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無窓居室
2024-03-04 19:01:18
2543文字
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上巳
上巳→桃の節句。
😈が👹の家にお泊まりしますが何も起こらない距離感の関係と、献身のような耽溺のような想いを書けていたらいいなと思います。
あ、はい。4日ですね。遅刻しました。
三月三日の夜ともなると桃の花は生花店の軒下に僅かばかり残るだけで、枝についた花も乏しいものだ。一日中、あるいは何日間も、少しでも華やかな枝を求める客の手に揉まれていたのだろう。花弁が皺になった花がひとつだけ付いた一本を求めると、親切な店員はもう少し花の多いものがあるとしきりに別の枝を勧めた。やんわりと遮ってブラックは商品を受け取る。店から出て歩き始めてほどなく、背後でシャッターの閉まる音がした。
アカネの家は人間界からさほど遠くない魔界のほとりにある。桃の花を手土産に上がり込むと、アカネはキッチンでちらし寿司を作っていた。酢飯の香りが鼻をくすぐる。ブラックが花と一緒に買ってきた苺のケーキを見せればアカネも青鬼ちゃんも歓声を上げた。カメラちゃんはブラックの肩に乗って誇らしそうにしている。
アカネが料理を仕上げる間にブラックが食器を並べて遅い夕食が始まる。自分の都合に合わせさせたことを詫びるブラックに、アカネは忙しいのに来てくれて嬉しいとはにかむように言った。二人はこんな素直なやり取りもできるのだ。気のおけない友人同士としてなら。その一線の内側に大人しく留まっているかぎり。
窓辺に折り紙の雛人形が飾られていた。ちらし寿司のやや歪な盛りつけと見比べれば、折り目の正しいその人形がアカネの手作りでないことは分かる。ブラックの視線に気づいたようで、アカネは笑いながら言った。
「可愛いだろ?ひめがくれたんだ。同じクラスの女の子達で開いたひな祭りパーティーに呼んでくれてさ、一生分の菱餅とひなあられ食べたよ」
「それでさとしくんが俺は仲間外れだとか何とか騒いでたんですね。作業の邪魔なので聞き流しましたけど」
「邪魔って言いながらさとしの部屋で編集してるんだもん、アンタ達ほんと仲いいよな〜
……
明日には機嫌が直ると思うよ。女の子達みんなでお菓子を作ってたんだ、明日サプライズで男子にプレゼントするんだってさ」
話し終わるとアカネは豪快にちらし寿司をかき込んだ。失敗した盛りつけを見られるのが恥ずかしいらしい。ブラックとカメラちゃんが味を褒めても逆に見た目を気にしてしまうようなので、「一生懸命作ってくれたのが分かります」と伝えると、頬を桃の花の薄紅色よりも赤くした。
桃の枝は今はテーブルの上の瓶に挿されている。やはり不器用な、しかし優しい手つきで枝を扱うアカネの様子を眺めていたブラックは、思い出したように呟いた。
「アカネさんは平気なんですね。この時期の桃の木には邪気を払う力がありますから、オレちゃんは一枝ここまで運ぶだけで肘まで痺れてしまいましたが」
手袋の上から利き手をさする。悪魔の身に魔除けの枝は毒だ。魔力で抵抗していなければ火膨れのようになっていただろう。花屋で触れて一番手が痛んだ枝を選んだ。花の姿より芽吹いた葉の瑞々しさが良いとも思った。
「アタシ桃は大丈夫だな。節分の豆や鰯の頭だと軽い打ち身みたいになっちゃうんだけどね
……
ってか、そんな無理しなくてもよかったのに」
心配そうに触れようとしてくるアカネを宥めるようにブラックは手を振る。
「すぐに治ります。オレちゃんほどの悪魔ともなればね。季節のものですから、楽しみましょう」
花に触れ、ケーキの後に出された甘酒のグラスに花弁を一ひら落とす。それを一気に飲み干すとアカネは慌てた声を上げた。
「あっ!そんなことしたら
…
」
「いいんですよ。アカネさんも、ほら」
カメラちゃんと青鬼ちゃんはデザートを食べ終わってすぐにうとうとし始めた。今はテーブルの下に作ってもらった座布団のベッドで寝息を立てている。未成年のアカネに合わせて甘酒はノンアルコールだが、もう子どもの時間でもない。
戸惑いながらも勧められるままにグラスへ唇をつけるアカネの表情には、少女から女性へ移りゆく頃だけに漂う風情があった。彼女の出自は地獄で罪人に罰を与える使命を帯びた鬼だ。魔物であると同時に神聖な存在でもある。節句の邪気払いが効かないのはそのためだろうとブラックは見当をつけていた。
「アカネさんのご健康と、今後のご活躍に」
もう一杯、花弁の入ったグラスを空にする。白い酒も体内から穢れを払うために飲むものだ。花から溶け出した厄除けの力と相まって悪魔の胃の腑を焼く。もちろんブラックにとって打ち消してしまうのは容易い程度のものだが、敢えてそうせずアルコールとは違う酩酊に身を任せた。
「なんか、今日のブラックは羽目を外してるな
……
元から無茶する奴だけど」
「悪魔が品行方正なはずもありませんからね」
「それもそうか」
アカネが苦笑する。打ち解けた関係ゆえの態度だと思っているのか、満更でもなさそうだった。
やがてアカネも眠ってしまったので、ブラックはテーブルに突っ伏した彼女を抱えてベッドへ移し、カメラちゃんと青鬼ちゃんと共に掛け布団の中へ収めた。早寝早起きのアカネには無理な夜更かしだったのだろう、遅くまで付き合わせて悪かったと思う。
穏やかな寝顔には初めて出会った頃の刺々しい、思い詰めたような気配は無い。変われば変わるものだ。この先、角を落として人の世界で生きていくことも、天女や女菩薩と呼ばれる存在になることもできそうに思える。同じほど、魔界で最も恐ろしい鬼女になることも。
どんな未来を選ぶにせよ、アカネの行先に幸福があればいい。しかしそんな願いは悪魔に似つかわしくないものだから、却って災いを呼び込まないうちに酔いで曖昧にしてしまう。飲み干した甘酒の瓶と共に食器をキッチンの流しへ下げた。むやみに気分が良い。
朝までに洗い物を済ませてアカネが起きたら注文通りの朝食を作ろうと考える。一泊の宿代には安すぎるだろうか。
八重咲きだった桃の花は花弁を器用にもがれて形の良い数枚が残されるのみになっている。幼い葉の翡翠色が薄紅を引き立てていた。夜が明ければ朝日によく映えるだろう。それまでに作業の続きを終えてしまおうとノートパソコンを開く。キーボードを打つたび治さなかった利き手が痛んで、災いは自分だったなとブラックは笑った。
2024/03/04
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