客のいない雑貨屋はざらついた静寂に満ちている。狭苦しく詰め込まれた色とりどりの商品が、手に取られないまま沈黙している。眩しく光る昼白色の照明にあてられたテスカトリポカの肌色は、質の悪い蝋のような安っぽさを帯びている。
「で、オマエはどう思う」
スナック菓子のワゴンが路地裏のように入り組んだ道を作っている。テスカトリポカはひどく機嫌がよく、入り口で煙ったように立ち尽したままのオレに問いかける。オレはこう答えた。
「所感でいいか? 無駄な商品が多すぎる。いずれ在庫を抱えて溺死するぞ」
ことの経緯はこうだ。オレがミクトランパのシアタールームで映画鑑賞していたところ、突然テスカトリポカが訪れ、「カルデアのマスターにやる返礼の試作品ができた、オマエにも見せてやる」と言われ連れ出された先が巨大な雑貨屋だった。ホワイトデーだか何だか知らないが、チョコレートの返礼に店舗をまるごと贈るなんて正直どうかしてる。カルデアでのビジネスチャンスを獲得する思惑の側面も大きく、店舗もカルデアのマスターが独占することはなく、シミュレータ内部の共用施設になるとしても——そしてテスカトリポカがそこまで折り込み済みだとしても——だ。神のやることはいちいち規模が狂っている。地球を破壊するには丁度よかったが、日常生活を送るには少し煩わしい。三十時間と少し前までは、死後が最も日常的な生活を送れるとは考えてもいなかった。
「『数撃てば当たる』の精神か? だが想定される客入りに対して品数が過剰すぎる。在庫を維持するコストを考慮しろ。ターゲット層の需要を正確に把握し——」
映画を中断させられた恨みも込めた文句を言い切る前に腕を掴まれ、店内に引き込まれる。ポップに描かれた黒いジャガーのデフォルメされた瞳と目線がかち合う。……こうなっては、口論する時間の方が無駄だろう。
テスカトリポカにされるがまま、あの商品はカルデアでの人気がどうとか、その商品は生産元がどうとか聞かされながら、消費社会の極点じみた混沌の店内を引きずられるようにして回る。ふと、ハンガーに掛けられたグリーンのアノラックが目に入った。
「あの服……ああ、今日のおまえの上着と同じか。新商品か?」
「お、いいところに目を付けたな、デイビット」
オレから商品に言及したのがことの外嬉しかったのか、テスカトリポカはハンガーラックから一着出してきてよく見せてきた。
「いいだろう? 自信作なんだぜ」
テスカトリポカが言う通り、ものはよさそうに見える。中綿が入っていないようだから寒冷地には向かないと思うが、軽くて動きやすそうだ。とはいえ、肩から腕にかけてのラインに堂々と自分の名前をデザインするセンスは正気を疑うが。
「オマエ、夏にオレがやったTシャツ気に入っていただろう、あのブランドの新作だ。あとで色違いのサンプルをやるよ」
「いや、全身で神の名前を主張する気はないかな。そこ以外は悪くないからせめて蛇とかにしてくれ」
それに、夏にオレがテスカトリポカから貰った服ばかり着ていたのは、黒のTシャツだと汚れた時すぐに洗える上に染みが残っても目立ちにくいからだ。黒ければなんでもいいところに偶然あっただけで、見た目が気に入っていたわけではない。
そういった言い分を述べると、テスカトリポカが、
「相変わらずクソ不敬な奴」
と、呆れたように溜息をつく。
「オマエはもっと殊勝さを覚えろよ」
「いや……おまえにへつらうオレは流石に気色悪くないか?」
「そうか? いや、そうだな……」
たわいもない話で沈黙を潰しながら、商品の棚を通り過ぎる。物干し竿も、ぬいぐるみも、事務用品も、埃を被ったおもちゃ箱のように無秩序に陳列されて、誰かの手に取られるのを待っている。所詮、神による巨大な試作品の一部でしかないのだから、その望みが叶うことはないだろうが。
「それで、」
テスカトリポカがまた話し出す。ここに店内放送が一切流れないことを抜きにしても、彼の声はよく通るから、あたり一帯に響き、僅かに反響を残した。
「なんだ」
「カルデアのマスターはこいつで喜ぶと思うか?」
その言葉はいやにしおらしげで。オレは再度実感する。テスカトリポカは——少なくとも、オレに応えた擬似サーヴァントとしての彼は——完璧主義の上に根が悲観主義、妙なところで心配して足踏みする性格だった。
