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chu!ppiness
2024-03-11 12:25:58
4048文字
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chu!ppiness 第3話「笑ってほしくて」
nanaにて活動予定のアイドルユニット「chu!ppiness」結成秘話🌸
第3話「笑ってほしくて」
安曇凛咲の大切な思い出と笑顔にしたい人のお話です。
書き手:柚鈴 (
https://twitter.com/Citlisamusic
)
🍊安曇凛咲>>
https://nana-music.com/sounds/06b04f9e
chu!ppiness 公式nanaアカウント>>
https://nana-music.com/users/10589522
chu!ppiness 公式Twitterアカウント>>
https://twitter.com/chuppiness_
❁安曇凛咲
小学校の六年間で、一番楽しかった思い出は? 卒業アルバムで聞かれた質問に、迷いなく答えたことを覚えている。運動会! 遠足も修学旅行も、学校行事は何だって大好きだった凛咲だけど、運動会は特別に好きだった。小さい頃から身体を動かすことが好きで、体育の時間が何より楽しみだったから、という理由もある。だけどそれだけじゃない。みんなが一生懸命になる、あの日の雰囲気が好きだったのだ。雲ひとつなく晴れ渡った青空に、ぐるりと輪を囲むように張られた色とりどりの国旗。ぴかぴかの赤白帽に、いつもより豪華なお弁当。普段はあまり話さない子とも、一緒に声を出して精一杯の応援を送る。赤組、頑張れ! 白組、頑張れ! 毎日通っている小学校がテーマパークみたいに変わる運動会の日が、凛咲はずっと大好きだった。
特に、最後の年──小学六年生の運動会には、忘れられない思い出がある。運動会がある月の席替えで、凛咲はある女の子と隣の席になった。もうすぐ運動会だね、楽しみだね! 給食のときにそんな話をすると、ほんの少し悲しそうな顔で、彼女は言ったのだ。私、運動会はあんまり好きじゃない。その言葉を聞いて、凛咲は心の底からびっくりした。凛咲にとっての運動会は、いわば学校行事のスターだ。みんなが大好きで、楽しみにしているものだと思い込んでいた。凛咲の友達は、みんな運動会を心待ちにしていたから。運動会を、好きじゃない人がいる。初めて気付いたその事実は当時の凛咲にとって、頭の上に隕石が落ちてきたくらいのショックだった。人によって好き嫌いが違う、ということは知っているつもりでいた。凛咲は玉ねぎが平気だけど、玉ねぎが苦手な子もいる。凛咲は算数が好きじゃないけど、算数が得意な子もいる。だけど、カレーライスを嫌いな子がいるとは思ってもみなかった。そんな感じだ。凛咲の思う「みんなが好きなもの」を、好きじゃない人もいる。「みんな」は文字通り、世界中の全員を指しているわけじゃない。そのことは凛咲にとって、初めての大発見だった。その日は家に帰ってからすぐ、お姉ちゃんの部屋に突撃した。八歳年上の姉は大学生で、頭がよくてとっても物知りだった。凛咲が聞いたことに何でもすぐに答えてくれるから、言葉に出来ないもやもやが浮かんだときは、いつも相談していたのだ。運動会を好きじゃない人がいるなんて、思ってもいなかった。凛咲の話を聞いて、お姉ちゃんは笑った。
「好きなものも嫌いなものも、人によって全然違うからね。でもそれは、絶対に変わらないってものじゃないよ。凛咲だって昔、ピーマンが苦手だったでしょ?」
穏やかな声で告げられた言葉に、考えながら頷く。今は食べられるようになったけれど、確かに低学年の頃はピーマンが好きじゃなかった。いつから食べられるようになったんだっけ? 昔のことを思い出そうと考えて、ふと思い当たる。
「お母さんが、ハンバーグにしてくれた! りっちゃん、それで食べられるようになったよ!」
ある日の夜ごはんに、母がピーマンの肉詰めを作ってくれたことがあった。最初は渋っていたけれど、それが本当に美味しくて、何度もおかわりしているうちにいつの間にか食べられるようになっていたのだった。
「そうでしょ? 凛咲のピーマンみたいに、好きじゃないものでも、ちょっとのきっかけで好きになれることもあるんだよ。その子が少しでも、運動会を楽しいって思ってくれたらいいね」
その日の夜、凛咲は一生懸命考えた。どうしたら、彼女に運動会を好きになってもらえるんだろう? だけど、考えてもわからなかったから、思い切って聞いてみたのだ。どうして、運動会が好きじゃないの? びっくりしたような顔をして、その子は答えた。足が遅いから、走っているところを見られるのが恥ずかしい。かけっこが得意な凛咲にはない発想だった。それならば、と凛咲は彼女に提案したのだ。放課後、一緒に特訓しよう! 二人で練習したら、絶対楽しいから! 今思えば、かなり強引な申し出だったと思う。それでも、初めは戸惑ったような顔をしていたその子は、毎日放課後の特訓に来てくれた。そうして迎えた運動会本番──彼女は、徒競走で一番を取ることが出来たのだ。みんなに囲まれて笑っている彼女は、とても嬉しそうだった。ありがとう! 今までの運動会で、一番楽しかった! そう言って何度もお礼を言ってくれて、凛咲は誇らしかった。彼女が運動会を好きになれるきっかけになれたことが、幸せだった。運動会が終わってすぐ、見に来てくれていたお姉ちゃんにその話をすると、お姉ちゃんも嬉しそうに微笑んでくれた。
