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ひおう。
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剣伊
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「写し取られた現に咲く花」
カルデアにて、写真を撮りあう二人。
一
呼び人であり主でもある立香へ渡して欲しいと、一冊のファイルをダ・ヴィンチから手渡された伊織は真っ直ぐに彼の自室への道を歩く。
カルデアに限界してから日は浅いものの、同郷の英霊や、一方的に名を知る英霊たちとは道すがら挨拶を交わせる程度には親密になれたこの頃だ。
挨拶を交わす英霊たちには決まって「今日は皇子様はいないのだな」、と揶揄するように、あるいは子を見守る視線と共に穏やかな口調で続けられ、伊織は苦笑いを返す。
他人から見てもそう思われるほど、伊織と皇子様
――
ヤマトタケルは共にいることが多かった。編成も、出撃が無い時も、タケルはいつの間にか横に立ち、やれ「イオリ、イオリ」と、袖を引っ張ってはいろいろな場所に連れて行く。
己が持ち合わせていない記憶にタケルが執着する理由もあるのだろうか。さっぱり欠片も思い出せない記憶に後ろ髪を引かれる思いを持ち合わせていなかった為に、ある程度気掛かりはあれど、殆どをタケルの好きなようにさせている。
実際、先程までは一緒に行動していたのだから彼らの言は間違いではない。
「マスター、荷物を預かってきた」
馴染み無くとも勝手が分かるようになった自動で開く機械仕掛けの扉を三度、叩く。中から「入って良いよー」と、間延びした声が掛けられ伊織はそれを潜った。
「失礼する、マスター。ダ・ヴィンチ殿からだ。あるばむ
……
と云っていたが」
「ああ、この間カメラで皆を撮らせてもらったやつ! ありがとう!
……
伊織も見る?」
机に向かうマスターが受け取ったファイルを開きながら手招いた。急く用事もないと伊織は手招かれるままに、右横から覗き込む。絵よりも鮮明に、色すらそのまま写し撮られた紙が一枚一枚仕舞われている。
カルデアに属するサーヴァント達であった。伊織も何人か見知った姿があり、その姿を目に映してはふ、と笑みがこぼれる。
「これはセイバーか。また何かを頬張っていたな? まったく
……
」
頬を膨らませ瞳を輝かせる瞬間が切り取られた写真を見て、伊織は云う。その声音は随分と穏やかで、色が豊かだ。
記憶がなくとも彼の食べる姿は好ましく、暖かな気持ちを生む。故に彼と共に食事をする時間も、好きだった。
「タケルって呼んだらもうこんなんだった。あ、これは伊織! 笑ってって言ったら引き攣ってて、ちょっと面白かったなぁ」
ぺらりと頁を捲り、出てきた伊織の顔に立香は笑い声を零す。姿見ですら見たことが無かった写真のような己の顔は、思った以上に見られるものではなく、伊織は面目ないと片手で顔を覆った。
「こんなにも酷いものだとは
……
」
「普段はもっと自然に笑ってるよ? でも
……
これはこれで、良いと思う」
世辞ではなく本心からの言葉だった。それは伊織にも十二分に伝わり、「そうか」と、頷いて会話は止む。そのまま暫く、立香の立てる音だけが響いていた部屋。静寂は唐突に、あ、と音を漏らした立香の声で破られた。
「見てみて!」
眼前に掲げられた一枚の写真に、伊織は僅かに目を丸くする。一体いつの間に撮られたのやらと、ため息交じりに口を開いた。
「セイバーだな
……
寝姿など、さして面白みもないだろうに
……
」
指先で頬を突かれ、眉根をきゅ、と寄せる伊織の寝顔がそこにあった。なんでまたこんなものを、と考えていれば隣から「これかぁ、タケルが言ってたの」と楽しそうにころころと立香は笑う。
「マスターは、この写真に覚えが?」
「覚えっていうか
……
。タケルが、伊織の写真を一枚撮ったから、できたら欲しいって」
「俺の預かり識らぬ所で
……
」
己の写しが関与していない場で取引されていることに頭を抱える。とはいえ相手は知らぬ中ではないし、何より悪用する目的ではないのは解っていた。伊織はそれ以上追及するつもりはないらしい。
「伊織も、タケルの写真撮れば? それならお互い様でしょ」
「ふむ
……
。ではマスター、かめら、とやらの使い方と、それを貸してくれるか?」
「勿論!」
立香は笑顔で応え、机に備え付けられている引き出しから、カメラを取り出した。
二
自室に戻った伊織が最初に見たのはぷくりと頬を膨らませ、まるで子どものように拗ねる仕草のタケルだった。何処から持ってきたのかクッションを抱え、幼子の様相はさらに極まる。