「オレの意見は最初に言った通りだ。商品にも陳列にも無駄が多すぎる。喜ばれるか以前の話だ、向こうでやったら三日と持たず潰れるぞ。ヤヤウキカンパニーの二の舞だ。だが、発想自体は悪くないんじゃないかな」
「本当に?」
「おまえがそのいい加減な商売をやめたら、だ。そうすればマスターに、ひいてはカルデアにとっても有用な施設になるだろう。不運はもはや避けようがないが、真面目にやっていれば半壊程度で済むか」
基本的に神霊の指向性は変わらず、成長することも劣化することもない。だが、この場合はテスカトリポカが遊びをやめたらマシになるはずだ。銃だって、いつまでも半端に遊んでいるからうまくならない。召喚して間もない頃、『近代兵器の威力ってヤツを実感したい』と言ってコヤンスカヤから買ったものを一通り使ったが、あの時はオレを置き去りにしかけるほどの恐ろしい練度だった。
もしくは、やりたいことに限って遊びたがる性質を発揮するのかもしれないが。努力は決して無駄にならないと思いたい心がないわけではないが、そうなら手に負えないな。
「そう不敬なことを考えていられるの今のうちだぜ」
「会話が途切れかけたらすぐ頭の中を覗く癖をやめてくれ。まさかカルデアでもしていないよな?」
「流石に自分の領域以外ではしないさ……まあ今に見ていろ、地上の楽園と呼ぶに相応しい店を造ってみせるからな」
「快適すぎると別の意味で試練に転じるから考えものだが」
「試しと甘やかしは、神から与えるモノという点で、最初からどちらも同じだろう」
「……ああ、おまえはそういう神性だったな」
それからオレたちは、ぎらぎらと輝く照明の下、チープな極彩色に満ちた店内を歩き回った。あてもなく放浪するように、または宝物を求めて彷徨うように。異国を旅するように、筏で漂流するように、路地裏を通り抜けるように。
そしてバックヤードの前で、テスカトリポカが立ち止まる。
「よし、改善点は概ね洗い出せた」
「そうか、よかったな」
「計画書を見直して、カルデアでの設営に入る。が、コイツはそのまま残そう」
「あれがオレの生活に入る余地はない。リソースの無駄だ」
「オマエは冗長性ってモノを一度知っておいたほうがいい。実際に有意義かはともかくな」
そう言われても、と思う。ミクトランパでのオレの生活は、あまりに緩慢で静かだ。コテージ風の邸宅で朝の日差しと共に起床し、昼はフィールドワークに出かけ、夜はバターキャラメルのポップコーンを片手に映画を見て、そして眠る。時折、テスカトリポカがやってきて最近の出来事を話し、そのまま共に食事を摂り、同じ部屋で眠る。快適で、穏やかなルーチンの繰り返しだ。何も付け足す必要を感じない。
「むしろ、オマエにとって真に無意味か見極めるいい機会だと思うワケ……ああ、そうだ」
そう言いながら、テスカトリポカはバックヤードの扉を開けた。
「バックヤードも見ていくか?」
淀んだ冷たい風が足の間をすり抜けていく。薄暗い倉庫の中で、テスカトリポカの肌は陶磁器のように冷たい。差し込む光が細い金の長髪、引き締まった肉と骨のかたちに隆起する皮膚、それらを覆う衣服の皺に投げかけられ、物憂げな陰影を落としている。白樺のような指先を彩る黒いマニキュアはなめらかな光沢を放ち、眼鏡のレンズの向こうでは虹彩が星のような輝きを持っている。かの神は夜を司るという。
それは、昔見た映画のワンシーンに似ていた。連綿と続く時間と空間を切り取って作る完璧な瞬間に似ていて、奇妙なバランスで成り立っている。
そんな繊細なものだから、目をしばたいた隙に神秘は掻き消えた。
「何が琴線に触れるかわからんな」
それでも。たった一瞬、網膜に焼きついた光景が離れずに立ち尽くすオレに、テスカトリポカは軽く笑った後。
「カメラを買おう。オマエが感動を見出した証明を残すために」
「もう持っている」
「あれは生前からの持ち込みだろう。オレがここの品から完璧な新作を見繕ってやる」
そして、「早速必要になっただろう」と、得意げに言う。
それはおまえが押し付けたとは言えないのか。そう思いながらも、結局は引っ張られるように、売り場へ手を引かれる。少し後に自分の手の中に収まる、気まぐれな神の贈り物のことを思いながら。
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