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ガイベル
2024-03-10 01:23:35
3799文字
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お話
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相合傘
ランダムお題
失敗した。
外はバケツをひっくり返したような土砂降りの雨で、傘がなければ確実に濡れ鼠になることがわかる有様だった。
バジルの目線は憂鬱な気持ちのまま、何度か空と、足元の傘立てを行ったり来たりする。
今日に限って、てきとうなビニール傘を掴んで出たのが良くなかった。あれがここの傘立てにあれば
“どうぞ持っていってください"
と言わんばかりであっただろう。
今更気付いたところで、戻っては来ないが。
カラの傘立ての隣で立ち尽くし、ザアザアと雨の降り続く空を見上げる。朝の予報ではそこまで降るとは言っていなかったはずなのに。
ここから濡れるのを我慢して帰るには、家まで少し距離がありすぎる。
しばらく様子を見るしかないか。
もし、全然弱くならなかったらどうしよう。
…
だれか、先生とか残っているかな。
恨めしく空を見上げながら立ちすくんでいても仕方がない。
ひとまずの様子見として、冷たい床に膝を抱えてしゃがみ込む。
折りたたみ傘でも鞄に入っていればよかったが、無いものは無い。つくづく運がない。
……
おばあちゃん、帰りが遅くなったら心配するかな。
天気の良くない日は体調も良くないことが多いから、先に寝てしまっているかもしれない。
夜が近づくにつれどんどん暗くなり、吹き込む風も冷たくなってくる。校内に人が残っている気配も、正直なところ無さそうだ。
まさしく途方に暮れていた。
「
……
バジル?」
どうしたの、という顔をしたサニーくんが声をかけてきた。まだ帰っていない、それも生徒がいるなんて思わなかった。彼は不思議そうに
「何かを待ってるの?」
と尋ねてくる。
「えっと
……
雨が弱くなるのを待ってて
…………
傘は持ってきてたんだけどね、誰かが持ってっちゃったみたい。あはは、ビニール傘だったから他の子のと間違われちゃったのかも。心配しないで、弱くなったらぼくも帰るから
……
。」
口をついて出た言葉はぜんぶ事実ではあるけれど、他でもない彼に、一人で途方に暮れてここにいたことが見つかってしまった事のきまりが悪くて、まるで言い訳をしているかのようになってしまった。
「
……
入っていく?」
折りたたみだから小さいけど、と彼がカバンから取り出した傘を広げる。
「
……
ぼくが一緒に入ったらサニーくん濡れちゃうよ」
「
……
でも」
そう言って彼が見上げた先の空は、相変わらず弱まる気配のない雨が降り続いている。
本当はぼくも今すぐ帰りたい気持ちでいっぱいで、そんな時に現れたサニーくんが神さまのように思えていたことも事実だ。
「じ、じゃあ、せめてぼくに傘を持たせてよ!」
そう言って、なかば無理やり傘の持ち手をかって出た。
ぼくのせいでサニーくんを濡らしてしまって風邪でもひかせたらかわいそうだし、マリちゃんたちにも申し訳が立たない。
小さな傘に身を寄せ合いつつ、雨からサニーくんを守るように傘を傾ける。
「
……
バジル、濡れてない?」
「全然大丈夫だよ!それよりサニーくん、声をかけてくれてありがとう。本当はずっとひとりでどうしようって困ってたから、助かったよ。今度何かお礼させてね」
そう捲し立てると、ぼくの勢いに
気圧
けお
されつつもサニーくんは納得したようで「うん」と静かに返してくれた。
彼を少しも濡らしたくなくて、ひとり分の傘の影からはみ出たバジルは、身体の半分以上を雨に打たれた。
もちろん靴の中はぐしょぐしょで、歩みを進めるたびに不快な感触がする。
足先から徐々に寒さも伝わってくる。
でもそんな事は些細な事だ。
今優先するべき事は、自分のことじゃない。
現に自分が濡れていても、何でもない顔をしていればサニーくんにだって気付かれない。
気付かれないなら、何も問題ない。
そしたら問題なんて無い事と同じ。
大丈夫、うまくできてる。
そう思えば、自然と笑顔も浮かんできた。
それに、彼と少しの間でも一緒の時間を共有できることも、ぼくにとっては嬉しいことだったから。
だから本当に、これで問題なんかないのだ。
◆◇◆◇
◇◆◇◆
弱ると人肌が恋しくなる。
「は、
……
っくしゅ!」
昨日出かけた時に大雨に降られてしまい、運悪く傘がなく、そのせいで盛大に風邪をひいた。
寒気、熱、くしゃみ
……
まごう事なき風邪である。
……
そういえばかなり昔も、傘を無くした次の日に風邪を引いたっけ。
今は一緒に住んでいる恋人
