復興が進む中央の国で、人間も、魔法使いも問わない展覧会が行われることになった。私は一応教師ということもありそれに関わることを求められ、それを快諾した。かつて自分の殻にこもろうとした少女も、この試みに参加してくれることになった。以前のように絵本を作れなくなっても、今でも充分彼女の絵は素晴らしかったから。
小規模な展覧会は昼過ぎから行われた。その割に偉い人たちがたくさんやって来て、これからは人間と魔法使いが手を取り合う時代ですと身振り手振りで演説して、絵を見にやってきた市井の人たちはそういうものかとふむふむと頷いていた。絵画が置かれた家には有志の花々が飾られていて、それは人間の画家だけではなく、魔法使いの画家も祝福されているようで、私はとても心地よかった。
人間と、魔法使いが手を取り合う時代、か。南の国はずっとそうだったけれど、他の国はそうじゃなかった。中央の国は魔法舎を置くくらい魔法使いに友好的だったが、それでもどこか歪だった。王子が魔法使いであると分かると、北の国に捨ててしまうくらいには、魔法使いは疎まれていたから。魔法使いの力を使いながらも、疎まれていたから。
けれど、それも少しずつ変わってきているのだろう。私たちはたくさんの厄災と闘い、事件を解決し、祝祭を行なってきた。それは人々の知るところとなり、今では絵本や小説(そう、ブラッドリーさんのものみたいな)、絵画となって語り継がれている。次の大いなる厄災はどうなるかはまだ分からないが、私たちには希望があった。だからこそ、こんな展覧会が開かれたのだろう。
星が空に浮かぶ頃、展覧会は祝福されたまま終わった。多くの人々がやって来て、さまざまな表現手法の絵を見てはため息をつき、それは人間も、魔法使いも変わらなかった。ムルさんなんかは気に入った絵に花火をあげてシャイロックさんに叱られていたけれど、あれはきっと、描き手の人は嬉しかったろうな。それから、ひっそりと置かれたルカさんの絵は、以前のように動かなくても、幻想をもたらさなくても、みんなの目を引いていた。やはり、彼女の絵には何かがあるのだろう。魔女の絵と聞いて期待して見て、不思議が起こらないと幻滅して、でも長く見ているうちに惹かれて、最後は彼女の虜になってしまう。私はそれが嬉しかった。魔法の力を使わないでも、通じ合えた気がして。
「よっと、これで全部ですかね」
「そうなんじゃないですか? この林檎、美味いですよ。食べます?」
「いいえ、絵が汚れてしまいますから。後で頂きますよ」
小規模な展覧会といえど、後片付けをするのが私だけというのは納得できないところもあったが、みんな魔法舎へ送られてくる依頼や討伐や何やらで忙しいから、なのでこの仕事が回ってきたのは私と、ミスラさんだった。とはいえ、ミスラさんはお祝いの果物かごから林檎を取って食べて、片付けられてゆく絵を見つめているだけだったけれど(それでも、彼なりに私を守ってくれているのだろうけれど)。
人々の目を楽しませた絵は、さまざまな題材で描かれていた。蝶々が飛ぶ森の絵、シェフたちが料理をする匂いすらしてきそうな厨房の絵、それから手紙を書く、どこか期待感にあふれた少女の絵。それから、それから。もう紹介しきれないほど、魅力的な絵はこの館にあふれていた。
「林檎だけじゃ腹が減ります」
「ミスラさ、ん……。ちょっと待ってくださいね」
立ち上がったミスラさんが、私の肩に手を置き、それに唇を押し付けてキスをする。私たちの他には誰もいない。外には衛兵が数人いるが、中には入って来ない。私は頬を火照らす。このままここでキスが出来たら。ちょっと意地悪なミスラさんに意趣返しが出来たら。そう思うけれど、大胆なくせに時折臆病になる私にはそれは無理な話だった。
それでも、ちゅ、ちゅ、と、ミスラさんは私の肩に置いた手の甲にキスをする。直接触れていていないのに、粘膜の感触が分かった気がして、私はどうしようもなくなる。美しい絵、勇壮な絵、悲しそうな絵。……悲しそうな絵?
