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hai__ro
2024-03-11 19:10:44
4345文字
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テスデイ
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虫に憐憫
テスデイWEBオンリー「米克特兰可可祭/ミクトランカカオ祭」でネップリ配布した小冊子のテキストです。
あらゆるものを司り、何者にも変身する神に想定外の動作があるとしたらの話です。臓器の損傷や開胸手術の描写があります。
含まれるもの:テスデイ、バグる神
それは切れかけた蛍光灯の点滅、あるいは壊れたスピーカーで聞くオーケストラのように無秩序な鼓動を打っている。
その音はデイビットの胸の奥にある心臓から鳴っている。彼のもう一つの心臓の役割が血液を全身に送り出すポンプではなく、超規模の魔力炉心であったために、重大な不具合を起こしていたのだ。
四層のチチェン・イツァーで冥界行に必要な品を揃えてから、五層のメヒコシティまでの帰路でのことだった。以前、本来の心臓を覆うように移植を行ってから、大きな異常はなく体内に収まっていた異星の神の心臓が突如暴走を始めた。無知性ディノス、肉食虫、密林の湿った酷暑。あらゆる危険が次々と浮かんでデイビットの頭上を回る。天使の遺物の能力は結局のところ鏡合わせでしかなく、同じだけの危険を出すことができたって危険を打ち消すことは不可能だ。胸を食い千切って飛び出さんとばかりに早まる拍動、耳の横で鳴っているような心音に狂っていく感覚の中、手の甲の上に二画残った令呪に目をやる。消費すれば文字通り神に縋ることができるが。
押し出されるように出た咳には血が混ざっている。心臓が肥大化して臓器が侵食され押し除けられていく。元から規格外の大きさだったために当初から圧迫されていた肺が更に圧し潰され、息が詰まる。
それでも、デイビットは立ち止まらない。拠点に戻れば救急用の設備がある。自分で自分の胸を切り開く狂気の沙汰でもやらないで死ぬよりは幾らかましだと思い、バックパックを掻き回して取り出したアンプルを打っては外気温とは対照的に冷え切った四肢を動かす。蒸し殺されるような重苦しい熱気を踏み抜きながら、ロープの上を渡るような感覚の中を通る。景色の印象は陽炎のようにぼやけ、外部からの刺激は理解をすり抜けていく。
ふと、急に目の前になにかの気配を感じて足を止める。硝煙と整髪料、煙草のにおいがする。幾重にも重なった樹葉越しの薄明るい太陽が、煙るように姿を隠す。呼んでもいないのに、とよぎり、重要度の低い思考はそのまま消えていった。そして顔を上げ、煙のように現れた男に、茹で上がった頭が、譫言が舌を滑る。
「てすかとる、」
◇
型が崩れるまで膨らんだバックパックを背負って蹲るそれの様子は芋虫によく似ている。二重に響く形振り構わない鼓動は死にかけた虫の蠕動と同じだ。
「パスが切れそうだと思ったら、こんな場所で死にかけてやがる」
テスカトリポカはそう洩らしながら、デイビットの顔を覗き込む。息を切らし、顔は青褪め、今にも意識を飛ばしそうだった。左の拳は血が滲むほどの力で握られている。デイビットの瞼が伏せようとする度にきつく握り直されている。四〇℃を超える密林で、それは死への滑落と同義だからだ。
「オレの声が聞こえるか?」
肩を軽く揺らしながら問いかけると、デイビットは項垂れるように首肯した。それだけの気力があるなら結構だと、テスカトリポカは軽く息をついた。
さて、この異常だが、どう見ても移植した心臓が原因だろう。セーターの上から分かるほど、胸元が膨らみ歪に波打っている。軽く触診しながら、やはり規格が違いすぎたか、とテスカトリポカは眉を顰める。
——
現代では、こういうことはメスを入れた人間が責任を取るものらしい。テスカトリポカは人間ではないし、そんな通念があった社会はもはや白紙となったが。
「緊急オペってヤツだ」
デイビットからすれば唐突な言葉に、地面を睨むように見つめていた彼の目が、ぬるりとテスカトリポカへ視線を移す。テスカトリポカは紫色の虹彩を見据えながら、脈動する胸元を、黒いマニキュアが光る指先で差す。そして、まさに神託のような冷徹さを持った声色で告げた。
「今からオマエの心臓を抜き取る」
デイビットの眉が微かに持ち上がる。その言葉の指すものは、内蔵を押し退け体表を這い肥大を続けるそれではなく、肋骨の内側で今なお弱々しく稼働を続けるデイビットの本当の心臓である。
「血管を継ぎ直し、オマエの肉体を魔力炉心で稼働するものに作り変える。死の覚悟はしておけ。成功したとてひと月も保たんだろう」
つまりコネクタの改造に遺伝子の改変と適応。
正真正銘、人類外の存在となる。
「だが、構わんな?」
都度丁寧に切り捨てているだけで
——
感傷らしきものを全く持たない男ではないから、多少はその事実を惜しむようなこともあるかもしれない。と、テスカトリポカは思った。ヒト型であることが人類の十分条件になりえない世界で、デイビットが人類として生きようとした動機は遺伝子の組成にあったのだから。それが旧懐に過ぎなくとも。
デイビットが言葉を発するため、小さく呼吸する。そして虫が鳴くような細く掠れた声で言った。
「問題ない」
デイビットは、人間性を少しの未練も見せずに投げ捨てた。
テスカトリポカは思う。さすがはオレの神官、そうでなくては。泣き言を言われたとて何の足しにもならんし、何より気に食わないからな。