「遅いぞイオリ」
「ここは俺の部屋で、約束をしていた記憶はないが
……
」
自室にタケルがいることは今に始まったことでは無いとはいえ、我が物顔で部屋に陣取る様はどうなのかと、やんわり窘めた。その言にタケルの機嫌は急降下したらしく、今度は「ぷい」と膨らんだ頬でそっぽを向く。
「まったく
……
。そうだセイバー、マスターからだ」
「ん? ああ、これか。ようやくできたのだな」
小さな白い封筒に包まれた写真を見て、タケルの機嫌は僅かに回復したようだ。途端に花の咲く笑みを見せ、隣に座った伊織の差し出した封筒を大事そうに胸に抱く。写真が当人に見られただとか、そういったことは気にも止めていないようだった。
まるで想い人にでもするような仕草に、写真の被写体であった伊織は顔が熱くなる。事実タケルと伊織は誼を結んでいるのだからその仕草も間違いではなく、だが色恋沙汰には縁遠い生であった伊織は、面映い気持を隠せなかった。白く、しかし剣を持つしっかりとした指先が、封筒を撫でる様を見せつけられ居心地が悪い。
「して、何か用向きか?」
「
……
私がここにいるのは、いつもの事であろう」
「遅いと言われたからな。何かあるのではないかと」
伊織はどうにかその仕草を抑えてもらおうと、兎も角話題を変えてみる。タケルは一瞬きょとんと目を丸くさせた後、夕焼けの琥珀をじとりと細めた。話題転換には成功したが、へそを曲げられてしまったようだ。
「別に何も無い。想い人が己を差し置いて、呼び人との逢瀬を楽しんでいたことなど、ああ勿論、私は気にしていないとも」
「解ではないか
……
しかしそうか、お前は餅を焼いていたと」
「餅で私の機嫌は直らぬぞっ」
会話に出る餅のように膨らんだ頬を見ては、彼に知られぬよう笑みを零す。しかしこのままタケルの機嫌が悪いままなのは、何より伊織自身が好かない。それならばと、伊織は懐にしまっていたカメラを取り出す。
「セイバー。お前の気に入った場所や物を教えてくれ。それを撮りたい。セイバーの好むものを、もっと識りたい」
「む
……
むむむぅ
……
はぁ、相解った。特別だぞ! きみに、特別に! 教えてやるのだからな!」
熟考の末、特別を強調して得意気に胸を張ると、伊織の手にあるカメラを受け取った。そして徐ろに、伊織の肩を押して畳に横倒し、覆いかぶさるように腹に乗る。
「セイバー?」
「先ずは、だ。私が気に入り、心を砕いた
……
好きなものだ」
その表情は、慈しみの笑みであり、しかし悲しげな笑みでもあった。
何があったのか、セイバーは語らず、伊織も聞かぬ故に保ったままの溝。しかし余分とした焦がれるような願いの、根源たる事象なのは伊織とて薄々勘付いている。
けれど友と、恋焦がれた月と共に歩むために置いてきたのならば、それに固執する伊織ではない。
「それは俺では撮れないな。セイバー、写してくれるか」
「ああ。君が二度と、忘れることのないように
……
」
﨟長けた面についた二つの夕陽がたちまち雨模様に変わり、とうとうぽたりと雫を落とす。
乾いたかつての己を潤したであろう恵みの雨の温かさに、伊織は静かに、瞳を閉じた。
三
「あ、タケル、ちょっと待って」
カルデアに属する英霊たちの力を高めるためのリソース周回を終えたタケルに、立香は駆け寄った。手に持つ封筒には見覚えがある。
「ああ、イオリが撮ったシャシンだったか」
「ちょいちょいタケルも撮ってたみたいだね。カルデアを楽しんで貰えてるなら何より」
今を生きる子供にしては随分と老熟してしまった口元の綻びに、タケルも同じように返すと、受け取った写真を一枚一枚見た。
シミュレーションで見た花、月、カルデアで行き交う英霊たち、子供を必死に還そうと奮闘する大人たち。妻を連想させた米に、米によく合う食べ物たち。甘味など様々なタケルの好きなものを微笑ましく見ていれば、一枚、記憶にない写真に目を奪われた。
「タケル、いつも美味しそうに食べるよね。それは伊織に撮ってもらったの?」
頬いっぱいに食べ物を詰め込んだタケルのその表情は、立香が撮った時よりも何処か安らいでいるように感じる。神に近しい姿のタケルは、頬を染めながら、ぷるぷると肩を震わせた。
「い、イオリはっ
……
こんな、いつの間に!?」
「伊織なら
……
自室かな。朝から動いてないと思うよ」
狼狽する様は珍しいなとマスターらしくサーヴァントの居場所を教えれば「すまぬ、助かった!」と感謝の言葉を置いてタケルは掛けて行く。なんだか一昔に流行った少女漫画のようだな、と、二人の行く末を思い馳せながら、
「甘くない紅茶とか飲みたいかも」
と、笑いをこぼした。
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