「気づかなかった、こんなところにこんな絵があるなんて……」
ほとんどの絵を片付け終えた時、私はベッドの上で涙を流し、鳥籠の中で眠る鳥に手を伸ばして、そして眠る少女の絵を見つけた。こんな絵はあったろうか? 図録に載っていただろうか? 私は薄いそれから作者名を探すけれど、どうしても見つからない。ミスラさんも、どこかおかしいと気付いたのか、キスを取りやめ、絵に触れようとする私の指を掴んでみせる。そして考え込み、こう言う。
「駄目ですよ、駄目、あなたくらいの魔法使いが触れては駄目です」
「え? どういうことですか?」
「それには魔法がかけられています。図録にもないみたいですし、誰かがいたずらで置いたんでしょう」
「ど、どうしてそんなことを……」
「誰かを引き摺り込みたいから」
ミスラさんが耳元にそっとささやく。
私は少しぞっとして、涙を流す少女の絵を見つめる。そこからは邪悪なものは見えて来ない。ただ悲しみだけが伝わって来て、何も私を変化させない。でも、それは触れなかったからかもしれない。ミスラさんの忠告に従って、絵に触れなかったからどうにもならなかったのかもしれない。
「も、もう引き摺り込まれてる人っていますか?」
「いいえ、これは多分、俺たち賢者の魔法使いを目指して、ここに置かれたんでしょう」
「私たちを、ですか? じゃあ人間の皆さん、魔法使いの皆さんには関係ないんですね」
「そうですけど、あなたもっと危機感を持った方がいいですよ」
ミスラさんはぐったりと肩を落としてため息をついて、「さぁ、この絵はどうしますかね。犯人は今も俺たちを見てるでしょうですから。きっとこの絵の中から」
「え?」
「アルシム……」
ミスラさんが、私を背中の裏に隠し、呪文を唱える。すると絵の中から鳥籠で眠っていた鳥が一羽出て来て、それはぱたぱたと音をたてて、光取りの窓へと羽ばたいて行った。
これで、終わりなんだろうか? いや、でもあの鳥を捕まえて、いたずら者を突き止めなくちゃいけないんじゃないか? 私はそう思ったけれど、ミスラさんは「きっとムルと同種の魔法使いですよ」、と肩をすくめて「次は焼き鳥にしてやります」と、窓にぶつかる鳥を魔法で外に出してやった。なんだかんだいって、優しい人だと思う。
「ねぇ、ミスラさん、私が知らぬうちにあの絵に引き摺り込まれていたら、あなた、どうしますか?」
私はミスラさんの手を取って、壁から絵が取り払われた真っ白な空間でくるくると回った。まるで母様と父様が昔々ダンスをしていたみたいに、ステップを踏んで、でも、誰かには悟られないように静かに。
「もちろん、迎えに行きますよ。自分のものに手をかけられると厄介ですからね」
「それだけですか? 約束をしただけ? もっと他に思うところはないんですか?」
「何を言わせたいんですか、あなたは。……何があっても、あなたは俺が守りますよ。誰にも取られたくないから」
「ふふ、それが聞きたかったんです。意固地になってる、そういう言葉が聞きたかったんです」
私は笑って、鳥が消えていった窓から落ちる月明かりの中、ミスラさんと踊る。ステップを踏んで、誰も見ないかダンスを続ける。
涙を流す少女の絵には、もう鳥籠の中の鳥はいない。空になって、少女の悲しみも薄れている気がする。そうだ、あれはもう、魔術が抜けたただの絵だから。いたずら者は気に入らないけれど、何もなかったからよしとしよう。後で一応絵を燃やすか何かしなくちゃいけないけれど、それは心苦しいけれど(主に、絵の中の少女に)、仕方のないことだった。
「あなた、結構ダンスが上手ですね」
「母様から仕込まれましたからね。でも、ミスラさんも上手ですよ」
「チレッタから仕込まれましたからね」
その言葉に、私たちは笑い合って、月明かりの中で踊り、最後に足を止めてキスをする。
人間と魔法使いのための展覧会は終わりだ。
私たちの悪戯っぽいキスで、全部が締めくくられてしまうから。
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