……
になった、サニーくんにうつしたらダメだと思う反面、どこからかやってくる寂しさから無性に彼にくっつきたい気持ちでいっぱいだった。
ベッドサイドに水を用意してくれたサニーくんが声をかけてくる。
「何かしてほしいことある?」
きれいな天井を見上げながら、熱でぼんやりする頭で聞かれた事を反芻する。
してほしいこと
……
。
サニーくんに、してほしいこと。
サニーくんとしたいこと
………………
。
「
……
サニーくんと
……
ちゅーしたい
……
」
「
……
治ったらね」
流石に嗜めるような、至極真っ当な言葉が返ってくる。当たり前だ。
「うううううううう"」
思わず呻き声が出る。
そりゃあ、ぼくだって頭ではダメな事とわかっているけれど。心が求めた事が熱に浮かされつい口に出て。それを、当たり前なことだったとしても、やんわりと拒絶されたことにどうしても悲しくなった。
いつもは我慢して言わない
……
、言えないような下手くそな甘えが今日に限ってふてぶてしく顔を出したし、そのくせ希望が叶わない事に大袈裟に傷ついた。
呻き声と共に目の端から出てきた涙が、こめかみを伝って耳に入り込んでくる感覚がひどく不快だった。こんなことで泣くなんて馬鹿みたいだ。
やっぱりぼくってめんどくさいよな、変なこと言ったから呆れられたかな。
……
本当を言えば今日ひとりで寝るのも嫌だ。
でもサニーくんに風邪をうつしたり、困らせたり、嫌がられるのはもっと嫌だ。迷惑はかけたくない。迷惑というならこの状況が今更か
……
。
でも少し
……
、今、ちょっとくらいならわがままも許されないかな。眠たくなるまで手をつなぐくらいならいいって言ってくれるかな。
でも、でも、でも。
ぐるぐるとマイナス思考とワガママの輪廻に囚われる。それら全てがドロドロしているようで、身体がだるいばかりでなく心の中まで気持ち悪い。
「
……
バジル、もう寝よう」
サニーくんのひんやりとした手がぼくの前髪を掻き分け額を撫でる。
ぼくの額の熱さに対してその手の冷たさは心地よくて、少しだけ心が落ち着いた。
ぼくはそのまま目を開けてずっとサニーくんの顔を見ていたかったけれど、彼の手はぼくの額からゆっくりと瞼を覆うような動きで優しく撫でてくる。
そうされるとどうしても目を瞑らざるを得なくて、その単調な繰り返しが眠気を誘い、眠りへと
誘
いざな
う。
……
でも、まだ寝たくないな。
先程までのぐるぐるとした思考はすっかり消え失せていて、ぼくを撫でてくれる彼の手の動きに集中する。
ずっとずっとこのまま、夢見心地のまま、サニーくんの優しい手を独り占めする感覚に浸っていたい。
そう思ってどうにか眠気に抗っていたけれど、結局、根気強くぼくを寝かしつけようとするサニーくんに負けて、心地よい気持ちのまま夢の世界に落ちていく事となった。
「おやすみ、バジル」
優しい声が聞こえた後に額に柔らかい感触がして、それを最後にぼくの意識は途切れた。
◆◇◆◇
バジルが風邪を引いた。
昨日うっかり大雨に降られて帰ってきて、それから今日。
それで思い出したことがある。
──昔、学校に通っていた時のこと。
傘を忘れて帰れなくなっていたバジルと一緒の傘で帰ったことがあった。
あの時、バジルは自分が傘を持つと言って譲らなかった。そうして持った傘を僕の方に傾けた彼は、自分は結局ほぼほぼその中に入らずに帰って、次の日学校を休んだ。
もちろん風邪を引いたからだ。
流石に小さな傘に2人が入って僕にほとんど雨がかからないというのはおかしかったし、僕から見てバジルの反対側の殆どが雨に濡れているのも明らかだった。
だからその時、何度か『バジルが濡れている』とは言ったけれど、その都度彼は頑なに
"大丈夫""濡れてないよ"と繰り返したり、無理やり話題を逸らして誤魔化そうとした。
そうやって彼が濡れている事に気づかないで欲しそうにしていたから、僕もそれ以上は何も言わなかった。
2人で歩いて家に着く時まで、彼はいつものように優しい声でたくさん話をしたし、本当はびしょ濡れなのがなんて事もないような、どこか嬉しそうな笑顔だった。
そんな日の記憶。
──
……
具合が悪いのに何故か最後まで寝たくなさそうだったバジルが寝ついたのを見届けて、彼の部屋を後にする。薬も飲んだし、熱もだいぶ落ち着いたようだから、明日にはきっと元気になるだろう。
その日、僕も久しぶりにひとりで夢に落ちて夢を歩いた。
いまでも、いつまでも自分の庭のような大切なこの世界。
そこに居る今の自分より小さな背格好の花冠をつけたバジルが、昔のままの──
あの雨の日と同じ──優しい笑顔で、暖かく僕の名前を呼んでくれた事に、僕はひどく安心してしまった。
end.
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