——
そう思ったところで、なぜ気に食わない事態の想像をしたのだろう、とテスカトリポカは自身を不思議に感じた。
何も間違えない人間が存在しないように、テスカトリポカも全能であれど完全ではない。四つの人格それぞれが異なる方向性を持ち、相反することもある。だが、それでも神霊は人間と決定的に違い、常にどこかで一貫している。その一貫性がぶれたような感覚がした。
「だが
……
」
まるでテスカトリポカを引き戻すかのようなタイミングで、デイビットが振り絞るように声を上げる。
「オレの生命活動が停止すれば、異星の神に気づかれる」
途切れ途切れにだが、纏めるとそのようなことを喋った。心臓にメスを入れる時、大量出血を防ぐために心臓を停止させる必要があることを言っている。
「いや、問題ないな。時系列を少し弄って、しばらくオマエとその心臓が生きているように見せかければいい」
できるのか、といった声は上がらなかった。神が可能だと言うことに、人間が疑念を抱くことは許されないと、彼は知っているからだ。
「なら、任せた」
デイビットがそう言うと、テスカトリポカとデイビットを覆う霧が濃くなる。血液、臓器、皮膚、爪、髪、複数の部位のいくらかが代価として消費される。人の
肉体
み
であろうとも、バイタルサインの前借り程度ならば、令呪の後押しを借りるまでもなく可能だ。
「ゆっくりと、息を吸え」
それからデイビットの口を開けさせ、吐いた煙を送り込む。指示に従って煙を吸い込んだデイビットの身体は指先から重く沈んでいき、瞼が閉じられる寸前、恍惚とも取れる表情を見せた後全身が弛緩した。
それを確認したテスカトリポカは、デイビットの衣服を脱がせ、身体を平らな地面に横たわらせる。そして黒曜石のナイフを取り出すと、デイビットの体表を這う心臓を引き剥がしながら、胸を静かに切り開いた。神の扱う刃は骨さえも容易く切り開いていくが、テスカトリポカは、肉の温度と、血のぬるつきではない抵抗を感じる。どこからか沸いたそんな錯覚を切り捨て、極めて冷静に、慎重に刃を入れる。決して間違えないように。ここで終わったりしないように。なにせこの戦争ではデイビットに一番注目している。目的を果たす瞬間まで何がなんでも生き延びてほしいし、だから死にかけているのを見つけた時は⬛︎⬛︎を
——
。
不正な値が検出された。知覚する前に検閲、修正される。
テスカトリポカは、肋骨をこじ開けながら、今のエラーは何かとログを洗ってみる。
——
デイビットに、⬛︎⬛︎を覚えた記録が残っている。またも参照できない。再現性があるということは、偶発的なエラーではないようだ。そして、参照できないということは、テスカトリポカに存在しないはずの感情であったということだ。何らかの異常が原因で読み込みが狂い、無いものを出力しようとしてしまったのだろう。
とはいえ、空白のままにしておくのもなんとなく収まりが悪く、頭の片隅で妥当な補完を探す。入力する情報は、空白に入りうると演算した感情。
入力『⬛︎⬛︎、共⬛︎、⬛︎着』
出力『肝心の惑星の終わりを見逃してしまったら、呼ばれた甲斐がない』
黒のテスカトリポカとしてはやや不適当かもしれないが、筋は通っている。肉の器である以上、多少のぶれは許容するべきだ。
神霊に一貫するものは運命のみであり、テスカトリポカのそれは天秤であり流血であり戦闘であり試練である。己の運命に逆らうことは自己の否定と同義で、運命から引き起こされる出来事を省みるのは神性の崩壊と同然だ。
つまり、恐らく。参照できない感情の内容とは運命を否定するものであり。それを理解した瞬間のテスカトリポカ自身が、そうあるべきでないと削除したのだろう。
運命
動作
が
逸れて
バグって
しまった、と。なぜデイビットに対してそうなったのかはわからない。分析する価値はあるが、それはこの記録を領域に持ち帰った後にするべきだ。人の姿で、境界記録帯として現界した今は機能に限界がある。
だから、正体不明の不具合を抱えたままデイビットの古い心臓を引き抜いた。
痩せて萎んだ心臓を煙で作ったトレイの上に乗せる。血管を作り変え、継ぎ直し、胸を閉じる。そして最初にそうしたように煙を吹き込むと、心臓が鼓動を始め、魔力が循環を始めた。それは弱々しく、緩慢で、彼の肉体が非人類へと変化していく過程とは思えないほど。
しばらくすると、心拍が安定し、呼吸も正常に戻った。肋骨を開き心臓を取り替える大手術だったが、一晩休めば動けるようになるだろう。テスカトリポカとの契約者であるデイビットは、戦士の司の加護を受けているからだ。
一仕事終えたテスカトリポカは、眠れるデイビットの隣に座り込み、煙草に火を点け、彼への評価を再計算してみた。
——
オレの神官、マスター。強く凛々しく愚かなとびきりの狂戦士。その意志を認め、その戦意に応じよう。
至って正常だ。不具合はどこにも見当たらない。この惑星の死生を繰り返すモノたちにそうであることを望まれ、この惑星に漂着した繊維がそうであることを望んだカタチだ。
けれども、バグを起こした事実が脳の端に棲みついて消えない。思考に混ざって濁るような
回想
きのせい
が、水晶体で像を結んだデイビットの姿について回って離れない。テスカトリポカはそれを、人の肉体の不自由だと断じた。そうに違いないと、強く思う。
霧は薄れ、金色の残光に縁取られた青黒い空が背中にのしかかる。
デイビットが目を覚ますまで、テスカトリポカはずっとそこにいた。
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