スサ
2024-03-13 00:36:29
2928文字
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【ゲ】満員電車で目撃される白髪の若い男と顔の良い男の話

モブ視点ゲタ水のような何か。まだ青春時代しか読んでないけど妄想に参加したくて…。肝心の二人は会話しません。〓くんが牽制してくる。痴漢は犯罪なので痴漢はいません。よこしまな目で見ている者はいます。

 満員電車とは憂鬱なものだ。いや、憂鬱などという言葉で表現できるものではないが、あえて言うなら憂鬱というか。それでも自分が乗るあたりなどはまだ呼吸はできる程度なので(座れはしない)ましといえばましか。
 いつものように気持ちを無にして耐えていると、何やらでかい男が乗ってきた。でかいし、髪が目立つ。白、いや、銀、灰色いや、やはり白髪だろうか。これが年寄りなら驚きもしないのだが、若い男でかつドアすれすれの長身だったので、それはもう目立った。まいったな、という表情からして、普段からこの時間に乗っているわけではないのだろう。偏見は良くないが、勤め人や制服が必要な年代の学生にはとても見えないので、まあ、たまたまこんな朝の時間帯に乗り合わせたというところではないだろうか。
 細身に見えるが、でかいというだけで場所をとるのだ。人間は。だから、あんなでかいやつが乗ってくるのか、と残りの乗車時間を考え、男は気が重くなった。まあ、しかし、仕方がない。
 だが、その男の動きが変、まではいかないが、ただ普通に乗ってくる様子でもなく、何だ? とついそちらを見てしまう。おかしな動きという程でもない。しばらく見ていて、誰かもっと小柄な人物を庇うようにしているのだ、と気づいた。
 外国人か、それともやんちゃな大学生か。あまりお近づきになりたいものでもない。だが、なんだか気にはなる。見るくらいならいいだろう、とどうにかそちらが見えないかうかがえば、ドア近くに空間を確保したらしい白髪の若い男は腕の中に囲う用に庇った誰かに顔を近づけ話しかけている。表情はよく言えばやわらかいが、悪く言えばやに下がった、という感じである。もうその表情だけで関係性が透けて見えるようだ。
 顔の片側が長い前髪で隠れているせいで、男の顔の造作自体はわかりにくいのだが、だが、横顔には雰囲気があり、なんとなく女受けが良さそうに思う。そもそもあれだけ長身なら、かなりのアドバンテージだろうけれど。近頃は背の高い男がもてはやされる
 あんなとろけた様子で話しかける相手がいるのも納得というものだ。その車両に乗り合わせた独り身のサラリーマンは男一人だけではなかったようで、白髪の男にちくちくした視線が集中するのがはっきり見えるようだった。
 さて、白髪の青年が腕に囲うように庇う人間の顔は、ちょうど彼の腕で見えない。だがその上から頭はのぞいているので、かろうじて黒髪であることはわかる。長さも、女の髪型ならかなり短い。肩はスーツのそれで、そこまでわかれば、女じゃなくて男か? という困惑した空気も生じる。
 ぎゅうちゅうの電車だから、多少の揺れでは人が大きく傾くこともない。それだけの空間がないのだから。だが、それでもカーブにさしかかった時、大きく揺れてしまうことくらいはある。
「!」
 ちょうど白髪の青年の近くに乗っていた客が倒れかかってきたのは、男からも見えた。が、青年は全くびくともせず、突っ込むように倒れ込んできた乗客を腕の中の誰かにもたれかからせるようなことはしなかった。たいした体幹だ。
……
 声までは聞えないが、男がまた背中を丸めるようにして顔を腕の中の誰かに近づけ、何事かを囁いている。ふっと口角が少しだけ上がったのが見えた。腹が立つような、お幸せになと力が抜けるような。
 と、今度はなんと急ブレーキ!
 さしもの白髪男も今度ばかりはと押し寄せた人波にくの字になりながら思った男は、目を丸くした。白髪の青年は、腕にしっかり誰かを抱いて、ドア近くにささっとよけていたのだ。つまり、無事。
 そんなわけないだろ~?! と叫びたくなったが、ただの頭のおかしい客になってしまうので耐えた。が、しかし。くずおれる人々の波から抜け出したのは見事だが、さすがに空間を持って腕の中の誰かを守ることはできなかったらしい。ぎゅっと抱きしめているから、守っているのは守っているのだが。とにかく、今度は顔が見えてしまっている。そこで、男は叫びそうになった。叫ばなかったが。
 ──めちゃくちゃ顔良し男!
 わりとよくこの電車に乗り合わせる男だったので、あっと小さな声が漏れてしまった。背はそこまで高くない(平均か、平均より少し小さいか。一昔前なら高い方だったと思われるが)のだが、とにかく顔の作りが死ぬほど良い。よっぽど念入りに神さんがこねくり回したのと違うかという出来で、もし俳優だとでも言われたら信じるだろう。そこに印象的な傷がつくことで、不完全にして唯一無二の美となっている。あと、なんというか、良い尻をしている。誓って不埒な真似をしたことはないが。
 男の周りで、他の誰かがはっと息を呑んだ声がする。思わずそちらを向けば、似たような年格好、つまり働き盛りくらいの見知らぬサラリーマンと目が合う。さてはあんたもあの男を毎朝見てるな、と確信を込めてじっと見つめれば、微かに頷かれる。どうやら心が通じたもようだ。
………
 よくよく車内を見回せば、妙な緊張があり、どうも多くの似たような男達が顔良し男(仮称)と白髪男を見ているらしかった。ああ、と男は思う。あの尻とふっくらした胸は、どうやら自分にとってだけ癒やしだったわけではないらしい。
……
 と、白髪の若い男が平板な、無感動な顔であたりに視線を巡らせる。色素の薄い肌と髪、ぎょろりとした大きな目の中の小さく絞られた虹彩は、まさしくあたりを睥睨していた。まるで車内の温度が一気にマイナスにでもなったかのような恐ろしい空気が彼を中心に広がっていく。
 腕に抱えた人に見せていた甘やかな表情を一体どこにしまったというのだろうか。
……
 と、今もしっかり抱きかかえられたままの顔の良い男が、難儀して腕を引っ張り出し、若い頬をぺちりとたたく。瞬間、呪縛が解けたように乗客達は長く長く息を吐く。金縛りではないが、それに似たような状況だった。
 何やってるんだ、と抱きしめられたままの男が窘める声が聞えた。小さな声だったが。それに、彼より背も高ければ腕も長い若い男は哀れっぽい調子で、だってぇ、と申し立て。そこに先ほどまで漂っていた不気味さも恐ろしさもない。
 その後は急に音が騒がしくなり、二人の会話は何も聞えなかった。誰にも。もしかしたら、すごく近くにいたら聞えたかも知れないが。
 男はなんとなくドア付近を見る。たぶん、他の客も。なんとなく、未練のようなもので。
……
 ドアに相手を押し当てるように立った白髪の若い男は、相手の体にしっかりと腕を巻き付け、自分より低い所にある頭に自分の顎をくっつけるようにして何かを訴えているようだった。
 正直、朝の電車で漂わせて良いような甘さではなかった。
 むっちりした尻や、やわらかそうな胸、甘さのある顔立ちなどを思い浮かべ、あれはすっかり誰かのものだったのだなあ、と思ったのは、何も乗客一人のことではない。それがお互いわかって、その日その朝同じ電車に乗り合わせた者達は、揃って失恋のような、横恋慕に失敗した時のような気持ちを味わうことになったのであった。