ある日の夜、依頼を終えて帰ろうとする時、偶然入った酔っ払いたちが集まった酒場で、酒をかけて身の上話をすることがあった。とはいっても、ミスラさんの人生はあまりにも極端だったので、そして少しグロテスクだったので、彼はそれを口にすることはなかった。その沈黙がよりセクシーに見えたのか、酒を注ぐ女の人たちはきゃあきゃあ言っていたけれど。
私は、母様と父様の恋物語について語った。幸いここは南の国だったので、魔法使いであることはマイナスにならなかった。女の人たちはロマンチックねと笑い、酒が入ったグラスを傾けた。
「ロマンチックじゃないけどよ、不思議な話ならあるぜ」
宴が終わろうとした頃、誰が優勝かと盛り上がっていた頃、ずっと隅でブランデーを傾けていた青年が言った。どこか陰のある彼は、「東の国には座敷わらしってやつがいるだろう? 幸運をもたらす妖精みたいなやつ。それが俺の家にもいたんだ」と呟き、また酒を飲んだ。
「知ってる?」
「知らないわ。あんたは?」
「そういう妖精の話は聞いたことはあるわ。城につくのよ、そうでしょう?」
女たちの言葉に、青年は時に頷き、時に首を振った。
「座敷わらしは子どもにしか見えない。魔法使いでも見えないんだ。座敷わらしがいる家は栄え、いなくなれば没落する」
「ふぅん……祀ったりしないからそうなるんじゃない?」
「そうかもな。俺だって座敷わらしが飯を食ってるところは見たことがなかった。遊んだりはしたから、無口な友だちだと思ってたけど」
私はそれに、そんな都合のいい妖精がいるものかと思って、ミスラさんを見た。でもミスラさんは何も言わず、ただワインを飲むだけだった。時折チーズをつまみ、女に酒を奢られているくらいで。
「あなたの家は今も栄えているの? それとも没落したの?」
「残念ながら、もしくは期待に沿って没落したよ。ほら、ブランデーをもっとくれよ」
「残念だけど、それじゃあ普通の話じゃないか。もう一捻りないと」
身の上話で、今のところ一番盛り上がっている男(ほら話だろうが、黄金のガチョウを見たと言った男)が言った。すると、陰のある青年は唇をつまみ、こう続けた。
「座敷わらしは俺にしか見えなかった。俺としか喋れなかった。俺としか遊ばなかった。でも、妖精なのに触れられたんだ。妖精なんて人間が触れるものじゃないのに」
「そりゃあ、そういう妖精だったんじゃないか?」
「もっと早く気づくべきだったんだよ。使用人たちは誰もその座敷わらしに声をかけなかった。見向きもしなかった。俺と同い年くらいの使用人の子すらだ。……どうしてだと思う?」
「どうしてって……」
どうしてって、どう言って欲しいんだろう、この人は。私は悩む。
すると、ミスラさんはワインを飲み干して、こう言った。
「その座敷わらし、人間だったんでしょう、たとえば、お屋敷の主人の不義の子だとかね」
「あたり! 親父がメイドに産ませた子だったんだ。母親の命令でみんなで無視してたんだとよ。ひどい扱いだろう?」
青年がミスラさんの言葉に指を鳴らす。私はぼうっとして、ミスラさんを眺め、青年を眺めた。青年の父親の不義の子。幼い青年はそれを座敷わらしと結びつけ、不思議な友情を育んだのだろう。
「そ、それで、どうなったんです?」
私は青年に問いかける。じっと見つめると、彼の目は幼く、まだ二十歳にもなっていないようだった。いや、私とはあまり歳が変わらないのだろうけれども。
「俺が十になる前に死んじまったよ。元々身体が弱かったみたいでな」
「ふぅん……悲しい話ね。でも、優勝はあんたじゃなくてこの男! 黄金のガチョウを見て一攫千金得た男! 奢ってよー!」
「なんだよ、俺が奢るのかよ」
「そうよ、黄金のガチョウを見たんでしょう?」
「しょうがねぇなぁ……」
私はそんな会話が始まるのを機に、自分たちの分の酒代を置いて酒場を出ようとした。だが陰のある青年はミスラさんを止め、こう尋ねた。
「魔法使いさん、あの子は幸せだったと思うかい? みんなに無視されて、十にならないうちに死んで、幸せだったと思うかい?」
「さぁ、魔法使いと人間の幸せは違いますから」
妙に濁して、ミスラさんは酒場の扉を開いた。そこにはランプが連なる歓楽街があり、私たちは空間を切り取っても目立たないところ、たとえば薄暗い路地裏なんかを探して、しばらく歩いた。何も言わず、何も語らず、ただ手だけを繋いで、かわいそうな子どものことを思って、人ごみの中で、私はミスラさんのすべらかな手のひらをなぞった。
「誰かを集団全員で無視することは呪術です。いないものとして扱うことは呪術です。ただの子どもを彼らは呪った。今も、あの男にくっついてますよ。あの男はもう見えないみたいですが」
「だったら言ってあげたらよかったのに。友だちだったんでしょう? ……って、ミスラさんには見えるんですか? 座敷わらし」
「都合上座敷わらしと言っただけで呪いの子ですよ。彼は友だちだと言っていましたが、その座敷わらしを助けなかった。子どもだから仕方ないのもあったんでしょうけどね。彼の家が没落したのも、不義の子が呪いに包まれた結果でしょう」
「悲しい話ですね」
「あなたはそう受け止めるんですね。優しいなあ……」
ミスラさんは、ちょっと寂しそうに言った。
私はミスラさんの人生を知らない。どんなふうに生きてきたのかを知らない。私の価値観とミスラさんの価値観は違って、さっきの話をどう受け止めるのかも違うのだ。
でも、でもって思う。こうやって手を繋いで、空間を移動して幸せばかりが残る魔法舎に戻って、そこで誰もいないのを確認してキスをして、そんな傲慢な幸せの中にいたいって。不幸な子どもは消えない。南の国で教師をしていた頃だって、幼いまま遠くに嫁がされる子はいたし、両親の仕事の都合で遠い国に出稼ぎに行く子どももいた。人生は幸せばかりじゃない。幸せな人生は努力では勝ち取れない。ある程度のカードが揃ってなきゃ、悲しいけれど人は幸せになれない。
「ミスラさん」
「なんです?」
「座敷わらしのこと、かわいそうって思いますか?」
「たった一人の友だちがいて、それでいいって思っているから、今も一緒にいるんじゃないですかね。呪おうとしたら出来るのにそうしないで」
そう、か。
私はミスラさんの言葉に納得して、ミチルや、フィガロ先生や、レノックスさんを抱きしめたくなった。もちろんミスラさんも。私は廊下の影に隠れ、ミスラさんを抱きしめ口づける。するとミスラさんは笑って、静かに抱きしめ返してくれた。
私はそれだけでいいと思った。決して完全な幸せではないと分かっていても、それだけでいいと思った。
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