っていたら雨が降ってきていたのか。
「雨」
無意識に囁くと、八雲はサングラスをすこしずらして空を見上げた。「ほんとだ」と答え、スマートフォンの時計をそっと見下ろす。
「小夜子ちゃん。ちょっと、雨宿りしていかない?」
「いいけど
……
。どこで?」
「近くにコーヒーと甘いものが美味しいカフェがあるから、そこで」
小夜子が頷くと、八雲は小夜子の前を歩き出した。雨粒は徐々に大きくなっていき、範囲も狭まってきている。通り雨だったらいいのだがと、そう思うのが惜しくもあった。なぜ、と胸中で思うも、答えは結局いつも見つからない。
八雲が入ったカフェは昔からあるような喫茶店だった。重厚なベルベット風の赤いソファに座ると、すぐに店員が水をふたつ持ってきた。水差しもある。
「なにがいい?」
メニューにはたくさんのコーヒーとケーキの種類が並べられていた。
「卒業祝いにね」
そう彼は言った。
「
……
? どうして?」
「どうしてって」
八雲は不思議そうにたずねる小夜子を見て、ちょっと困ったように眉尻を下げた。
「せっかくの偶然だし」
メニュー票をぺらりとめくりながら彼は続ける。
「
……
卒業式だし?」
「
……
。そう」
困らせるのは小夜子の本意ではないので、大人しく頷いた。「じゃあ、ブレンドを」と伝える。
サングラスの奥の目が、「それだけ?」と伝えていた。
「あなたが食べればいいじゃない」
「まあ、そうなんだけどね」
「
……
ごめんなさい」
視線をさげる。なんだか、謝らなくてはいけない気がしたのだ。
小夜子はいつも学校以外では大人に囲まれていたけれど、八雲の前だとなにを伝えればいいのか、なにを伝えたらいいのか分からない。
八雲は「謝らなくていいよ」と笑った。
「小夜子ちゃん、甘いの好き?」
「甘すぎるのは苦手ね」
「そうなんだ。ここのチーズケーキがね、あんまり甘くなくて美味しいのよ。どう?」
どうとは、と一瞬考えて、気を遣ってくれているのだと知る。メニューにチーズケーキの写真がのせられていた。つやつやとしているチーズケーキだった。
「甘すぎなくて」
「甘くないなら、食べる」
素直に伝えると、八雲は「はいよ」と笑った。甘えることができないのだと自覚する。自然に浮かんだその甘えの意味を考えても分からなかった。
八雲が店員に注文しているところをぼんやりと見つめる。
奥でエスプレッソマシンの音が聞こえてきた。
「じき、雨もやむみたいだよ」
「そう。よかった、傘持ってきていなかったから」
本当に、通り雨だったらしい。今日の雨は本当に知らなかった。天気予報をこまめに調べるような、そんなマメな人間でもない。
コーヒーのいい匂いがする。すう、と八雲に気づかれないように匂いを嗅ぐ。果実感のある匂いもしている気がした。ほんのり、レモンのすがすがしい匂いもした。
「小夜子ちゃんは大学行かないの?」
「え、ああ。そうね。天照の仕事に専念するから」
「そうなんだ。
……
小夜子ちゃんは強くなるよ、きっとね」
「だったらいいわね」
他人事のようだけれど、小夜子は小夜子自身のことをいつもそう見ていた。
司
――
叔父も、そうだった。
自分のことをいつも他人事のように言っていた。けれど本については、違う。まるで文章に自分を投影するような生き方だった。そう考えると、文章から生まれた存在だったのかもしれないとさえ思う。
「叔父が」
「叔父さん?」
「叔父が、5年前妖魔に殺されたの。だからわたしはずっとその妖魔を探している。その妖魔を殺すためにわたしは天照に入った。叔父は鯉朽隊弐段。強いひとだった。それでも、その強いひとが殺された。だからわたしは叔父よりももっと強くならなくちゃいけない」
八雲はその言葉を聞き遂げてくれたようだった。
「叔父さんのことが大好きだったんだね」
「
……
分からない。でも、叔父は優しかった。ただ、それだけよ」
コーヒーの香しい匂いとともに、飴色の机の上にコーヒーカップが置かれた。白磁の、きれいな色のカップだった。
八雲の前にも、それは置かれた。
角砂糖は八面体をしていた。蛍石のように。
八雲はそれをコーヒーに溶かして、銀のスプーンでくるりと混ぜた。
「それはきっと、小夜子ちゃんにとって大事な叔父さんだったってことだよ」
「そうかもね」
また他人事のように呟くと、彼はくすりと笑って白磁のカップの取手に指をつまんで、一口飲んだ。
はめごろしの窓に雨粒がくっついていたが、もう新しく張り付くことはないようだった。
「雨、やんだわね」
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内