「これから先、考えや好みが違う人に出会うこともあると思うけど
……
違うからって、話をしないのはもったいないよ。話し合えば分かることだって、いっぱいあるんだから」
その言葉は今でも、凛咲の心に残り続けている。好きなものや考え方が違っても、分かりあうことは出来るんだ。小学校最後の運動会は、凛咲にそう教えてくれた。目を見て真っ直ぐに向き合えば、どんな相手とだって、手を繋いで友達になれる。世界はそんな暖かな居場所だと思っていた。
そうじゃないこともあると知ったのは、中学三年生のとき。就職を機に家を出た姉が、過労で倒れたという連絡を受けた日だった。この世界は、凛咲を包み込んでくれる優しい場所だけじゃない。暗くて冷たい恐ろしい場所は、どこにでも広がっている。大好きな姉は、そういうところに飲み込まれてしまったのだ。駆けつけた先の病院で、久しぶりに見た姉の姿はひどくやつれていた。どんなときでも凛咲に優しく微笑みかけてくれた、昔の姉はいなかった。病室のベッドに身を起こした彼女は、凛咲が来たことにも気付いていないかのように、ぼんやりとした虚ろな眼差しで遠くを見ていた。後から聞いた話によれば、姉の働いていた会社はいわゆるブラック企業と呼ばれるような場所だったらしい。そこでほとんど休みなく働き詰めだった彼女は、とうとう限界が来て倒れてしまったらしかった。その話を聞いて、凛咲の心にまず初めに浮かんだのは、強い恐怖だった。心臓の上に大きな重石を載せられたみたいに、上手く息をすることが出来なくなった。利益を出すために、働く人たちをギリギリまで追い詰めるような会社が存在する。そんな環境に置かれてしまえば、人は簡単に潰れてしまう。笑えなくなってしまう。その事実が恐ろしかった。今までは、話せば誰とでも分かりあえると思っていた。だけど、きっとそんなことはない。大好きな姉から笑顔を奪ってしまうような人たちと、分かりあえるはずがない。分かりあいたいとも思わない。誰かを傷付けることが出来るような酷い人たちは、物語かテレビの中にしかいないと思っていた。だけど実際は、すぐ手の届く場所にいるんだ。そう知ってしまってから、凛咲は誰かと関わることが怖くなってしまった。先生や友達のことを、信頼していないわけではない。凛咲の周りにいる人は、みんな優しくて大好きだ。そういう思いは消えないし、変わってもいない。だけど高校生になって、あれほど楽しみにしていた部活に入ることはなかった。運動が得意だったから、体操部やバレー部からはしきりに誘いを受けたけれど。見学に行ったときの練習風景が怖くて、尻込みしてしまったのだ。大声で怒鳴る先輩や先生が、怖くてたまらなかった。高校の部活動は中学よりもずっと真剣で本気だから、それくらいは普通なのかもしれない。熱が入ってしまっただけで、練習のとき以外は優しい人たちなのかもしれない。だけど入院している姉のことを思うと、その集団に身を置く決断が出来なかった。こういう人たちが、姉を追い詰めたのかもしれない。ふと浮かんだそんな考えが、消えなくなってしまったから。素敵な場所だと思っていた世界の現実を垣間見て、凛咲は臆病になってしまった。姉が苦しんでいるのに、自分だけが好きなことをする引け目もあったのかもしれない。大好きな姉のために、何かがしたかった。昔のように、もう一度笑ってほしかった。
「ねえ、そこの人! 一緒に、アイドルやらない?」
あんなたちから声をかけられたのは、そんな折だった。厳しい冬が過ぎ去って、段々マフラーと手袋がいらない日が増えてきた、春の初めの昼下がり。ぽかぽかの陽気に楽しくなってバク転していると、突然そうやって話しかけられたのだ。アイドル。告げられた四文字を、飲み込むように繰り返す。ステージの上で歌って踊る、あのアイドル? テレビでは何度も見たことがあったけれど、自分がアイドルになるなんて、考えたこともなかった。
「今ね、アイドルグループのメンバーを探してるの! 歌って踊って、みんなを笑顔にする
……
あんなたちは、そんなアイドルになりたいんだ!」
あんなと名乗った少女は、瞳をキラキラと輝かせながら語った。眩しいくらいに輝く青空に、飛行機雲を見つけたときみたいな顔。今すぐどこかに走り出したくて、うずうずしているみたいな笑顔。目の前で弾けたその情熱に、ふっと昔の記憶が蘇った。家を出る前、姉はよく好きなアイドルの話をしていた。新しい曲が出るたびに、夕ごはんを食べながら嬉しそうに語っていたっけ。一生懸命に頑張ってるアイドルを見ていると、元気がもらえる。アイドルたちはいつだって、たくさんの笑顔をくれる。そう話していたのを覚えている。それなら──凛咲がアイドルになれば、落ち込んでいるお姉ちゃんも、また笑ってくれるだろうか?
「やりたい! りっちゃんも、アイドルになりたい!」
やってみなくちゃ分からないなら、今すぐ駆け出していけばいい。差し出されたあんなの手をぎゅっと握り返して、凛咲は答えた。アイドルになって、たくさんの人を笑顔にして──お姉ちゃんにも、笑ってほしい。そんな願いを叶えるために、凛咲はアイドルになることを決めたのだ。
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